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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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さわがしいまちなみ ⑥

「かあさまが……せんせについて行きなさいって……扉の前まで、送ってくれた……」


「何を考えているんだあの奥方は……っ!」


 荒くれ者が集まるギルドの中に、如何にも貴族ですと主張する彼女のドレスは浮きすぎる。

こんな場所にいては命がいくつあれば足りるか分かったものではない、魔術もろくに使えない少女を一人で送り込むなんて何を考えているんだ。

それだけ僕を信頼しているというのなら荷が重すぎる、何かあれば責任を取れる気がしない。


「師匠、もしかしてその子が例の?」


「ほわぁー!! お初にお目にかかります眠り姫のご尊顔ッ!! ライカちゃんとのツーショットでビールが一本空きますわぁ!!!」


「速やかに帰れ、ここはああいった変態が出没する危険な場所だ」


「ア゛ァ゛っ! ありがとうございます!!」


 周りを見渡してもやはりお付きのもの一人いない、どこもかしこも冒険者たちから向けられる奇異の目ばかりだ。

逆に言えばそれ以上の危険は今のところ見当たらないということだが、とはいえこんな爆弾を手元に置いていたら先に僕がストレスで死んでしまう。


「シュテル君、良いか? 君の魔術教師として命令だ、今すぐ回れ右して……」


「せんせ……これ、手紙……」


「なんだとぉ……?」


 シュテル君が手渡してきたのは、ご丁寧に封蝋された一通の封筒だ。

薄く籠められた魔力と封蝋に刻まれた家紋からして、送り主は彼女の母親で間違いない。

なぜこんな回りくどい真似をするのか……いや、()()()()()()()()()()()()()


「――――――……」


 あらためて周囲に視線を探知を走らせる、先ほど同様目立って怪しい影はない。

()()()()()()、だ。


「……はぁ、手紙は後で拝見するよ。 それより食事にしよう、このカレーとやらを甘口で2つ、ミックスジュース付きで」


「私は辛口で! あとコーンスープとローストサンドとデザートにえーっと……」


「まだ食うのか君は……」


――――――――…………

――――……

――…


「はぁー食べた食べた! 腹八分目ですね!」


「本当に甘口なのか? まだ(から)かった気がするぞ……」


「えー、私は辛口でちょうど良かったですよ?」


 ひととおり食事を堪能すると、さすがにモモ君の腹も満足したらしい。

それでも二分の余地を残していることに戦慄するが、ひとまずの脅威は去ったはずだ。


「うへへライカちゃんは子供舌ですねぇ……あっ、食後のシャーベットどうぞぉ」


「ぜひいただこう、いやあ実に素晴らしいサービスだ」


 香辛料で温まった体を氷菓で冷やす、最高の贅沢だ。 しかもデザートは無料なのだから非常に気前がいい。

一匙頬張った果汁の甘みが舌の上で溶けてじんわりと染み込んでいく、筆舌に尽くしがたい至福のひと時だ。


「シュテル君、これは溶ける前にいただくべきだ。 君も早く……む?」


「…………すぅ……」


「ありゃりゃ、寝ちゃいましたねぇ寝顔も実にキューティですねぇご飯三杯は行けますねぇ」


 ふいに僕の肩へ小さな頭が寄りかかり、ゆっくりとした規則的な呼吸が伝わって来る。

腹も膨れて眠くなってしまったか、デザートを味わう前に夢見心地とはさぞ無念だろう。


「仕方ない、その無念は僕が晴らそう。 君の分のシャーベットもしっかり味わっておくからな」


「師匠、お腹壊しますよ」


「ぐふふふ、けどこうしてみると姉妹みたいですねぇ。 スマホかせめてペンタブがあればなぁ……!」


「……妹か、そんないいものじゃないぞあれは」


「むむっ、その言い方ですと師匠って妹さんがいたんですか?」


「ああ、とっくに死んだけどな」


 今でも鮮明に思い出せる、“あの日”の記憶が身を寄せて眠る少女の姿と重なる。

腹立たしくもバカらしい無能が、実の妹をその手で殺し……あの人に拾われた下らない思い出が脳裏によみがえる。


「ヒェッ……ワ、ア……私、もしかして推しの地雷を……踏んで……っ?」


「気にするなよ、昔の話さ。 それよりお勘定、いくらだ?」


「は、はぁい……このくらいでぇす……」


 おずおずと差し出された手書きの伝票には、食事のクオリティに不釣り合いなほど安い金額が提示されている。

このギルドのサービスがいいのか、それとも1000年間で食事の質が底上げされたのか、何はともあれ嬉しい誤算だ。


「シュテル君は……起こすのも悪いな。 モモ君、たらふく食ったんだから彼女のことは任せたぞ」


「はいはい、わー軽くて小っちゃい」


「ハァ……ハァ……モモちゃん、私にもちょっとだけ、先っちょだけ抱っこさせ」


「それ以上近づくなよ不審者、いくぞモモ君」


「ああぁん! またのお越しをお待ちしておりまぁす!」


 テーブルに代金だけを残し、眠り姫が毒牙にかかる前に店を出る。

外はすでに闇に染まり、街灯のランプと満天の星明りが夜を照らしていた。


「モモ君、くれぐれも落とすなよ。 貴族のご令嬢に傷をつけたら賠償だけでは済まないからな」


「ひ、ひえぇ……頑張りますっ」


 一応釘こそ刺すが、片腕だけで安定してシュテル君を保持している姿を見るに、心配はないだろう。

むしろ不安要素は他にあるが、顔に出やすいモモ君に今の段階で話すわけには行かない。

もちろん何事がないのが一番だ、しかしこの手紙の存在がそんな安い願望を打ち砕く。


「師匠、その手紙読まなくていいんですか?」


「宿に着いたらじっくり読むよ、どうせロクなことが書いていない。 それよりシュテル君の様子はどうだい?」


「ぐっすり眠ってますよ、妹が出来たみたいでワクワクしちゃいます! 私は一人っ子だったので」


「似ても似つかないがな。 それと過眠の症状は魔結症の特徴だ、覚えておくといい」


「それはもったいない、今が一番遊べる歳ですよ! 治るんですよね?」


「努力はするが一朝一夕じゃないぞ、凝り固まった魔力を少しずつ解して流す必要がある」


 モモ君と他愛のない会話を交わしながら、歩き行く町並みはいまだ賑やかだ。

夜など知らんとばかりに酔っ払いや冒険者、客引きなどが往来する。

エルナトとは活気が違う、それでも心地よい騒がしさだ。


「……山を一つ越えると気候も大分違うな、潮風が吹くが凍えるような寒さはない」


「そうですね、雪も積もっていないようですし……って師匠、どこへ?」


「少し夜の街を楽しんでくるよ、宿は目と鼻の先だろう。 すぐに戻るよ」


「えぇー、気を付けてくださいよ。 迷子になったら大声で呼んでください」


「子供扱いするなよ、失礼な!」


 モモ君と別れ、入り組んだ路地裏へと身を隠す。

表通りはまだ治安もいいが、狭い細道はさすがに人通りも少ない。

もしも幼気な少女を狙うのであれば、絶好の機会だろう。


「……さて、寝る前に少し露払いをしておくか」

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