ほしのおうじさま ④
「モモ君、もう少し揺れを抑えてくれ。 舌を噛みそうだ」
「あちちあちちあちち!! ごめんなさい、状況見てから言ってください!!」
「死ねええええええええええええ!!!!」
次々と飛んでくる火の玉を避けながら、または時折ライカさんが迎撃しながら、必死に雪道を走る。
ライカさんを丸ごと飲み込めるサイズの炎だ、当たったらまず間違いなく死んでしまう。
もし彼女を負ぶっていなかったら何度死んでいたか分からない。 ……けど元をたどると死にそうな目に合ってるのはライカさんのせいでは?
「しかし……随分動けるな」
「えっ、何か言いました!?」
「ただの独り言だ、それより村との距離も十分だろう? 仕掛けるぞ」
「や、やっぱり本当にやるんだぁ……」
熱さのせいではない汗が背中を流れる。
雪の上に落ちて高温の水蒸気を噴き上げる火の玉は、とてもじゃないが近づけるものじゃない。
その炎と同じものを、盗賊は身に纏っている。 本当にライカさんはあれを倒せるのだろう?
「どうするんですか、あんなの絶対に近づけませんよ?」
「先ほどみたいに風や土では攻めにくいな、材料も十分集まった。 というわけでモモ君」
「はい、なんでしょうか!」
「ここは二手に分かれよう、死なないように頑張ってくれ」
「………………へっ?」
――――――――…………
――――……
――…
「ほ、ほほほほ本当にやるんですか!?」
「ああ、それじゃ手筈通り頼むぞ」
短い作戦会議を終え、モモ君の背から飛び降りる。
彼女でも理解できるように説明したのでおそらく大丈夫だ、恐怖に怯もうとも逃げない度胸がある。
「それにしてもしつこいな、そんな事だから部下からも嫌われるんだぞ」
「うるせえ、そのションベンくさい口を二度と開くんじゃねえ!!」
「おや、適当に言ってみたが当たっていたか。 自覚があったなら直す努力を―――“水盾よ”」
立ち上る水蒸気を集め、円形にまとめた水の盾で火球を防ぐ。
速い、少なくとも目視では追えなかった。 伊達に盗賊団のボスではないか。
「火球の後部を連続で爆発させ、弾丸のように加速させたな? 無詠唱で無茶をする、暴発すれば片手が吹き飛んでるぞ」
「だったら黙って喰らって死んどけ、“ぶち抜け”なかったじゃねえか」
「直撃は“一番”避けねばならないからね、いくら早くても発生が読めれば防ぐのはたやすい」
灼熱の炎と圧縮された空気の弾丸が空中で衝突し、数多の火の粉が雪のように降り注ぐ。
互いに戦闘の中で躱す言葉に詠唱を織り交ぜる、魔術師としての挨拶に等しいやり取り。
どうやら相手も最低限の理性は残っているらしい、1000年ぶりの懐かしい感覚に涙が出そうだ。
「ふーむ、流石に魔術の規模が違うか。 撃ち合いはやや分が悪いな」
空気弾では完全に相殺できず、砕けた火球の粒が服を焦がす。
風と火、威力として分があるのは向こうの方だ。 それになりふり構わないせいか一発一発が重い。
「涼しい顔して受けきってるくせにほざくんじゃねえ。 死ね、くたばれ、今すぐ燃えて死ね、その面と声で二度と喋るな」
「いいや喋るさ、大いに喋る。 魔術師が言葉を噤んでしまえるものか、それにこれが僕の役割でもある」
「うるせえ死ね、燃え尽きろ、焼け爛れ、のた打ち回り、許しを請うまで許さねえ”」
「……ああ、随分野蛮な詠唱だな。 粗暴が過ぎると気づかないもんだ」
むやみやたらと火球を放り続けると思ったが、なるほど「これ」が狙いだったのか。
視界を阻む水蒸気が晴れ、見上げた空には今までの比ではない火球が浮かんでいた。
まるで地を照らす星のように、煌々と輝く炎は周囲の残雪をあっという間に溶かし、代わりとばかりに陽炎が揺らめき出す。
「流石にこれは今までのように相殺できないな、どれこちらも真面目に術を組むか」
「バカが、そんな暇は与えねえよ!! 一瞬で黒焦げになって死ね!!」
「いいや、暇なら十分あったさ。 なぜ僕らが二手に分かれたと思う?」
「……なに?」
男があと一節詠唱を終えれば、空に浮かんだ特大の炎は墜ち、全ては焦土に変わるだろう。
のんきに大掛かりな術を構える余裕はない、しかし今までの空気弾では押し負けるのが関の山だ。
ならばごく短時間で、こちらも撃ち負けない術を練るほかない。
「さて、一つ授業をしよう。 魔術にはその術を扱う際の詠唱が必要となる、無詠唱で行使できるのはごく単純な初歩術くらいだ」
「何の真似だ、ンなこたぁ魔術師なら誰だって知って……」
「君には話していないさ、ただ何も知らない渡来人にはこのくらい教えておこうかと思ってね。 準備は出来たか?」
「はい、何とか終わりました!!」
男の背後で、全ての準備を終えたモモ君が親指を立てて見せる。
頭の血が上った男の目には、僕だけしか映らなかったことだろう。
だからモモ君は脅威でないと見逃した、だから重要な準備を彼女に任せた。
「大規模な術を仕掛けるには長ったらしい詠唱が必要となるが、それを破棄する術がいくつかある」
「なっ……まさかテメェ!!」
「その中でも無難なのは術式を別の形で表現することだ、例えば魔法陣などでね」
モモ君に渡したのは、どさくさに紛れて回収しておいた山賊の長剣だ。
あの剣は魔力が通る素材で作られている、だからたっぷりと僕の魔力を染み込ませておいた。
そんな剣で雪解け後の地面に魔法陣を描けば、それは十分な素材になる。
「“水塊よ――――」
