ドクターストップ ①
「君達は何だ、正座させられるのが趣味なのか?」
「ち、違うんですよぉ……私が心配だったのでぇ、モモちゃんを誘ってしまって……」
「師匠が気付かなければ穏便に済んだというか……」
「だからなんで俺まで巻き込まれるんだ……」
「すやぁ……」
床に正座したバカどもの前に置かれた、ガラス製のコップを拾い上げる。
表面に薄く魔法陣が刻まれたそれはただのコップではない、おそらく盗聴用にチューンアップされた術式が刻まれたものだ。
こんな繊細な仕事を施した品が店売りとは思えない、つまりそこにいるギルド員の仕業という訳だ。
「さすがライカちゃん……それでその、どうするのぉ……?」
「僕のやることは変わらない、むしろよくあの顔面を殴り付けなかったなと自分をほめてやりたいよ」
「いやー止めましょうよ、師匠の腕だと多分殴った方が折れへぶちっ」
「生意気をほざくのはこの口か? ああ?」
「ひょ、ひょめんなさい~……!」
「まったく……さて、起きろシュテル君」
「うむぅ……せんせぇ……?」
モモ君の減らず口をつまみ上げていた手を離し、代わりに未だ眠るシュテル君の肩を揺すり起こす。
一応付け焼刃の治療のおかげか、眠りも浅くすぐに目覚めてくれた。
「シュテル君、大事な話だ。 少し長くなるが頑張って起きていられるか?」
「…………頑張り、ます……」
「いい返事だ。 さて、君が置かれている状況は理解しているかな」
たっぷり5秒ほどかけて問いかけられた内容を飲み込むと、シュテル君はゆっくりと頷く。
敏い子だ。 眉尻が下がった表情は眠気だけが理由じゃあるまい、現状をよく理解しているが故の苦悩が現れている。
「君には選択肢が2つある、“戦う”か“逃げる”かだ。 正直なところ、親同士の醜い諍いに君が関わる必要はないんだ、君の母親と一緒にどこか遠い所に逃げてしまえ」
「…………んっ」
しかしシュテル君はこの提案を即座に否定する、思えば彼女が強く感情を見せたのはこれが初めてかもしれない。 それだけ逃げる事に忌避感があるということか。
「お母さんが……悲しむから……逃げたく、ない……」
「彼女は君の安全を願っていたぞ、シュテル君が説得するならきっと納得してくれるはずだ」
「……ヤダ」
「そうか、わかった。 具体的な理由を聞いても?」
「せんせと……お母さんの……魔術を、バカにされた……」
「…………そうか」
そうか、この子もさっきの会話を盗み聞いていたのか。
そしてあの奥方に銃を突きつけられた際、魔術は古臭いと罵られたことに憤慨した。
ああ、それなら無理だ。 止めようがない、僅かな時間ながらこの子の家庭教師という立場に立った以上、自分のために怒ってくれた彼女の意志を無碍には出来ない。
「あれと戦うならば、君の身体は酷いハンデを負っている。 治すにしても時間がない、苦痛を伴うが良いか?」
「んっ」
今度は思考時間のラグも無く即答、覚悟はすでに深く決まっている。
こうなると僕がいくら説き伏せても首を縦に振ることはない、そうなるとやはり選択肢は一つだ。
シュテル君の魔結症を速やかに根治させ、ウムラヴォルフ家次期当主に相応しい実力を見せつけるほかない。
「……モモ君、君はしばらくシュテル君を護衛していてくれ。 ノヴァは修行続行」
「はい! でも、師匠はどちらへ?」
「魔結症の融治剤を作る下準備だ、面倒な材料はシュテル君の母親が揃えてくれるが、それ以外の支度はこちらで進めなくちゃいけない」
「せんせ……私も、手伝う……」
「駄目だ、相手は君が思っている以上に過激な連中だ。 ギルド内ならまだしも外に連れ出すことは出来ない」
「むぅ……」
「それと、君に一つ課題を出しておこう。 魔力制御の特訓だ、今の君ならモモ君と同程度の魔力ぐらいは扱える」
人差し指に魔力を集め、爪の先にも満たない小さな水球を作り出して見せる。
多少は体内の凝り固まった魔力が溶けた今なら、シュテル君でもここまでは出来るはずだ。
そのうえで、作りだした水球を指先に這わせるように転がす。 魔力に慣れるには丁度いい手遊びだ。
「わぁ……キレイ……」
「なんかよぉ、俺に比べて扱いが違くないか?」
「当たり前だろ、シュテル君は護衛対象で君は犯罪者だ。 自分の立場を弁えろ」
「クソッ、ぐうの音も出ねえ!」
悔しがるノヴァを横目に、自分の掌を見つめて早速水球を作り出そうと唸り始めるシュテル君。
まあほんの少しだけ溶け始めたとはいえ、まだまだ魔結症は治りきってはいない。 今日中に水球が形になれば御の字というところか。
「というわけだ。 盗聴の件をギルドに報告されたくなければくれぐれも協力を頼むよ、ギルド員君?」
「あ゜っ、やめて耳元で囁かないでえっちすぎる」
「やっぱりこの人間はさっさとクビにした方が良いんじゃないか?」
「まあまあ、日本じゃたまに見かけたタイプの人ですから……」
――――――――…………
――――……
――…
「おや、お出かけですか?」
「なんだ、もう情報は集め終わったのか」
ギルドの扉を開くと、僕の外出を待っていたかのようなタイミングで聖女とかち合った。
VIPルームで話し込んでいたとはいえ、ウムラヴォルフ家の裏を取るにはまだまだ時間が足りないと思っていたが。
「今は信用できる部下に任せております、それより護衛の人手が足りていないのではと思いまして」
「姫様? 何の説明もなく連れてこられたのですが何事ですか? まあいつもの事ですから良いですけど……」
「君も苦労してるなぁ」
聖女に抱きかかえられていたのは彼女のお目付け役、たしか名はアステラと言ったハーフリングだったか。
なるほど飛行船で見せた実力は間違いなく信用できるものだ、しかし自分の護衛をそう簡単に他人に渡して良いのだろうか。
「あー、事情は中のモモ君たちに聞いてくれ。 頭痛薬が必要なら用事のついでに手配するが?」
「いえ、自前のものがあるので結構です……胃薬いります?」
「いただこう、君は良い人だな」
「うふふ、二人とも仲良くなったようで何よりです」
たぶん、この時の僕ら2人の目つきは人を殺せるレベルだったと自負する。
「それで、用事とは一体何でしょうか?」
「魔結症の治療薬が必要だろう? その材料集めだ、まあ安価な薬草などが殆どでそう手間もかからないと思うが……」
「ああ、そういうことでしたか。 ならば先手を打たれてしまいましたね、どこも薬草は売り切れでしたよ?」
「…………なんだと?」




