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師匠と弟子 ①

「あれだけ無理矢理ついて来たくせにどうして風邪を引いているんだ君は!!」


「ゲホッ、ゴホッ……ご、ごめんなさぁい……」


初めの村を出立した翌日、早速僕らの足取りは停滞していた。

目の前には木組みのベッドに寝かせられたモモ君、何を隠そう彼女が急に熱を出してぶっ倒れたのだ。


「ま、ただの風邪じゃのう。 栄養とって寝てればよくなるわい、この村の近くで助かったの」


「すまないな、ご老体」


運が良かったのはエルナトへの道すがら、また小さな村を見つけ、快くベッドを貸してもらえたことだ。

おまけにこの禿頭の老人が薬師だという、このピンク頭は運命に愛されているのだろうか。


「それで治療費だが、これでもいいか?」


「ほう、随分長い髪じゃの。 これなら十分お釣りが出るわい」


差し出したのは、前の村でざっくり切り落とした自分の髪の毛だ。

魔力が馴染んだ髪だ、我(?)ながら透き通った銀色でこの長さならいくらでも使いようはあると思う。


「か、髪の毛売っちゃうんですか……?」


「路銀がないから仕方ないだろ、それに伸び放題だったから丁度いい」


「なに、貰った分はちゃんと診るわい。 今スープを温めているからの、飯食って横になっとれ」


「はぁい……」


弱っているせいか、今までのようなやかましさが失せたモモ君が、もぞもぞとベッドにもぐりこむ。


「常にこの調子なら助かるんだがな」


「うぅ~……置いてかないでくださいよライカさぁん……」


「契約は守るとも。 ただ外の空気を吸って来る、大人しく寝ているように」


「分かりま……zzz……」


「いや寝落ちが早いな」



――――――――…………

――――……

――…


「ふぅ……う、うぅ~ん……!」


背筋を伸ばし、大きく吐きだした息が白く染まり、大気に溶けていく。

あれほどひどかった雪も今はどこへやらだ、天には眩しいほどの日が輝き、青々とした空には雲一つない。

そして景色がはっきりすると、今までは気づかなかった異様なものも見えてくる。


「……なんなんだろうな、あの塔」


遥か彼方に見える雪被りの山脈……のそのまた奥、青い空に紛れ、直立する巨大な塔のシルエットがうっすらと見える。

今までは暴力的な雪と風で全く見えなかったが、一体だれが何の目的であれほど巨大な建築物を建てたのか。


「おや、こんにちわお嬢ちゃん。 お姉ちゃんは大丈夫だったのかい?」


「ははは、どうもおかげさまでなんとか……」


「若いのにしっかりしててえらいねえ、うちの息子も見習わせたいもんだよ」


民家から出るだけで、こちらの姿を確認した老人たちに取り囲まれる。

まことに不本意ながら、僕とモモ君は姉妹の旅人と思われているらしい。

おかげでこの村にも難なく泊めてもらえたのだが……あのモモ君のにやけた面を思い出すだけで腹が立つ。


「しかし……失礼だが随分老人が多い村だな」


「ま、寂びれた村だからねえ。 若いのはみんな大きな街に出て行っちまったよ」


「ならあなた達はなぜこの村に?」


雪が降り積もり、この先の発展も見込めない。 そのうえ野獣や盗賊たちに襲われる危険もある。

正直な所、老人たちが身を寄せ合って住まうには厳しい環境としか思えない。


「ああ、あたしらは守ってるからねえ」


「守っている?」


「そうさ、あっちに崖が見えるだろう? 暇なら行ってみな、ちょいと面白いもんが見れるよ」


「へえ、それは興味深い」


老婆が示唆した方向には、確かに切り立った岩壁が見える。

目測だが歩いて10分と掛からない距離だ、モモ君が騒ぎだすよりは先に戻れるだろう。

……僕の体力が持てばの話だが。


「そこまで言うなら少し気になるな。 ありがとう、早速行ってみるよ」


「お姉ちゃんの方にはあたしから言っとくよ、気つけて行ってらっしゃい」




――――――――…………

――――……

――…


「ゼェ……ハァ……! め、目と鼻の先が遠い……!」


甘かった、この肉体の脆弱性を軽く見ていた、一歩一歩と雪に足を取られるごとに息が上がる。

体力も筋力も足りない、心なしか防寒目的の厚手の服でさえ重くのしかかるように感じる。

既に1時間は歩き通した気分だ、実際は10分も過ぎていないわけだが。


「こんなことならモモ君が治るまで待てば……いや、今さら後悔しても遅いな……」


目的地までまだ半分、引き返すにしても同じ労力だ。

仕方がない、この手は使いたくなかったが、こんな所で力尽きるなんて死んでも死にきれない。


「……“風舞う5番”」


短い衣装と共に、疲労で重くなっていた身体が宙に浮かび上がる。

風による空中浮遊だ、魔力を無駄に消費したくはないのであまり使いたくはなかったが、背に腹は代えられない。

そして浮いてしまえば、あとは目的の崖まであっというまだだ。


「まったく、これでつまらないものだったらどうしてくれようか」


徒歩のタイムロスと差し引き、ほどよい時間で目的地に到着。

見上げた断崖絶壁は落ちたら命はないと確信できる高さだ、おそらくこの岩肌伝いに件の「おもしろいもの」はあるはずだが……


「……ん? あれは……洞窟か?」


見渡してみればすぐに分かった。 ほぼ直角に等しい岩壁に、ぽっかりと空いた横穴がある。

一応警戒して中に小石を投げ込むが、反響音からしてそこまで広い空間ではない。

さすがに洞窟内で力尽きることはなさそうだ。


「“灯せ”。 この洞窟を守っているということか? しかしこれは……すごいな」


罠が仕掛けられてないか探りながら、先に灯した灯りを先行させる。

内部は数m程度の広さしかなく、外のゴツゴツした岩肌とは異なり、洞窟の内側は凹凸一つないのっぺりとしたものだった。

外から地続きの岩壁であることには違いない、おそらくノミか何かで削って行ったのだろう。 恐ろしい事に魔術を使った痕跡らしい痕跡がない。


「で、これが面白いものか?」


浮遊する火の玉の後を追って入った洞窟の中にあったのは、一枚の「絵」だった。

抽象的に描かれた人間が炎や雷、そして武装した人間や火砲から逃げ回る図。 

滑らかな壁に刻まれた巨大な壁画だ、内容はおそらく過去に起きた災いを示唆するものだろう。


「たしかにこれは興味深いな、どれほど前に書かれたものなのか……」


「――――気になりますか?」


背後から掛けられた声は、その瞬間までまるで存在に気付かなった。

反射的に風を纏って距離を取ろうとし、壁画に背中を強打する。 だがそんな痛みにかまけている余裕もない。

若い声だ、村の老人たちではない。 少なくともかなりの実力者ではあるはずだ。


「あら……大丈夫でしょうか? 驚かせてしまったようですね」


『ンンッ、これは失敬。 某がロリを怖がらせてしまったでござる!』


「………………何者だ、君達は」


唯一の出入り口である洞窟を塞ぐように立っていたのは、1人と1体。

1人は十字が描かれた聖装に身を包み、寝ているかのように(まぶた)を閉ざした金髪の女性。

そしてもう1体は……奇天烈な甲冑に身を包んだ2mほどのゴーレムだった。

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