さんにんのでし ⑦
「これって絶対罠ですよねぇ……」
「罠だな、間違いなく」
「えっ、そうなんですか?」
「君は疑う事を覚えろバカ」
この期に及んでまだ状況が分かっていないモモ君を置き去りにし、腕を組んだノヴァたちがうんうんと唸る。
昨日の襲撃者から一夜明け、黒幕と思われる人間から直々の呼び出し。 何事もないはずがない。
「絶対行かねえ方がいいぞ。 相手は貴族だ、何されるか分かったもんじゃねえ」
「露骨に避ける方がかえって無礼だろう、相手は別室で待っているんだな?」
「は、はいぃ……VIPルームでお待ちです」
「そんなものがあったのか……」
「たまーに使う機会があるんですよぉ、ちなみにお一人で来るようにと伝言が……」
「分かった、君達はここで待っていろ」
「おい!?」
ここでまごついていても状況は進まない、それこそ不敬で打ち首にされてはたまらない話だ。
それに一度は相手の顔を拝んでみたかったところだ、シュテル君のような幼子に一服盛るような連中がどんな面の皮をしているのか。
「ご、ごめんなさいぃライカちゃん……」
「なに、断れば君の立場が危うくなるんだろ。 僕は大丈夫だから気にするな」
「あ゛゜っ!!! 今心が沼に落ちる音がし゛た゛!!」
「やはり見捨ててもいいかなこれ」
「師匠、さすがにあんまりなのでどうか穏便に……」
――――――――…………
――――……
――…
「遅い、人を待たせるとは品位が知れますね」
VIPルームとやらに通されると、待っていたのは予想以上の怪物だった。
控えめに言ってふくよかな腹回りがソファを占領し、窓を閉め切った部屋にはキツイ香水の匂いが充満している。
そして膝……膝? 肉付きとドレスに埋もれて分からないが、推定膝の上に少年を乗せた、化粧の濃い妙齢の女性がそこにはいた。
膝に乗った少年の年齢はシュテル君と同じくらいか。 彼が跡取りのライバルと見て良いだろう。
見た目だけなら親に似ず、それなりに整った容姿をしている。 その言動と親以上に着飾った衣服から見るに、相当甘やかされていることが伺える。
「……失礼、お待たせしたようで申し訳ない。 ライカ・ガラクーチカと申します、此度は何用でしょうか」
「ふん、立場を弁える頭はあるようですね。 よろしい、許しましょう」
名乗り、形だけとはいえ謝罪を述べたというのにこの態度か。 しかも一人で来いと命じた割には自分たちには面の良い護衛をしっかり侍らしている。
はははこやつめ、人目がある場所で命拾いしたな。 礼儀を物理で刻みつけてやるところだった。
「では手短に用件を済ませます、受け取りなさい」
「……えーと、この金貨は一体?」
手短に、というにしてもあまりに言葉足らずのまま、テーブルのうえに投げ出されたのは特大の金貨袋だった。
中身は見ずともぎっしりと詰まった袋は相当な額だと分かる、適当に放るにはあまりにも不用心だ。
「はぁ……頭が足りないようですね。 私の息子、コニスの家庭教師を務めなさいと言っているのです」
「なるほど、代わりにシュテルく……シュテル様から手を引けと」
「ええ、あんな小娘よりもコニスの方がずっと才能も有ります。 あなたも魔術師ならばわかるでしょう?」
「…………」
夫人の膝に乗った少年は自慢気に鼻を鳴らし、こちらを見下ろしている。
親が自慢するだけはあり、それなりに素養は見受けられるが……あくまで「それなり」だ。
年相応の伸びしろはあるかもしれないが、今はせいぜい中の下だ。 シュテル君の魔結症が溶ければ相手にならない。
「あなたも光栄でしょう? ウムラヴォルフ家次期当主に魔術を教えたとなれば箔がつくというものです」
「なるほど。 しかしながらすでにシュテル様より魔術の指導を依頼された身、さすがにそのような振る舞いは義理を欠くかと」
「義理? そんなもの必要ありません、そもそも魔術師など古臭い存在でしょう」
「………………ほう?」
「今どきダラダラと呪文を唱えるなどナンセンスです、前時代ならともかく現代ならば便利な魔導具もある」
そう言いながら彼女が取り出したのは、小口径の拳銃だった。
ただの武器ではない、表面に刻まれたラインにはわずかながら魔力を感じられる。 おそらく撃ち出す弾丸になにかしらの仕掛けがあるのだろう。
「あなたがどれほどの術師が知りません、しかしこの距離で放たれる弾丸を躱せますか?」
「……さあ、どうでしょうね」
「ふふ、そう構えずとも撃ちませんよ。 あなたが利口である限りは、ね」
僕の反応をただの虚勢と思ったのか、ご婦人はなにやら満足げに拳銃う所に仕舞った。
暗に濁してはいるが、逆らえばお前の命はないぞという脅しだ。 まったく、恐ろしくて震えてくる。
「話は以上でしょうか? ご婦人の時間を煩わせるのも心苦しいので、そろそろ失礼させていただきます」
「ふん、殊勝な心掛けですね。 返事は明日まで待ちます、自分の今後をよく考えておくように」
どこまでも無駄な自信に満ちた夫人とその子どもを一瞥し、部屋を出る。
そのままゆっくり深呼吸。 周囲の余計な人気が無い事を確認し、VIPルーム隣室の扉をあけ放った。
「――――盗み聞きとはずいぶん育ちが良いな、君達?」
「あ、いや、そのぅ……師匠、これは違うんですよ~……!」
部屋の中には、壁にコップを当ててVIPルームの会話を盗み聞こうとしていた、間抜けな弟子たちが並んでいた。




