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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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さんにんのでし ②

「…………おはよう……ございます……」


「やあ、起きたかシュテル君。 すまないがもう少しそのままで待っていてくれ」


「……ここ……どこ……?」


 隣の席に横たわっていた眠り姫が目を覚まし、寝ぼけ眼をこする。

ギルドで寝て起きたと思ったら裁定神の教会だ、シュテル君からすると状況がつかめまい。


「悪いね、私用でこの裁判を見届けていた。 もうすぐ帰ろうかと思っていたところだ」


「……あの人……だれ……?」


「あれはモモ君、僕に付きまとう変わった渡来人だ。 渡来人は分かるかな?」


「うん……でも、なんで……?」


「――――おっかしいじゃないですか!! 異議あり、異議ありです!!」


「ええい、静粛に!! 静粛に!!!」


「……なんで……壇上で暴れてるの……?」


「………………なんで……だろうな…………」


 あらためて突きつけられた目の前の現実から逃避したい。

先ほどまで聖女が裁かれていた壇上には、新たな被告人である盗賊頭と、かばうように立つモモ君の姿がある。

僕はまだ甘く考えていた、彼女の向こう見ずっぷりを。 そうだ、話はシュテル君が目を覚ます少し前にさかのぼる。



――――――――…………

――――……

――…


「そっか……ボスさんの裁判も一緒に行うんですね」


「聖女の()()()に裁かれるとは、ずいぶん格の高い扱いを受けているものだな」


「師匠! もう、そんな言い方酷いですよ」


 見事ほぼ無罪同然の処遇を下された聖女に代わり、両手に錠をかけたまま壇上へ上がったのは、もはや見慣れた顔の頭領だ。

そういえば奴も同じ船で輸送していた犯罪者だ、ワイバーンの件がなければ本来の主役は彼だったのかもしれない。


「被告、ノヴァ・フォエルグ。 あなたが信ずる神に誓いなさい、この場において一切の虚偽を申告しないと」


「……師匠、ロッシュさんの時もやりましたけどこのやり取りは?」


「裁定神の魔法だ、神聖な場において宣誓することで互いに一切の虚偽を禁ずる。 この場の証言はまず信用できると思っていい」


「嘘が言えないって事ですか、すごい魔法ですね」


「まあいくつか抜け道もあるけどな……」


 それでもあの魔法の拘束能力は本物と断じて良い、同じような審判に掛けられたこの身が保証する。

罪を犯した者に秘匿を許さず、審判者の公平性を同時に証明する。 面白みのない魔法だ。


「俺は魔術師だ、神には誓わねえ」


「では何をもって己が真を証明する」


「わが身に宿る研鑽と魔術に誓おう、一切の虚偽なきことを」


「よろしい、ではその口で汝の罪を告げよ。 沈黙は許されぬものと思え」


「な、なんだかロッシュさんの時と雰囲気が違いますね……」


「当然だ、仮にも聖女だったあれに比べて奴は本物の犯罪者だからな」


 とはいえ性格の悪い詰め方に違いはない、嘘を吐けない状態で自らの罪状を告白しなければならないのだから。

羞恥と屈辱、真綿で自分の首を締めるような緩やかな絶望。 しかし自尊心を守るための沈黙すら許されない。

中にはその場で許しを請う罪人すらいるが、裁定神の天秤に情はない。 告げられた罪に値する裁きを粛々と下すだけだ。


「…………ムカつく奴をブッ殺した、欲しいままに奪った、秩序や法なんてクソッ喰らえだと思ったな」


「もっと具体的に述べなさい、殺めた人間の数は? 奪ったものとは?」


「覚えてねえよ、それぐらい好き勝手やって来たんだ。 適当な村を襲って畑や金目のもんを荒らして、邪魔する奴はぶっ飛ばしてきた」


「……よろしい、その言葉だけで汝の罪を量るには事足りる」


「ハッ! そうかい、まだ喋り足りないくらいだがね」


 この状況で笑うのは豪胆なのか、それともすでに諦めてしまっているのか。

とはいえ真実を述べている以上、これ以上議論の余地もない。

アストラエア信者ならすでに背景や罪状も洗っているだろう、この場のやり取りは8割答え合わせのようなものだ。


「被告、ノヴァ・フォエルグ。 判決を下す前に何か望む事はあるか」


「死にたくねえ」


「汝の天秤は重く傾いておる、聞き入れられる願いだと思うか?」


「分かってる、ちょっと前の俺なら受け入れただろうよ。 だがな、今はまだ死にたくねえ、頼むよ」


 静まり返っていた教会にざわめきが波立つ。

今まで不遜な態度を貫いていた男が、膝をついて頭を床に擦りつけたのだ。


「静粛に、静粛に! ノヴァ・フォエルグ、見苦しい真似は止めなさい!」


「俺は魔術を見たんだ。 俺なんかよりずっと研ぎ澄まされた、美しい魔術を見た。 極めたなんてうぬぼれていたこの道にまだ先があることを知った、死にたくねえ! 俺はまだこの腕を極めたい!」


