さわがしいまちなみ ⑦
夜の中でも目立つ銀髪の少女が、街中に張り巡らされた細い路地へと消えていく。
ターゲットを背負った桃髪の少女はそのまま宿へ入って行ったが、あちらは後で良い。
騒ぎになる前に一人ずつ処理できるなら、それに越したことはないのだから。
「おい」
「ああ」
隣の相方と短い会話で意思確認し、銀の髪を追うように路地へと入る。
まったく依頼主の気が知れない、まだ年端も行かぬ少女だろうに。 いったい何の恨みがあると言うのか。
だが金を貰う以上、殺るしかない。 せめて苦しまず一撃で、どうか恨んでくれるな。
「…………?」
街灯りが路地は薄暗く、光に慣れた目が一瞬闇に戸惑う。
だが一瞬だけだ、訓練された瞳はすぐに闇に順応する。 少女が路地に入って数秒も過ぎていない。
だが……どこだ? 目標の姿などどこにもない。
「やあ、こんな夜更けに散歩かい?」
「っ――――!?」
消えたはずの少女、その声が聞こえて来たのは真上からだ。
細い路地へ僅かに差し込む星明りを見上げると、そこには我々を見下ろす銀の少女が立っていた。
まるでそこが地面であるかのような自然体で壁に足を付けた姿は、自分たちが立つ地こそ間違っているのではないかと錯覚するほどに。
「2人か、思ったより少ないな。 雇われか?」
「貴様、魔術師か!?」
「答えは隣の彼が教えてくれるよ」
「何を――――」
「ごぼ……ば、ぼぉぅぼぉ……!?」
自分の後ろで構えていた仲間が、不可解な言葉を残してその場に倒れる。
そいつの顔には水の球体が張り付いている、引き剥がそうともがくが、その両手は水しぶきを上げるばかりだ。
「……馬鹿な」
魔術を使う素振りはなかった、少なくとも詠唱を聞き逃すはずがない。
ならばあの少女は詠唱を完全に省略し、我々が気付く暇もなく水球を発生させたとでもいうのか。
ありえない、そんな真似は何十年と研鑽を重ねた魔術師がようやくたどり着けるような領域だ。
「別に口を聞けるのは1人だけでいいんだ、君は運がいい」
「…………クソ、降参だ。 頼む、命だけは助けてやってくれ」
抵抗は無駄だ、すでに自分も魔術の射程内に入っているのだから。
手にした暗器をすべて地面に投げだし、両手を頭の後ろに組んで膝をつく。
チクショウ、どこで間違えた。 こんな依頼なんか最初から受けるべきじゃなかった。
――――――――…………
――――……
――…
「うーん、遅いですね師匠……」
すぐ戻ると言っていた師匠と別れてからすでに30分は過ぎた。
どこまで出かけたのだろう、もしかしたら迷子になっちゃったのかもしれない。
「迎えに行くべきかな? でも私もこの街のこと全然わからないし……」
「おいモモ君、何狭い部屋でうろうろしているんだ。 ここを開けてくれ」
「うわっひゃあ! お、おかえりなさい師匠!」
どうしようかとグルグル歩き回っていると、窓の外から室内を覗く師匠がいた。
いくら飛べるといっても変なところから出入りしないでほしいなと考えながら窓を開けると、師匠はするりと部屋に滑り込んでくる。
……いや、師匠だけじゃない。 黒い格好の男の人が2人、でっかいシャボン玉に包まれて運び込まれてきた。
「うわーっ!? 誰ですかその人たち!?」
「騒ぐな、シュテル君が起きるだろう。 こいつらは僕らの命を狙っていたらしい」
「なのに部屋に上げちゃうんですか!?」
「尋問が必要だからな。 下手な真似はするなよ、君達が行動を起こすより先にその泡を水で満たすことができる」
「分かってるよ、クソッ……なんなんだよあんたら」
黒づくめの2人は、どうやらすでに師匠が懲らしめた後らしい。
怯えた目で師匠を睨んでいる人はまだいい、横たわっている人は口から水を吐き出したまま気絶している。
……幸い死んではいないらしい、師匠は一体何をしたんだろうか。
「さて、早速本題に入ろうか。 君達の目的は?」
「……そこで寝てるガキの始末だよ、邪魔する奴らも消して良いってな」
「えっ……!?」
反射的にベッドで寝かせているシュテルちゃんを背中に隠す。
よかった、まだ眠っている。 今の話は聞かれていない、それでもどうして彼女が狙われている?
「その言い草からすると誰かに命じられて動いているな、君の上司は誰だ?」
「…………分かんねえ」
「そうか」
「がぼバっ……!? ぼ、本当だ……! 何も知らねえ!!」
「師匠、駄目です! 死んじゃいますよ!?」
師匠が指を鳴らすと、男の人たちを包むシャボンへ水が注ぎこまれる。
慌てて止めに入るが、師匠は目の前の光景を冷たい視線で見下ろすばかりだ。
エルナトの孤児院と同じだ、本気で止めないと師匠は多分……本当に殺してしまう。
「ごボ……お、女だ! 声は若くなかった、それぐらいしか知らねえ!!」
「師匠!!」
「…………ふん、まあいいだろう」
再び指が鳴らされると、シャボンの中の水は汲み上げられて窓の外へと放出された。
男たちは息も絶え絶えだ、何か言葉を発そうとするたびに水を含んだ咳を繰り返している。
「持っている情報はすべて提示しろ、君の理解がもう少しマシなら苦しい思いもしなくて済んだぞ?」
「師匠、やりすぎです!!」
「僕らは理不尽に殺されかけたんだ、これくらいならまだお釣りが来る」
「ダメです! 私がそんな師匠を見たくないです!!」
師匠がここまで怒るのは、自分が殺されかけたからじゃない。 他人のために怒っているんだ。
お化けに襲われた時も、ミーティアさんの時も、怒るのは自分が傷つけられたときじゃなかった。
師匠は厳しいけど残酷な人なんかじゃない、だからこれ以上ひどい真似は見たくはない。
「……甘いな、君は。 もしかしたら自分が殺されていたとは考えないのか?」
「大丈夫ですよ、死にません。 私は師匠を残して死にません」
「…………君は本当にバカだな。 ああ、もういい。 そこの男らは明日憲兵にでも引き渡す、君達も逃げるなよ」
「に、逃げ切れるなんて……ゲホッ……思えねえよ……!」
「利口だな。 モモ君、荷物に縄が入っていたはずだ」
「はい、すぐに!」
師匠の手荷物から丈夫そうな縄を取り出し、黒づくめな2人をグルグルの簀巻きにする。
私の力でガチガチに結んだ縄だ、もうちょっとやそっとじゃ解けない。
「ど、どうでしょう……?」
「うん、まあいいだろう。 ひとまず目先の問題は解決したとして……あとはこれか」
2人の拘束を確認すると、師匠は懐に仕舞っていた一枚の封筒を取り出した。
それはシュテルちゃんから手渡された、ロウで閉じられたあの手紙だった。




