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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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ドクターストップ ③

『――――と、いうわけだ。 必要な材料は不十分だが、代用品を使おうと思う』


『代用……可能なのでしょうか?』


『ああ、質は落ちるが不可能ではない。 苦肉の策だがこのまま手をこまねいているよりはマシだ』


『なるほどぉ……さっすが師匠、頭いいですね!』


『浮かれるなよ、成功する保証もないんだ。 準備だって時間が掛かる、いいか? まずは……』


「…………代用、だと?」


 重苦しい沈黙のあと、魔導具越しに聞こえて来たのは私にとって聞き逃せない内容だった。

魔結症の治療薬を調合できる知識を持つ人間がいたのがそもそも想定外だ、そのうえ材料を誤魔化して作り上げるだと?

出来るわけがない、軽度の症状ならまだしも私が仕込んだ毒は芸術的だ。 多くの材料を欠いた代用品で治療できるほど甘くはない。


「だが、もしできるとしたら……」


 99%不可能、しかし1%の懸念が残る。 絶対と言い切れないのならば、それは盤石の城を崩すヒビとなりかねない。

ここまで計画を進めておいて、依頼人に突き上げられるのはごめんだ。 あのキャンキャンうるさい声は頭が痛くなる。

まったく、せっかく年若きレディを血で汚さぬよう取り計らったというのに。 人の好意を無碍にするとはいけない魔術師だ。


「万が一は断たねばならない、シントゥ夫人には買って貰わなければ。 ()()()を手にするためにも―――」


 目的のためならば、市場を荒らすなど安い経費だ。 シントゥ夫人の子が当主となれば、いくらでもお釣りが帰って来る。

逆に他のものが当主となればすべてがパーだ、故に僅かな石ころでも計画の邪魔となってはならない。


「気の毒だが、この先生とやらには確実に消えていただかねばならないな……」



――――――――…………

――――……

――…



「……師匠、本当に大丈夫なんですか?」


「確実な作戦なんてものはない、ただ可能な限り100%へ近づく努力はするさ。 それより君はあの変態ギルド員に話を通して来い」


「ああそうでした、それじゃ行ってきまーす!」


 元気よく返事を返したモモ君の姿が、街に並ぶ住宅の屋根を器用に飛び回り小さくなっていく。

なんの魔力補助も無くあの動きができるのだからとんでもない、毎回思うが一体どこからあんなエネルギーが湧いて来るのか。


「先生、私も何か手伝うことがあれば……」


「なに、君は心配せずにどっしり構えてくれればいい。 こちらの動きを勘付かれないことが一番の仕事だ」


 わざわざ門の前まで見送りに来てくれた夫人は、顔が蒼白に染まっていた。

これまでの心労と、これから起きることの心労が重なって限界が近いのだろう。 これ以上彼女に負担をかけるのはあまりにも酷だ。


「大丈夫、少なくともこの一手でシントゥは片付ける。 シュテル君の病も治してみせるよ、だから待っていてくれ」


「……お願いします、先生」


「師匠ー! 星川さん連れてきましたー!」


「ふええぇ……どこですかここぉ……? なんで私連れてこられたのぉ……?」


「仕事が早いな、それじゃさっそく取り掛かろうか」


――――――――…………

――――……

――…


「……うん、良い夜だ。 景観を損ねるあの塔が非常に惜しい」


「何なんですかね、あの塔。 言葉が通じるようになるってのはとても助かるんですけど」


 雲一つない夜空に星が輝く中、天を割くようにそびえ立つバベルの影を睨む。

影が生まれるなら実体はあるということだ、人類の言語を統一するという魔術や魔法を超えた力も気になるが……今は目先の事に集中するべきか。


「師匠、シュテルちゃんもお眠です。 早く準備を進めちゃいましょう」


「すぅ……すぅ……」


「ああ、そうだったね。 だがもう少し待ってくれ、薬草にもう少し星明かりを浴びせたい」


「本当にこんなことでいいんですか? なんだかちょっと眉唾なんですけども」


(まじな)い頼りは魔法遣いのようで嫌だけどね、もとより強引に素材を代用する荒療治なんだ、成功率は少しでも高めたい」


 草原に敷いた麻布の上に並べてあるのは、本来なら魔結症の治療薬には使えないような雑草ばかり。

本来のレシピに沿った代物は全体の2割も無い、調合したとしても出来上がるのは別物だ。

……だが、今期ばかりは本来よりも優れた結果を生み出してくれることだろう。


「モモ君は鍋に火を。 着火ぐらいは出来るようになったんだろう? ノヴァから聞いたぞ」


「うひぃ、まだちょろ火しか出せませんよー……」


「乾燥した藁があるから十分火はつく、お手並み拝見と行こうか」


「ううぅ……なんだか緊張する……」


 負傷していない片手でモタつきながらも、モモ君は吹けば消えるロウソクのような火を灯すことに成功する。

まだまだ拙いが、それでも藁を燃やして薪に火を点けるには十分だ。 


「着火、ヨシ! ど、どうですか……?」


「2点」


「わーい、三点満点評価ですね!」


「百点満点だバカ、あくびが出るほど所作も遅いし放出も不安定すぎる。 君は魔力量も薄いしとにかく反復練習が必要だな、身体に覚え込ませろ」


 発動体勢に入ってから着火まで5秒以上、葉巻にちょうどよさそうな火加減ですぐに魔力切れ、とてもじゃないがこのままではお話にならない。

元より渡来人、体内に蓄積されている魔力はゼロに等しいのだろう。 ポジティブに捉えるなら今後に期待というところだが、彼女が元の世界に帰るのはいつになることやら。


「手厳しい……それで、お湯を湧かしてどうするんですか?」


「ああ、薬草を茹でた絞り汁を使うんだ。 そのほかにも火はよく使う、焙ったりな」


「焙る? 草を焙るんですか、燃えちゃいません?」


「ああ、草は燃えるだろうね。 だから別のものを焙り出すんだ、例えば――――そこに潜んでいる不届き者とか、ね」


「――――!」


 こちらが視線を向けると同時に、すぐそばの空間が陽炎のように揺らめく。

身構えていなければ一瞬見間違いかと思えるほどのわずかな歪み、しかしその違和感を見逃すことなく、飛び出したモモ君が揺らいだ空間を捕まえた。


「やあ、お初にお目にかかるね。 一応聞いておくが、君は何者かな」


「…………おかしいな、いつ気づいた?」


 ――――揺らめく空間から現れたのは、ややウェーブが掛かった金髪を長く伸ばした長身の男だった。

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