「もうよろしい、今ここに裁定は下された! ノヴァ・フォエルグ、汝に与えられた刑は断頭台による死刑――――」


「ちょっと待ったああああああああああ!!!!」


 司祭が振り下ろした木槌の音をかき消す、大音量の異議が教会内に響き渡った。


「な……な、何者か!? 神聖な場で何を……」


「異議ありです異議あり! ノヴァさんはたしかに許されない事をしました、でも死刑はちょっと行きすぎかと思います!!」


「あんの……バカは……!!」


 油断した、完全に見通しが甘かった。

さすがにそこまで馬鹿な真似はしないだろうという僕の考えを、あの阿呆は見事上回ってくれやがったのだ。


「ええい、まずは名を名乗りなさい! いや違う、誰かあの娘を引きずり降ろせ!」


「百瀬 かぐや、渡来人です! 今の判決に納得できないので、ノヴァさんの減刑を要求します!」



――――――――…………

――――……

――…



「…………あっ、ちょうちょ」


「せんせ……逃げちゃ駄目、現実……」


 走馬灯のように過ぎ去っていった回想から、認めたくない現実へ引き戻される。

いっそ全部夢ならばよかったのに、目の前の現実は一切変わっていない。 

壇上では相変わらず目に優しくないピンク髪が仁王立ちし、司祭はパクパクと口を開閉している。

なんなんだ、あの娘は僕の頭痛を悪化させる天才なのか?


「い、異議あり……異議ありとな……あい分かった、この審議の判決に不服があると。 ではその理由を述べなさい」


「すごいな、あの状況から冷静さを取り戻したぞ」


「プロ……だねぇ……」


「師匠、ヘルプです!!」


「対するこちらはノータイムでとんでもないパス回してきたぞ」


「どうして……」


 モモ君から渡されたキラーパスに、教会内の視線が一斉に集まる。

もし目力に殺傷力があったならば一瞬であの世行きだ、さてどうしたものか。 手を貸すのは簡単だ、だがアストラエア信者にもう一度目をつけられるのは勘弁願いたい。 

それに今回の件は完全にモモ君の暴走、ここで甘い顔を見せればつけあがる事は間違いない。


「……自分で考えろ、君の不始末だ。 無理なら無理だと謝罪してそこを退け」


「イヤです、納得できないまま引きたくない。 たしかにノヴァさん達は酷い事をしましたけど、それだけじゃないはずです!」


「なんだ、答えは出てるじゃないか。 つまりそういうことだよ」


「えっ? …………あっ!」


 ようやく気付いたか、おそらくモモ君の世界とこの世界では司法の認識にズレがある。

だが先に聖女へ下された審判が良いヒントになったはずだ、アストラエアは天秤で罪を量るのだと。


「飛行船、飛行船です! ノヴァさん達は飛行船でワイバーン退治を手伝ってくれました!」


 そう、聖女のように犯した罪を差し引くだけの善行があれば極刑は免れる。

とはいえ数えきれないほどの略奪と殺人は相殺しきれない、ここから先はモモ君の弁舌次第だ。 ……不安だなぁ。


「ほう、反論はそれだけですか?」


「とんでもない数でした、ノヴァさん達がいなかったら被害が出ていたかもしれません! ですよねロッシュさん!」


「そうですね、ライカさんと私だけでは少し手に余る数でした」


「むぅ……ロッシュ・ヒル。 あなたも罪人を庇うか」


「私はアスクレス様の教義に従うだけです、救える命は皆救います」


 すでに審議が終わっていた聖女も顔を出してきた、こうなるとただのワイバーン退治だけの功績では収まらない。

治癒の聖女、ならびに飛行船に乗っていた船員たちの命を守ったとも捉えられる。

なにより司祭本人が先に「善き人」だと判決を下した聖女本人の証言だ、無碍にできるはずもない。


「ノヴァさんは昔悪い事をしたのは事実です、でも変わろうとしているなら……」


「ええい、分かった分かった! 静粛に、静粛に!!」


 今日何度目かも分からない木槌の連打、どよめきが広がりつつあった教会内が無理矢理黙らされる。

どうやら司祭の考えは決まったようだ。


「オホンッ! ……改めて判決を下す。 ノヴァ・フォエルグへ与えるのは―――――」

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