ドクターストップ ②
「いやあすいやせん、うちはもう売り切れで……」
「申し訳ない、在庫もすべて切れてしまって」
「全部売れちまったよアンタ、来るのが遅かったねえ」
「そこに無かったらないですね」
――――――――…………
――――……
――…
「クソッ、どこ行っても売り切れじゃないか!」
「だからそう申し上げましたのに」
「ええいうるさいぞ聖女、どういうことだ一体……!」
街を飛び回ること小一時間、見当たる限りの店を当たったが、収穫は少なかった。
普段は十二分のストックがあるはずの薬草が、軒並み品切れになっている。 街中の店で、同時にだ。 不幸な偶然とは到底思えない。
「……あの大層ふくよかなご婦人の仕業か、よくもまあこんな力業を」
「出来る限り優しい表現ですね」
先んじて治療薬に必要な財力を買い占める、ウムラヴォルフ家の財力を考えれば出来ない真似ではない。
だがいくら安価な薬草がほとんどとはいえ、量が量だ。 相手にとっても手痛い出費になるだろうに、ここまで強引な手段を取って来るとは考えつかなかった。
「僕のミスだな、相手を過小評価していた。 しかしそこまでしてまで次期当主とやらの座が欲しいのか……?」
「ふむ、ウムラヴォルフ家はかつて戦功で名を上げた家です。 かつては王の指南役として召し上げられたこともあると聞きますが、今となっては昔の話かと」
「コストに見合った清算が取れるかは怪しいな、ならば目的は別にあるのか……?」
いっそ金だけが目的ならそっちの楽なのだが、意地になっているか何らかの執着を持っているなら面倒だ。
物事の落としどころがどちらかが尽き果てるまで続くむなしい戦争となる。 下手をすればどちらも大火傷だ。
「それにしても困りましたね、材料の代用などは?」
「無理だ、大半の素材が足りない状況で代用も何もない。 一応聞くが、君の職場にストックはないか?」
「申し訳ございません、我々は薬に頼らず魔法での治療を信条としているので……」
「まあ期待はしていなかったさ、しかしそうなると問題は厄介だぞ」
「疑問ですが、安価なものならば街の外で採取できるのでは?」
「それは考えたが……リスクがあるな、街の外は治外法権だ」
相手はシュテル君のような幼い相手にも刺客を差し向けるような連中だ、街の外なんて命を狙う絶好の機会だろう。
かといってシュテル君を街に置いていき、戦力を分散させるのも不安が残る。
「…………歯痒いが、一日耐えよう。 薬草なんて一般市民の必需品だ、商人の出入りがあれば薬草も補充されるかもしれない」
「なるほど、次は買い占められる前に動こうと」
「ああ、そういう訳だから君は君で情報を集めてくれ。 協力してくれるのだろう?」
「もちろんです、しかしそこまで上手くいくでしょうか……」
――――――――…………
――――……
――…
「ああ、その品ならさっき仕入れたばかりだよ。 相場の3倍だけどねえ」
「悪いね、うちらも商売なんだ。 貴重な商品だし定価でってのはちょっと……」
「お嬢ちゃんお嬢ちゃん、この薬草が欲しいのかい? そうだねぇ1ダースで買うなら金貨3枚で売ったげるよ」
「そこになかったらないですね」
「離せ聖女、あいつら全員二度と物が売れない体にしてやる」
「殺生は駄目ですよ、殺生は」
後日、早朝からまた店を回ってみたが、どこもかしこもふざけた価格設定ばかりだ。
完全に足元を見られている、しかも先んじて買い占めた商人がより高値で転売までしている始末。 憎しみで人が殺せるなら死体の山が築かれているところだ。
「うがー! エルナトで得た貯蓄を叩いても全部買い集めるには到底足りないぞ、破産だ破産!」
「申し訳ありません、お金の貸し借りはご法度だとアステラにもきつく言い渡されているので……」
「いや、元より君に貸しを作る気はない。 それに僕らばかり品を揃えても無駄だろう」
「と、言いますと?」
「安価な材料でこれだ、彼女に頼んだ分はもっと望み薄だろうさ」
――――――――…………
――――……
――…
「申し訳ありません、先生に頼まれておきながら……」
「気にしなくていい、この妨害を予想できなかったこちらにも非はある」
ウムラヴォルフ家に到着すると、状況はやはり想像通りだった。
彼女が集められた素材はせいぜい全体の1割程度、とてもじゃないが治療薬の完成にはほど遠い。
僕らと同じく、彼女に頼んだリストもまた買占めの影響に会っていた。 しかも希少なものが多い分、市場に出回るものより質が悪い。
「師匠、こうなったら私が摘んできます! 必要な薬草を教えてください!」
「無理だ、君に口頭で完全に伝えるのは難しい。 それに手摘みじゃ採取できないものもある」
「むむむ、それじゃ八方ふさがりじゃないですか!」
聖女に代わってついて来たモモ君が憤るが、反論する言葉もない。
事実、商人からの供給は断たれ、自分たちで採取するにしても限界がある。 治療薬の作成はもはや絶望的だ。
「主観ですが……これはコズミキの手口ではないですね、シントゥのものの仕業かと」
「例の二大夫人か。 コニスという子供を連れているのはどちらだ?」
「それはコズミキ夫人です、デ……体格がふくよかで遠回しな手は好まない方です」
「なら刺客を放ったのはコズミキか、そして物流を止めているのがシントゥと」
相手をしたくないのは後者か、直線的な手を撃って来るコズミキはまだ対処も楽だ、こちらも暴力で迎え撃てばいいのだから。
シントゥはシュテル君に毒を盛ったこと以外、直接手を下すこともなく嫌がらせを講じてくるのが厄介極まりない。 なによりこちらの手が読まれているのが問題だ。
「……一応確認するが、身近な使用人などは信用できる相手か?」
「それは間違いなく。 そもそも重要な話は他人に聞かれる心配のないこの部屋で行っております」
「それを聞いて安心したよ、もちろん他所の人間に話は漏らしていないだろうな?」
「当然でございます!」
言い淀む素振りも無く即答する夫人、嘘をついているようには見えない。
シュテル君の病状自体は毒を盛った当人なら把握は簡単だ、街でも眠り姫の噂になるほどなのだから。
だが、治療を行おうとしたこのタイミングで市場を支配したのは出来過ぎている。 内通者がいるか、こちらの動きをどこかで監視しているとしか思えない。
「…………師匠師匠、ちょっといいですか?」
「なんだモモ君、耳元でこそばゆい」
「しー、小声で小声で! もしかしてこの部屋、盗聴されているんじゃないですか?」
「盗聴だと……?」
その可能性は考えた、確かに風魔術なら遠くの音を拾う術が存在する。
だが、この屋敷の付近から怪しい魔力や風の流れは感じとれなかった。 故にその線は無いと考えていたが……
「私ドラマで見たことあるんです、コンセントとかに寄生した盗聴器がこっそり仕掛けられてたり……」
「こんせんと……? よく分からないがそれは君達の世界で―――」
――――いや、違う。 古い常識に囚われていたのは僕の方ではないか?
1000年前の埃被った知識に固執し、新たな見解を忘れていた。 そうだ、この世界は僕と生きていた時代とは違う。
魔術とも魔法とも違うものがあると、昨日も眉間に突きつけられたばかりじゃないか。
「……なるほど、よくやったぞモモ君」
「へっ?」
「今回は君の手柄だ、そして――――反撃の糸口も掴めたぞ」




