ドクターストップ ⑦
「し、師匠師匠師匠! 駄目です、そこまでです!」
「あ゛っ? 君は黙ってろ、情を掛けて良い相手じゃない」
「いいや掛けます! それにこの人にもまだ聞きたい事があるはずですよ!」
「…………チッ」
二人の間に割って入って必死に説得すると、ようやく師匠も引いてくれた。
暗殺者の人はもう顔も真っ青で完全に戦意を失っている。 抱きかかえていたシュテルちゃんもすでに手放し、今は私の手の中で眠っている。
「モモ君、シュテル君の様子は?」
「大丈夫、眠っているだけです。 怖い思いをしなくてよかった……」
「そうか、良かったよ。 もし傷一つでもついていれば八つ裂きにしていたところだ」
「ヒッ! ま、まだ何もしてない! ほんとだ、チョロい仕事だと思って装備も整えてなかった!」
「ほう、まだね。 やはりその生意気な舌は千切っておいた方がいいか」
「師匠!!」
なんだか今日の師匠、いつもより怒っている気がする。
そりゃシュテルちゃんが襲われたから怒るのは当たりまえだ、私だって 悔しい気持ちで一杯なのだから。
でも今の師匠はなんというか、私が幽霊に襲われた時以上に苛立っているような……
「……それはそれでなんだか嫉妬します!!」
「なんだ急に、うるさいぞ」
「ごめんなさい! でも師匠、腕の手当はしないと本当に死んじゃいます。 それに師匠だってさっき血を吐いたばかりですし」
「問題ない、君が気にすることじゃない。 それにさっさと用事さえ済ませば焙って止血ぐらいしてやる」
「あらあら、それは治療としては乱暴すぎますね」
緊張した場の空気を和ませるような、優しい風がふわりとすり抜けていく。
途端に苦しかった私の呼吸は楽になり、暗殺者さんの腕も最初から傷なんてなかったかのようにふさがる。
今の声、そしてこんなことができる人は1人しか知らない。 正面の師匠も苦虫を噛み潰したような顔で、声の聞こえてきた方を睨みつけていた。
「…………本当に君は、まるで黒幕みたいなタイミングで登場するな?」
「申し訳ありません、これでも急いで駆け付けたのですが」
『んんっ! 間に合った……かは微妙ではござるが、助太刀でござる!』
殺気立つ師匠の背後、ジェット噴射を吹かせながら降りてきたのはコウテイさんだ。 その肩にはロッシュさんも乗っている。
「何の用だ、この場に君の出番はないぞ」
「救援が必要かと思いまして、それとこれ以上ケガ人を増やす真似は見過ごせません」
「必要ない、邪魔だ。 いい加減帰ってくれ」
「帰りません、力づくでも治します」
「ほう……」
「え、えーとえーっと……」
どうしてだろう、ロッシュさん達が助けに来てくれたと思ったのに、なんだかとんでもない空気になってしまった。
圧がスゴい二人の雰囲気に、思わず暗殺者さんに目で助けを求めるが千切れるほどの勢いで首を横に振られた。
じゃあコウテイさんはというと、甲冑の中に完全に顔を隠してそっぽを向いている。 みんな酷い。
「す、ストップストップ! 喧嘩してる場合じゃないです、今はシュテルちゃんが先! 師匠ステイ! 待て!」
「犬か僕は! ……チッ、仕方ないな。 聖女、輸送は手伝ってもらうぞ」
「ダメです」
「おっ? ケンカか?」
「しーしょーうー!」
「だってあいつが!!」
『あいや待たれい、ロッシュ殿の言葉選びが悪かった。 その者を運ぶよりも先に伝えなければならぬぬ、シントゥとコズミキが逃げ申した』
「はっ? どういうことだ、行動が早すぎるぞ」
ロッシュさんの言葉を引き継いだコウテイさんに、師匠が食って掛かる。
だけど師匠の言う通りだ、たしかに暗殺者の人たちはこうして撃退したけど、話が雇い主に伝わるにしても早すぎる。
私たちがおびき出し作戦を実行する時にはすでに逃げる準備をしていないと間に合わない、まさか師匠の考えが読まれていたのだろうか?
『落ち着くでござる。 理由は分からぬが彼奴等はすでに動き出しているでござる、何か心当たりは?』
「宿で捕らえた二人……いや、あの二人は核心に迫ることは何も知らなかった……なにか不都合な事でも起きたか……? それでバカ親二人はどこに逃げた?」
「海に向かって逃げております、緊急事態です」
「海に……? 船でも用意しているのか? それなら急ぐのは分かるが……」
「説明よりも見てもらった方が分かるかと思います。 いえ、出会わなければ一番なのですが……ともかくご同行をお願いします、そちらの暗殺者さんもご一緒に」
「う、嘘だろ……よりにもよって海になんて、稀代の馬鹿かあの雇い主は!?」
コウテイさんに抱きかかえられた暗殺者さんは、師匠に凄まれた時よりもさらに顔を蒼く染めている。
船を漕いで海に逃げられてしまうと追いかけるのは難しいと思う、だけどここまで急ぐ理由は何なのだろうか。
師匠も私と同じく、頭にハテナマークが浮かんでいる。 それでもロッシュさんの雰囲気はただ事じゃないと理解し、行動を始めていた。
「モモ君、多少乱暴になるが一緒に飛ばすぞ。 シュテル君をしっかり抱きかかえていてくれ」
「わっかりました! けど何があるんですかね……海に」
「それは行ってみなければわからないさ、話を聞く余裕もなさそうだ。 ただ嫌な予感だけはする、絶対に僕から離れるなよ」
「……りょ、了解です」
そして師匠が口の中で短い詠唱を唱えると、身体が羽のように軽くなる。
すごい、今ならジャンプするだけでどこまででも飛んで行けそうだ。
ああそうか、師匠はいつもこの魔術で飛んでいたのか。
「よし、浮遊は問題ないな。 それじゃ吹き飛ばすから口は閉じていろ」
「えっ? 吹き飛ばすってどういう――――みぎゃあぁー!!?」
それはまるで安全装置も無くジェットコースターに乗せられているような感覚だった。
四方八方からとんでもない暴風が吹きつけ、そのたびに軽い体があっちこっちに吹き飛ばされる。 この世界に来てから強化された身体が無ければ、とっくに気絶していた。
いや、これはもう気絶してしまった方がいっそ楽だったかも。
「喋ると舌を噛むぞ、あと吐きそうになったら先に言えよ。 吐しゃ物を浴びるのはごめんだからな」
「ぶえええへええへえええええん!!! もっと優しく飛ばしてええええええええ!!!!」
「風魔術で空を飛ぶとはこういうものだ、慣れろ」
ああそうか、師匠はいつもこんな魔術で飛んでいたのか……




