さんにんのでし ①
「……はぁー……」
「な、何が書いてあったんですか……?」
長い時間をかけてゆっくりと手紙を読み終えた師匠が、額に手を当ててうなだれてしまった。
顔色が悪く見えるのは、きっと部屋の明かりが暗いだけの問題じゃないと思う。
「君も読んでみろ、話すのも億劫だ」
「えーと、なになに……」
師匠から受け取った手紙の内容を要約すると、「シュテルちゃんを守ってほしい」というものだ。
なんでも彼女のお家は魔術師として優れた人間が後継ぎとなるようで、シュテルちゃんのライバルも多い。
中には命を狙う過激な人たちも多く、家の中ですら安心できないから師匠へ預けたという話だった。
「よくある後継ぎ争いさ、これからシュテル君を蹴落とそうとする連中がこぞって襲ってくることだろう」
「でもシュテルちゃんは魔術が使え……あっ!」
「そうだ、魔結症は治療できる。 しかも治ってしまえば残るのは優秀な魔術師としての下地だ、他の連中からすれば鬱陶しいことこの上ない」
「だ、だからってこんな小さな子を……!?」
「ならこの刺客どもは何かの冗談とでも?」
「それは……」
「そもそもだ、魔術師の家系に生まれた人間が魔結症を患うこと自体がおかしい。 体内の魔力が流動しない事により固結することが原因であり」
「ごめんなさい、私でもわかる感じで説明お願いします!」
「君ねぇ……つまりだ、この症状自体が人の手で仕組まれたものかもしれないということだよ」
話しながら、師匠はベッドで寝息を立てるシュテルちゃんの頭を撫でる。
起きる様子はまったくない、この睡魔も病気の症状だと師匠は言っていた。
「……だれなんですか、シュテルちゃんにそんなひどい事をした犯人は」
「ウムラヴォルフ家は一夫多妻だ。 実行犯は分からないが、この子の敵は両手の指じゃ足りないだろう」
「でも見過ごせませんよ、絶対にシュテルちゃんは私が守ります!」
「ああ、不本意だが僕らは刺客を撃退した。 “敵”にとっては僕らはシュテル君側の人間となったんだ、今さら尻尾を巻いても許しちゃくれないだろうよ」
「でも師匠、なんだかんだ言ってもシュテルちゃんの味方になってくれるんですよね?」
「……ふん、不本意だがそうなったんだ。 まったくもって不本意だがな!」
不機嫌そうにそっぽを向く師匠だが、それも全部照れ隠しだと分かっている。
師匠は彼女を見捨てない、やっぱり優しい人なんだ。 だから私もこの人の背中に着いていける。
「モモ君、その男どもはこの看板と一緒に窓の外にでも吊るしておけ。 僕はもう寝る」
「何ですかこれ? “この者たち婦女子の部屋へみだりに侵入したとして”……」
「ちょっと待て、俺ら変態扱いかよ!?」
「なんだ、幼女殺害未遂の異常性癖シリアルキラーよりはマシかと思うが?」
「はい、俺たちは変態です……」
「はいはい、ぶら下がりましょうねー」
意気消沈した黒づくめの2人を引っ張り、窓の外に吊るす。
さすがに看板は気の毒なのでやめておいた、これに懲りたら人殺しなんて二度としないでほしい。
「甘いなモモ君、そんなことではいつか足元をすくわれるぞ」
「師匠だって甘いですよ、明日なんて待たずすぐ警察……じゃないか、憲兵?に突き出せばいいんじゃないですか?」
「暗殺者があの2人だけとは限らないさ、だから見せしめだよ。 あれを見たら少しは躊躇ってくれるだろ」
「あぁー……なるほど」
少し良心が痛むけど、やっぱり看板も一緒に吊るす。
こっちの方が様子をうかがっている人たちもドン引きしてくれるはずだ、出来ればそのまま帰ってくれることを願う。
「明日は忙しいからな、午前中に聖女の判決が下ればそのまま君の腕を治してもらう。 君も今のうちに体力を回復させておけ」
「でも二人とも眠ってていいんですか? シュテルちゃんが……」
「僕が半分だけ意識を起こしておく、それに表のてるてる坊主を見れば相手もそこまで強引な真似はしない」
「半分だけ意識を起こすって、それも魔術ですか?」
