さんにんのでし ③
「……聖女ロッシュ・ヒルの窮地を救い、魔導船に乗り込んだ多くの命を救った功績は認めましょう」
司祭は落ち着いた声色で告げる、静まり返った教会に良く通る声だ。
「しかし、それでも被告が犯した罪と釣り合うかは疑問である。 よって被告、ノヴァ・フォエルグには有罪を下す!!」
「だ、だとしても!」
「減刑は認める。 故に問おう、ノヴァ・フォエルグ! 貴様に心を改める意思はあるか?」
「おうよ、死刑を止めてくれるってんならなんでもやるぜ」
「…………まあよろしい、その言葉に偽りはないことは理解した。 よって一度だけ好機を与える事とする」
「……へぇ?」
これは少し面白い事になった、司祭が「聖女の手助け」という善行の重さを計りかねている。
善悪相殺を基本理念とする以上、天秤が揺れる限り正確な減刑は出来ない。 だからこそ最後のチャンスという名目で善行のダメ押しを行うのだ。
聖女を助けたことに加え、これほどの善行を積めばまあ無罪で良いでしょうと文句のない判決を下すために。
「詳しい内容は追って沙汰を出す! それでは、本日はこれにて閉廷!」
今日何度目か分からない木槌が振り下ろされ、長いようで短かった裁判が幕を閉じる。
残されたのは大きく息を吐いてその場にへたり込む被告と、歓声を上げる観客たちだった。
――――――――…………
――――……
――…
「誠に申し訳ございませんでしたー!!」
「はははなぁに僕は怒ってないよはははは」
「せんせ……目が……笑ってない……」
祭り好きの野次馬どもがあらかた去って行った後、モモ君は僕らの目前まで滑り込み見事な土下座を見せる。
その後ろには胡散臭い笑顔を張り付けた聖女とバツが悪そうな盗賊頭も一緒だ、いっそ怒鳴り散らしてやりたい。 だがシュテル君が見ている手前、我慢だ我慢。
「とりあえずモモ君、二度とやるなと君に言っても無駄だろう。 次からは極力僕を巻き込むなよ」
「はい……」
「ふん、まああのいけ好かないアストラエア信者が苦悶する様は胸がすく気分だった。 それに僕も極刑には思うところがあったからな、今回だ・け・はッ! 不問にしてやろう!」
「はいぃ……どうもすみませんでしたぁ……」
今回は本当に紙一重だ、僕に飛び火するならまだしも審判の場を侮辱した罪としてモモ君が断罪された可能性だって十分にある。 聖女の援護と減刑の正当性が認められ、奇跡的にうまくいっただけだ。
もしも失敗していたらこの街にはもう居られない、腕の治療も出来ずにモモ君を連れて逃げるしかなかった。
だがそんな「たられば」をこの娘に説明したところで、反省はするとしてもまた同じ状況に出くわせば何も考えずに飛び出すに決まっている。
本能や習性に近い、たとえどんな妙薬だろうとしても治せない不治の病なのだから。
「せんせ……甘いね……」
「なんだ、僕は十分厳しく接しているつもりだが?」
「あらあらうふふ」
「そこ、生暖かい笑みを止めろ聖女。 第一君達はいつまでそこにいるつもりだ!」
「いや、なんだか話しかけるタイミング見失っちまってよ……」
「わたくしは百瀬さんの治療がありますので」
そうだ、当初の目的を忘れるところだった。 バカに付ける薬はないが、バカの腕を治せる聖女はある。
「ところでライカさん、お布施は如何ほど?」
「むっ、相場は分からないが稼ぎはそれなりにあるぞ。 なんなら今受けている依頼も実入りがいい……」
「そうですね、わたくしに治療を頼むのであればこの程度はいただきます」
そう言いながら聖女は指先に魔力を集めて空中に数字を書き出す。 ……手持ちに依頼料を足し合わせても到底足りない額だ。
それは、アスクレスの聖女様に一度は壊死しかけた四肢の治療を頼むならば妥当な料金かもしれない。
しかし何となく違和感が拭えない、彼女の性格からするとなんらかの企みが含まれているような気がする。
「君、そこまでがめつい性格じゃないだろ。 ……今度は何を考えている?」
「うふふ、わたくしのお願いを聞いてくれるなら5割引きで引き受けようかと」
「帰るぞモモ君、悪いが他の手を当たる。 どうせろくなお願いじゃない」
「9割引きで引き受けようかとぉー……!」
「師匠ぉ、話くらい聞いても良いんじゃないですか?」
「…………正直これ以上の面倒ごとは引き受けたくないんだが」
「大丈夫です、簡単なお願いですから」
すると聖女は気まずそうに控えていた盗賊頭の後ろに回り、その背を前に押し出す。 突然矢面に立たせられた当人も訳が分からず、慄きながらうろたえている。
なんだ、打ち合わせも無しに次は何をやらかすつもりなのか。
「この人を鍛えてください、おそらくこのまま司祭が出す試練を受けると死んじゃいます」
「ま、マジかよ……」
「そうか、それは大変だな。 だがなぜ君が気に掛ける?」
「アスクレスの聖女として、目の前に命があるなら助けます」
「…………はっ、難儀なもんだな君も」
命に価値に貴賤なし、手が届くなら迷わず差し伸べよ。 ありがたいアスクレスのお言葉だ。
大人しく死罪の判決が出たならともかく、一度救える可能性が現れた以上、この聖女は目の前の命を欲張るだろう。
第一、この話をモモ君にも聞かせるあたり性格が悪い。 腕の治療と引き換えというのも悪質だ、聖女などという称号は今すぐはく奪すべきじゃないだろうか。
「…………僕はシュテル君の面倒も見ないといけない、これ以上の負担は難しいぞ」
「ならばアスクレス信徒がバックアップいたしましょう、身辺警護ならばお任せください」
「師匠、私もいますよ私も! 手伝います!」
「君の存在が余計な負担なんだがな!」
モモ君はすでに乗り気だ、こうなると逃げ道はない。 1人だけでも頭が痛い問題なのに、面倒を見なきゃいけない相手が2人も増えてしまうとは何の悪夢だ?
「…………たしか、名前はノヴァだったか。 君の意思を確認したい、こんな子供に師事される必要があるか?」
「何言ってんだ、俺たちを伸したのはあんただろ。 格上の魔術師に教えを請えるなら願ってもねえ」
盗賊頭……もとい、ノヴァが膝をついて首を垂れる。
「死にたくねえ。 俺はまだ魔術を極めていない。 助けてくれ、そして教えてくれ、あんたが磨いた研鑽のほんの一欠けらでも良い」
正直人に物を教えられる自信はない、自分もまたまだ未熟な魔術師だ。 それでもここまで乞われたら、断ることなどできなかった。
「…………はぁー…………まずモモ君の治療が先決だ、いいな?」
「はい、すぐにでも取り掛かりましょう。 代わりによろしくお願いしますね?」
気に食わない、癪に障る、屈辱的だ。 だが致し方ない。
まんまと聖女の企みに載せられ、僕はこの街で3人の弟子を抱える事になってしまった。




