さんにんのでし ⑥
「ロッシュさん……ずっと気になっていたんですけど、そもそも聖女ってなんですか?」
「あら、そういえば話していませんでしたね」
治療の合間、ずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。
「アルデバランの聖女」というあだ名はずっと聞いていたけど、実際が何がどうして聖女と呼ばれるのかその経緯が謎だった。
私が知っている聖女はせいぜいジャンヌ・ダルクくらいだ、それもどんな偉業を達成したのは詳しくない。
「聖女というのは魔法遣いにおいて最も偉い人を指す言葉です、ちなみに男性の場合は聖人と呼ばれます」
「ほあー……えっと、つまり信仰している神様の数だけ聖女や聖人がいるってことですか?」
「オーカスのような邪教は除きますが、おおかたその通りです。 加えて、聖女・聖人の基準はその名に相応しい偉業を遂げ、神に認められたかどうかです」
「ふさわしい偉業……?」
「アスクレス様の場合は貴賤なく、より多くの命が救ったどうかです。 神に認められたかどうかは……この肌に刻まれた聖痕で判断いたします」
「わー!? ノヴァさん、こっち見ないでください!」
「あっ? なんだ急にぶべらぁ!!?」
間一髪ノヴァさんの首を明後日の方向に向けるのが間に合った。
急にロッシュさんが布をはだけさせ、その胸元を大胆に露出させたのだ。
するとそこにはいつか見せてもらった聖刻印と同じ、アスクレス教のマークが火傷のように刻まれていた。
「ひょえっ……痛くないんですかそれ!?」
「ええ、苦痛は刻まれる瞬間だけです。 このように、神に認められたものにはある日突然聖痕が刻まれるのです。 ただ一つ問題があるとすれば……」
「な、なにかデメリットがあるんですか?」
「ええ、聖痕が刻まれる位置は自分で選べないのが悩みですね」
はだけた衣服を元に戻し、優しく笑うロッシュさんの頬は少しだけ赤くなっていた。 やっぱりちょっと恥ずかしかったらしい。
聖女という肩書さえなければ、やっぱりロッシュさんも女の子に違いないのだ。
「……それと、彼の首がねじれたまま息をしていませんが、そろそろ治療が必要でしょうか」
「はい? ……わぁ゛ー!! ノヴァさんごめんなさい! ロッシュさーん!!」
「あっ、それとわたくしの後ろにおさがりください。 そろそろ圧縮されていた火球が制御を失って暴発するので」
「えっ」
――――――――…………
――――……
――…
「で、何か弁明はあるかバカトリオ」
「面目次第もございません……」
「人命救助は果たしました」
「俺が悪いのか……!?」
「…………すやぁ……」
土下座、お辞儀、正座、真っ黒に煤けたギルドの修練場で三者三様の謝意が並ぶ。
幸いにもこの部屋は相当頑丈だったようで、目立つ被害は圧力が集中して吹き飛んだ窓ぐらいだ。
そしてこの状況でもシュテル君は無事に熟睡している、これも病の影響なのかそれともただ胆力が強いのか。
「そ、それで師匠の用事はどうだったんですか……?」
「話を逸らすんじゃない」
「はい……」
「まったく……それで、調子はどうだ?」
「どうだも何もねえよ! 危うく死にかけるわ無理難題押し付けられるわ……」
「この程度で死ぬならどの道だ。 続けろ、魔力を扱うとはどういうことかをその身に刻め、魔術の先を極めたいんだろう?」
「……ああクソ、分かったよ!」
ぶつくさと文句を続けながらも、彼は再び火球を生成して圧縮鍛錬を始め出す。
まだまだ合格のサイズには程遠いが、すでに半分に近いところまで縮めている。
「師匠、ノヴァさんの修行って何の意味があるんですか?」
「見ての通り、魔力の圧縮だよ。 この世界の人間は体内に魔力を宿している話は前にも話したな?」
「そうですね、聞いた事があるような……」
「忘れずその脳みそに詰め込んでおけ、体内に貯蓄しておける魔力量は人それぞれだ。 水を溜める器をイメージしろ」
「人によってコップの大きさが違うってことですね」
「その通りだ、そして器の大きさは後天的に鍛えることが難しい。 器が小さければ貯蓄し、運用できる魔力の量も少なくなる」
「つまり……小さい器にたくさんの魔力を溜めるために圧縮すると?」
「理解が早いな、そういう事だよ」
人が無意識に貯める魔力には無駄が多い、意識して詰め直すことで外からさらなる魔力を取り入れることができる。
この作業をより効率的かつ無意識で行うために必要なのが魔力の圧縮鍛錬だ。 外部からいかなる妨害を受けようと、息を吸うように圧縮と制御が行えなければ話にならない。
おまけに圧縮魔力の運用ができれば、魔術自体の練度や威力も向上する。 一粒で何度も美味しい修行法だ。
「ノヴァ、君は魔力の消費に無駄が多い。 魔術師にとって息切れは死に繋がる、常に節制を心がけて魔術を扱え」
「やってやらぁチクショー……!」
「その意気だ。 さてモモ君は部屋の掃除だ、煤の一かけらも残さず磨き上げろ」
「は、はぁい……」
「それとそこの聖女は……」
「ウムラヴォルフ家の家系をお調べすれば許していただけますか?」
「減刑交渉とは見上げた聖女だな、まあいいだろう。 僕の気が変わって君の付き人に告げ口する前に頼むぞ」
「ははぁー、すぐにでも行動いたします」
その言葉通り、正座したままホバー移動で聖女が退室する。 無駄だが器用な魔力の使い方をするものだ。
あの調子ならそう待たずして情報を集めてくることだろう、アスクレス教の規模なら情報の質と精度も心配あるまい。 便利な弱みを握った、今後とも活用しよう。
「あ、あのぅ……ちょっとよろしいですかライカちゃぁん……」
「ん、昨日のギルド員か。 悪い、弁償額の清算は少し待ってもらってもいいかな?」
聖女と入れ替わる様に扉の影から顔を覗かせて来たのは、昨日の変態ギルド員だった。
これだけの騒ぎを起こしたのだからギルド員が対応に来るのはおかしい事ではない、だがなんだかバツの悪そうな表情をしているのは何故だろうか。
「星川ですぅ、いやあこの程度なら窓の修理費だけで結構ですので……ってそうじゃなくて、ライカちゃんにお客様です」
「……僕に客だと?」
当然ながら心当たりはない。 釈放されてから見知った顔は両手で数える程度、それもよく見る顔は今目の前にいる。
それにこのタイミングで自分に接触してくるような相手は……
「……ウムラヴォルフ家の人間か?」
「はいぃ……その通りなんです……」
……つまるところ、第一か第二夫人が動き出したと考えていいだろう。