「っ――――! “焼け爛れろ、何もかも”ッ!!」
完成された詠唱と共に、空に昇った火球が降りてくる。
だが遅い、こちらもまた術は完成した。
「―――“巨兵となれ”」
熱によって溶かされた雪解け水が、ひとりでに蠢き出し一つの大きな塊となる。
それは炎が墜ちるよりも早く、不格好な人の形を成してその怪腕を空へと伸ばした。
「モモ君、ご苦労だった。 早くこっちに戻って来い」
「わ、私もう疲れて……」
「高温のスチームで灼かれるぞ、死にたければ好きにしろ」
「今すぐ戻ります!!」
死に物狂いで駆け戻ってきた彼女を後ろにかばい、水と炎の衝突に備える。
風の魔術で自分達の身を守った瞬間、灼熱の水蒸気が視界一杯を覆い尽くした。
「うわわわわわ! あ、熱くはないですけど大丈夫なんですかこれ!?」
「問題ない、離れるなよ。 気張れゴーレム君」
『ンゴオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
「しゃ、喋るんだ!?」
しかし雄たけびを上げるゴーレムの体積はじわじわと縮んでいく。
炎に触れたそばから蒸発していくのだから当たり前だが、炎の勢いは一向に弱まらない。
これを有利と考えたか、水蒸気の向こうで男のほくそ笑んだ顔が見えた。
「お、押されてませんかライカさん!?」
「はっ、勝っ……!」
「なに、あんながらくたじみた術に負けるほどやわじゃない」
顔を蒼くするモモ君をしり目に、火球に押し潰されそうだったゴーレムの体積が再び増大し始める。
蒸発して減ってしまうのならば、気化した水分を再度注ぎ直してしまえばいい。
再び押し返してしまえばあとは水と炎、どちらに軍配が上がるかは明白だろう。
「な、ん……なんで、俺が負け……!?」
『ンゴオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
「拮抗してしまえばあとは単純に魔力量の勝負だ、年季が違うよ」
最後は手のひら大まで縮んだ火球を、ゴーレムが両手で押し潰して完全に鎮火。
同時に男が纏っていた炎も霧散し、勝負は完全に決した。
――――――――…………
――――……
――…
「迷惑をかけたな、あとは君達で好きに扱うと良い」
『ンゴ』
「あ、ああ……でも大丈夫なのか、これ?」
もはや戦意を失った男の拘束は簡単だった。
今はサイズダウンしたゴーレムに身体を沈め、頭だけ出している状態だ。
あとは事の発端である鎖でも巻きつければ抵抗も出来まい。
「不安なら首を斬り落とせばいい、それとこいつの部下もその辺で気絶しているはずだ、尋問すればアジトの場所くらい聞き出せるだろ」
「いや、たしかに盗賊の仲間は村の外に転がっていたが……君は一体何者なんだ?」
「さあな、ともかく僕の仕事はこれで終わりだ。 じゃあな」
水ゴーレムを置き、村を発つ。
エルナトだったか、次に向かうべき町の場所はだいたい把握した。
幸い食料も分けてもらったので道のりは問題ないだろう。
「ま、待ってくれ! 君達のおかげでこの村は救われたんだ、せめて礼ぐらい……」
「結構だ、先を急ぐ身でな。 この食糧だけで十分だ」
『ンゴー』
「いや君は残れよ、身柄の引き渡しができないだろ」
「そうですよ、ライカさんのことは私に任せてください!」
「……いや君も残れよ!」
あまりにも自然に隣を歩くものだから気が付かなかった。
このピンク頭、いつのまに僕の横を取っていた……?
「お願いします、行く当てがないんです! 置いて行かないでください!」
「ダメだダメだ、この村の人間を頼れ! 僕と君の契約は終わりだ!」
「でもライカさん、この雪まみれの道を一人で歩けますか?」
「………………それぐらいどうにかなる」
この身体の限界はおおよそ把握した、確かに貧弱な体力だが手がないわけではない。
小まめな休息さえ挟めば多分きっと恐らく計算では十中八九何とかなるはずなんだ。
「それとですよ、契約は終わってません! ライカさんは安全な場所まで私を送ってくれるんですよね?」
「だからこの村まで……」
「でもライカさんのそばが一番安全だと思うんですよね、私」
「………………君、わりと強かだな」
確かに獣除けの柵を壊され、これから復旧作業で忙しくなる村よりも僕のそばにいた方が安全性は高いかもしれない。
だがそれでもこのお人よしを連れて行きたくない、いっそ振り切ってしまおうか。
「それにカロリーバーならまだありますよ! 半分は村長さんに分けちゃいましたけど、チョコ味やチーズ味もあって……」
「仕方ないな、大変不本意だが契約なら仕方ない。 だがはぐれたら置いて行くからな」
「はい、これからもよろしくお願いしますね!」
面倒だがちゃんと報酬を支払えるなら仕方ない、決して味を占めた訳ではない。
決してほかの味わいが気になるわけでもなければ食べ物に吊られたわけでもない、これは正当な契約なのだから。
「というわけで、さよならだ村長。 村の復興は頑張ってくれ」
「あ、ああ……君達も元気でな」
あらためて村長たちに別れを告げ、村を発つ。
にぎやかな同行人が増えてしまったが、今度こそ短い付き合いになるのだから気にせず行こう。
「ち、チクショウ……こんなはずじゃ……そうだ、あの化け物に出会ってからケチが付いたんだ……」
……後ろで山賊が何かつぶやいていたが、その言葉は雪風のせいでよく聞こえなかった。