「ただの技術だよ。 ……ああ、それともしものために君に一つ魔法を教えておこう」
「魔法……?」
聞き間違いだろうか? いや、たしかに師匠は魔法と呼んだ。
そして師匠はベッドに寝ころび、私に背を向けたまま人差し指を立てる。
「死神の指と呼ばれる魔法の初歩だ、チンケな魔法だが覚えておけば何かの役には立つだろ」
――――――――…………
――――……
――…
「――――これより、裁定神アストラエアの名のもとに神明裁判を行う!!」
その日の翌日、幸いにも何事もなく憲兵に黒づくめを引き渡した私達は、その足で裁判が行われるという大教会にやってきた。
神様を描いたステンドグラスに照らされる中、椅子はほぼ満席、二階の通路もいっぱいの人ごみで埋め尽くされている。
だけど全員が全員信心深い人たちという訳でもない、まるでみんなこれから始まる裁判を眺めに来た野次馬のような雰囲気だ。
「ははは、大人気だなあの聖女。 裏では有罪か無罪か賭けが行われているようだぞ」
「バチ当たりじゃないですかね、そういうの……?」
「静粛に、静粛に! 全員退場させますよ! 被告、ロッシュ・ヒルは前に出なさい!」
「あっ、ロッシュさん来ますよ。 静かにしてましょう」
今回の裁判を取り仕切る、すごく徳の高そうなおじいちゃんが木槌を振り下ろすと、その後ろからしずしずとロッシュさんが歩き出る。
日光を浴びて煌めく金髪、瞳を閉じたままどこか憂いを感じさせる顔立ち、聖女という肩書に恥じない神々しさを感じさせる。
そして彼女が登場すると、あれだけ騒がしかった教会の空気がしんと静まり返った。
「はぁ……またあなたか、ロッシュ」
「申し訳ありません大司教様、またなんです」
「はぁー……被告、ロッシュ・ヒル。 あなたが信ずる神に誓いなさい、この場において一切の虚偽を申告しないと」
「はい、私は治癒神アスクレスに誓い一切の虚偽を許しません」
「よろしい、本題ですがあなたは大量のワイバーンを誘引し、多くの命を危険にさらした罪があります」
「はい、でもわざとじゃないんです……」
「黙らっしゃい、あなたこれで何度目ですか? 前回はたしか菓子を焼こうとして神の奇跡を……」
「降臨……させちゃいましたね……」
「師匠、なんだかとんでもない話を聞いてる気がします」
「奇遇だなモモ君、僕も聞いているだけで頭が痛くなってきた」
師匠からしてもロッシュさんがやらかした出来事は相当なものらしい。
だけど周囲の人たちは「なんだいつものことか」という雰囲気で裁判を見守っている。
ロッシュさん、いったいどれだけのやらかしと信頼を重ねて来たんだろう……
「はぁー……ロッシュ・ヒル。 本来ならばあなたには厳重な処罰を言い渡さねばなりません」
「謹んでお受けいたします、たとえこの身が磔の業火に消えようとも」
「しかしあなたには数多くの命を救った実績がある、これからもその善心が変わらぬと誓えますか?」
「はい、神に誓って私は貴賤なく命を救います」
「………………はぁーーーー……、では判決を言い渡します。 被害者たちに誠意ある金額を支払い、心から謝罪すること。 良いですね?」
「はい、裁定神アストラエア様の審判を受け入れます」
「異議のあるものは? …………いませんね、ではこれにて終了!」
とてもとても長い溜息を吐き出し、大司教のおじいちゃんはガンガンと木槌を振り下ろす。
それを合図に誰かがいっぱいの紙吹雪を撒き、教会内は喜びの声に包まれた。
「ほえー……この世界の裁判ってすごく寛大なんですね」
「こんなもの異例も異例だよ、大司教には心底同情する。 一般的な審判を学びたいならこの後を見て置け」
「この後……?」
首をかしげていると、ロッシュさんの退場に合わせて再びおじいちゃんの木槌が振り落とされる。
そうか、裁判はロッシュさんだけじゃない。 今日はまだ裁かなければならない人がいた。
「――――では次に、盗賊団長“核熱のノヴァ”への神明裁判を行う!」




