さんにんのでし ④
「点呼ー」
「はい!」
「おう」
「…………すぅ……」
「はいそこ、シュテル君は寝ない。 それじゃ全員準備は良いな」
場所を変え、ギルドの修練場に並んだのはモモ君たち3人+信用できない笑顔の聖女が1人。
憂鬱だ、窓の外から見える空は雲一つないというのに。 僕はこれから師としてこの3人を鍛えなければならない。
「師匠、私はまず何をすれば!?」
「君は腕の治療が最優先だ、聖女様に診てもらえ」
「分かりました! お願いしますロッシュさん!」
「はいはい、ではこちらへどうぞー」
一番元気が有り余っているモモ君だが、一番無茶ができる身体じゃない。 内包している魔力量も幼児以下だ、しばらくは適度に治療しながら負荷を掛けつつ基礎訓練が必要になる。
それと治療が必要なのはモモ君だけではない、シュテル君もだ。 魔結症自体は命に係わる病ではないが、彼女の場合は命を狙う刺客がいつ現われるか分からない。 自分である程度は対処できる力は身に着けてもらわないと困る。
最後に、アストラエアからの最終判決待ちであるノヴァ・フォエルグだが……
「おうお頭ァ、俺はどうしたらいい?」
「その呼び方は止めろ、盗賊頭は君だろ。 それにあれだけ君を慕っていた部下はどうした」
「あいつらはあいつらで檻の中よ、まあ俺に比べりゃ罪も軽いけどな。 俺の問題を何とかしたら迎えに行くつもりだ」
「そうかい、生きて再会できるためにも頑張れよ」
正直な話、彼に関しては基礎も出来ているし魔術の才覚もそこまで悪いものではない。 他の2人に比べて水準が違う、足並み揃えて鍛えるのは難しいほど差があるのだ。
シュテル君の面倒を見ながら悠長に指導するような時間もない……短期間で実力の向上を目指すなら「あの方法」がいいか。
「ノヴァ・フォエルグ、まずは火球を作ってみろ。 大体でいい、自分の掌よりも大きいサイズだ」
「あん? まあそれぐらい出来るけどよ……」
そう言いながらもノヴァは無詠唱で火球を作り出す、生成速度も悪くないしやはり筋は良い。
球の成型も及第点だ。 多少は炎の揺らぎが見られるが、それでもきちんと「球」を維持している。 魔力制御の腕が悪いとこのサイズを長時間キープするのは難しい。
「で、こいつをどうする。 維持してりゃいいのか?」
「圧縮しろ、風の一番と同じ要領だ。 ひとまず硬貨と同サイズになれば合格にしておこう」
「……あ、圧縮?」
聞き返す彼に対し、僕の顔よりも大きい火球を生成し、爪の先ほどに縮めて実演してみせる。
密度の低い魔力を一点に凝縮する鍛錬だ。 これができるようになると少ない魔力で効率的に魔術の威力が上がる。
アストラエアから下される試練とやらがどういったものかは知らないが、これぐらいは出来なければお話にもなるまい。
「…………期限はいつまで?」
「午後までにはやってもらいたいが、まあ初日なので明日までは見逃そう」
「出来るわけねえだろうが!?」
「せんせ……鬼畜……」
「大丈夫だ、僕でも三日で出来た。 君なら一日あれば十二分だろ?」
懐かしい思い出だ、わが師との忌々しい記憶がよみがえる。
あの時はたしか深海に沈められて空気の圧縮ができなければ窒息する状況で鍛えられた、それに比べるとなんとも易しい修行だ。 僕はあれと比べて鬼ではない。
「じゃ、頑張ろうか。 ちなみに不定期に邪魔するからうまくいなしながら続けてくれ、なあに当たりどころが悪くてもそこに聖女がいる」
「ええ、頭が無事ならなんとしてでも治して見せます」
「殺される! 死にたくねえのに殺される!!」
「死にはしないさ、現に僕は死ななかった。 それじゃあとはシュテル君だな」
「…………すぅ……」
少し目を離していただけで、すでに彼女は眠りに落ちようとしていた。
睡眠時間が足りないわけではない、まして彼女が不真面目なわけでもない。 魔結症によって体内の魔力がうまく循環せず、無意識に余計な体力を消費しているせいだ。
ただこれは思ったより症状が重い、本人の負担も大きいだろうし本腰を入れた治療が必要になる。
「師匠、シュテルちゃんの病気って魔法じゃ治せないんですか?」
「ケガや病と違って魔力の詰まりは治せない、魔力そのものは異常でもなんでもないからな」
「おっしゃる通り、アスクレス様の奇跡をお借りしてもその場しのぎが限界ですね」
「うーん、ロッシュさんが言うなら難しそうですね……じゃあ師匠はどうするんです?」
「簡単だ、魔力が詰まっているなら内部から溶かしてやればいい」
シュテル君の手を取り、そっと自分の魔力を流し込む。
身体に魔力の流れを覚えさせながら、僕の魔力で詰まった石を溶かす作業だ。 ここで焦ると拒絶反応が出て暴発する。
だから急がずあくまで少量をゆっくりと。 最悪片腕が吹き飛ぶ程度ならそこの聖女で治せるが、この歳であまり惨い経験はさせたくない。
「はえー……ノヴァさん、あれって何やっているんですか?」
「頭のネジが数本ぶっ飛んだ芸当だよ……少しでも流し込む魔力が揺らげば2人とも肉が爆ぜブベラァ!?」
「の、ノヴァさーん!?」
「ご心配どうもありがとう、だが自分の鍛錬をおろそかにしてはいけないぞ」
後ろを振り返らなくとも、手ごたえで放った空気弾が間抜けな盗賊に直撃したことは分かる。
それよりもシュテル君の症状だ、予想通り相当根深い。 自然発症したものなら年齢からしてここまで酷くなるとは思えない。
やはり彼女の魔結症は誰かに一服盛られたと考えるべきだ。
「……そこの聖女、腕のいい薬師に知り合いはいるか?」
「いいえ、我々は魔法による治療がモットーなので」
「だろうな、となると自前で素材を揃えるかそれとも……モモ君!」
「はい、なんでしょうか?」
「午後から用事が出来た、どうせ君の治療も一日じゃ済まないだろ。 午後から彼にちょっかいを掛ける役は任せたぞ」
「えっ」
「任せてください! 師匠の代わりはしっかり努めますとも! ロッシュさん、フォローはお願いしますね!」
「頭は狙っちゃ駄目ですよ、即死じゃなければ治せますので」
「えっえっえっ」
これで午後から席を外すことができる、体力が有り余っているモモ君の丁度いいガス抜きになればいいが。
目指すはウムラヴォルフ家だ、シュテル君の件を含めてあの母親に問いただしたい事が山ほどある。
……できれば短時間で終わらせたい用事だが、はたして帰ってくるまでノヴァ・フォエルグの原型は残っているだろうか。




