さんにんのでし ⑤
「やあ先生。 今日も空からご登場ですか」
「やあ門番君。 その先生ってのはやめてくれ、こそばゆい」
空路を経由してウムラヴォルフ家に到着すると、昨日と同じ門番が迎え入れてくれた。
すでにあの母親から話は通っているのか、なんの疑いもなく門を通される。 面倒がないのは助かるが、門番としてはそれでいいのだろうか。
「奥様は中でお待ちです、そろそろ話を聞きに来る頃だろうと」
「予想通りってわけか、面白くないな……」
開け放たれた門を潜ると、どんな魔術を使ったのか、昨日あれだけ荒らされていた庭がほとんど元通りになっていた。
芝の一つとっても綻びがない、一日の間に植え直したのだろうか、庭師の腕と気苦労が伝わって来るようだ。
「お待ちしておりましたわ、先生」
「やあ、ご婦人。 わざわざ出迎えてくれるとは気を揉ませてしまったようだね」
玄関扉に近寄ると、僕の気配を察知してすぐさまシュテル君の母親が出迎えてくれた。
その顔は気のせいか昨日よりも疲弊しているように見える、娘のことは少なからず心配だったらしい。
「お聞きしたい事があるのでしょう、ここでは何ですのでどうぞ中へ。 良い茶葉が入ったのでよろしければ」
「なら遠慮なく失礼させてもらうよ、茶菓子は飛び切り甘いのを頼む。 後味が悪い話になりそうだからな」
「…………」
奥方について行くまま案内された客間では、すでに使用人たちが淹れたての紅茶と茶菓子を準備して待っていた。
それでも冷める前にいただく気分にはなれない、何はともあれ胸につっかえた文句をすべて吐き出してからだ。
彼女も僕の気分を察してか、支度を終えた使用人たちを下げ、二人だけの状況を作ってくれた。
「……シュテルの様子は如何でして?」
「一日二日で快方に向かうような病じゃない、常日頃から強い睡魔に襲われている。 あれは相当ひどいぞ」
「そうですか」
「で、敵は身内か?」
「…………おそらくは」
あくまで冷静に努めているが、膝の上で握りしめられた彼女の拳は震えていた。
怒り、恐怖、混乱、彼女の中にはいろいろな感情が綯い交ぜになっているはずだ。
知らぬ間に娘に毒を盛られ、敵の正体も分からぬまま命を握られているに等しい状況、平静でいられるわけもない。
「事情は理解した、だが納得は出来ないな。 勝手に面倒ごとを押し付けられ、あわや殺されかけたんだ」
「申し訳ありません、しかしながら先生の力量は私が十分に知っております。 何が潜んでいるかも分からぬこの家よりも、あなたのそばに置く方が安全でした」
「なぜそこまでであったばかりの僕を信用した、それこそ君の敵が仕組んだ刺客だとは思わなかったのか?」
「刺客であればもっと目立たぬ人材を使うものでしょう?」
「……なるほどな」
やはりこの見た目はどうも悪目立ちしてしまう、あの看守はいくら恨んでも恨み足りない。 おかげでいらぬ信用を勝ち取り、妙な厄介ごとに巻き込まれてしまったではないか。
「先生を巻き込んでしまったことは重々謝罪いたします、謝礼はいくらでも……」
「結構だ、金で解決しようというのは気に食わない。 そんな真似をせずとも一度は乗り掛かった舟だ、責任は果たす」
「…………重ね重ね申し訳ございません」
「気にするな、僕も気にしない。 それより君が敵対している相手の話をしたい、具体的に誰だか分かっているのか?」
「証拠はありませんが、おおよそは」
そのあと、紅茶が冷め切るまでの時間をかけて彼女から聞き出した話を纏めると、大本の敵は「2人」だ。
まずウムラヴォルフ家当主は第八夫人まで抱え、その中でもシュテル君の母親は末席の八人目に位置する。
立場上は上の夫人どもに頭が上がらず、かと言って娘の才能は頭一つ飛び抜けている、出る杭は打たれるというものだ。
そのうえこの家は良くも悪くも才能至上主義、愛する旦那様が末席の子を可愛がろうものなら、目の上のタンコブに漆を塗られたような気分だろう。
さらに夫人同士に派閥があり、第一夫人と第二夫人が下位の人間を抱え込みコミュニティを形成する中、唯一単独陣営である第八夫人は針の筵……今までよく耐えていたものだ
「ここだけの話、私も毒を盛られたのは一度や二度だけではありません。 使用人も信頼できるもの以外はすべて解雇いたしました」
「正直理解しがたいな、そこまで危険な目に会うのなら大人しく上の夫人に従えばいいだろうに」
「ええ、その考えはありました……けど、先生も彼女達と顔を合わせれば理解していただけるかと」
「その心は?」
「彼女達は魔術師でも、ましては子を愛する親ですらありませんので」
「……なるほど、その言葉だけで納得できた」
彼女の実力を見たのは昨日の一度だけだ、それでも重ねた研鑽の質は分かる。
そんな彼女が「当主を譲りたくない」 と思うのならば、第一・第二夫人の人柄は何となく見えてきた。
「まあシュテル君のことは心配しなくていい、今は安全な場所で隔離してもらっている。 しかし悪いがずっと彼女の面倒を見ているわけには行かない」
「ええ、もちろんでございます。 それでも代わりの護衛を雇うまでは……」
「君のやり方じゃいくら探しても気の合う相手は見つからないさ。 だからシュテル君本人に強くなってもらうことにした」
「…………はい?」
「魔結症は治せる病だよ、適切なリハビリと投薬治療でね。 君だってはじめは彼女に僕の技を盗ませるつもりで雇ったんだろう?」
「え、ええ。 はじめはそのつもりで……しかし、可能なのですか……!?」
「二言はないさ、ただ材料の確保が難しい。 君の伝手で用意できるものがあれば頼みたい」
「もちろんです、あの子が再び魔術を使えるようになるなら……私の血肉でもなんでも!」
「そこまでは要らないなぁ……とりあえず何か書くものはあるか?」
「はい、ここに!」
「これまた綺麗な紙で……」
彼女が迷わず差し出した紙に、少しもったいない気もしながら必要な材料を記載していく。
値の張るもの、入手が難しいものもあるが、貴族である彼女なら十分入手できる代物ばかりだ。
「…………」
「……? 先生、なにか?」
「いや、ひとまずこれだけお願いしたい。 安価なものはこちらで集めるよ」
「分かりました。 出来るだけ早く集めます」
「ああ、その時には連絡をくれ。 それじゃ僕はこの辺で……」
ギルドに戻ろうと席を立った時、窓の外に見える街並みから煙が上がり、爆発音が響き渡る。
……たしかあの方角はギルドがあったはずだが。
「…………先生、顔色が悪いですが」
「いや……なんでもない、どうせまた何かやらかしたんだろうなぁ」
……ああ。 彼女に頼む材料の中に、頭痛薬も書き加えておけばよかった。




