さわがしいまちなみ ⑤
「……で、一仕事終えて戻ってきたら何をやってるんだ君は」
「あっ、師匠! 席温めておきましたよ!」
依頼主への挨拶を終えてギルドに戻ると、大量のどんぶりを積み上げたテーブルに埋もれたモモ君が待っていた。
あまりに異様な光景に、周囲には物見遊山の人だかりもできている。
まさかとは思うがあれはすべて完食したあとの食器だとでも言うのか、見てるだけで胃もたれしてくる。
「あっ、ライカちゃん! 良かったぁ、そろそろギルドの食材が無くなるところでした」
「じゃあ腹ごしらえも終わったところで夕食にしましょうか、師匠」
「お前は何を言っているんだ?」
夕飯の誘いは断っておいて本当によかった、まさか貴族の食卓にこのモンスターを放り込むわけには行かない。
一体あれだけの質量がどこに消えているんだ、少なくとも脳まで栄養は回っていないだろうに。
「ほ、ほどほどにお願いしますぅ……そろそろ料理長の腕も腱鞘炎になってしまうのでぇ……」
「モモ君、出禁になるからほどほどにしておけ。 ほら、野次馬も散った散った」
「いやーすげえな桃髪ちゃん、おもしれえもん見せてもらった」
「見てるだけで腹いっぱいだわ、帰ろ帰ろ」
「おひねりは誰に渡せばいいんだ?」
周りの冒険者からは何かの催し物とすら思われていたようだ、終わりと見るや皆揃ってモモ君の周りから去っていく。
なんならテーブルの上にはいくらかの小銭が積まれていた、こいつは返すべきなのだろうか……
「はぁー……モモ君、君に渡した小遣いは食事代にあてがうものじゃないんだぞ」
「うぅ、ごめんなさい……ここの食事が美味しくってつい……」
「喰らい尽くして他の冒険者からいらん恨みを買ってもバカらしい、食べ足りない時はほどほどに切り上げて他の店で仕切り直せ」
腕の負傷を治すためか、モモ君の食欲は今までよりも膨れている気がする。
幸い貯蓄にはまだ余裕があるが、この状況が続けばあっという間に破産だ、さっさと治してもらわねばならない。
「はぁい、どんぶり片付けますねぇ……それで、どうでしたかライカちゃん?」
「ああ、依頼主からの印象は悪くなかったよ。 予定通り明日から仕事だ」
「はい、賭けは私とモモちゃんの勝ちです! 掛け金の集計に入るのに皆さん集まってください!」
「人が真面目に仕事取って来た間に何やってんだ君ら」
散会したはずの冒険者たちが隣のテーブルに再び集まり、無数の金銭が行き交う。
オッズはかなり偏っていたようだ、ほとんどの冒険者は苦虫を噛み潰したような顔で支払いを済ませていく。
「うへへへ、思わぬ臨時収入ですよこれはぁ……さっすがライカちゃん、噂に違わぬ魔術の腕ですねぇ!」
「魔術師の格は関係ないさ、そもそもあの子は魔結症だ」
「「まけつしょー?」」
モモ君と変態が揃って首をかしげる、渡来人にはあまりなじみのない病のようだ。
「体内で魔力の循環がうまくできない病だよ。 生まれつき魔力量が多いと、幼いころに魔力が凝り固まって詰まってしまうことがあるんだ。 症状が酷いと体表に石化した魔力が露出する」
「ひえぇ、痛そう……」
「まあ幸い彼女はそこまで酷い症状ではなかった、明日から治療に入るよ」
体内で魔力が詰まれば、当然魔術は使えない。 むしろ無理に使おうとすれば暴走の危険がある。
過眠症状もこの病の特徴だ、本来無意識に循環する魔力が滞っているせいで、常日頃から余計に体力を消耗してしまう。
だがあらためて魔力の放出する術さえ覚えてしまえば、ちゃんと治る病だ。
「でもライカちゃん、治療なら魔術より魔法の分野じゃないですか?」
「彼女の母親が魔法嫌いなんだよ、魔術師と魔法遣いの仲が悪いのは珍しいことじゃないが、僕でも治せるならそっちの方が手っ取り早い」
それに魔結症ということは人より多くの魔力を有しているという事だ、未熟な才能が埋もれてしまうのは同じ魔術師として心苦しい。
何より重要なのは3時に振る舞われるおやつ違う……! 去れ心の中の悪魔……!!
「師匠、どうしました? 激闘を終えたような顔してますけど」
「なんでもない……君も明日は忙しいぞ、アスクレス神殿で腕の治療を受けてもらうからな」
「あっ、そういえばですねぇ。 ロッシュ様の審判ですけど明日の午前中に下されるようですよ」
「仕事が早いな、さすがアストアエラの信徒だ」
「だ、大丈夫なんですかねロッシュさん……」
「心配したところで出来る事もない、情や金で減刑してくれる手合いでもないからな。 気にするだけ無駄だ」
裁定神アストアエラ、かつてケダモノ同然だった人間を法と秩序で縛り、知性と理性を与えたとされる神。
アストアエラの信奉者は、その性質から裁定者として街や人を律する立場を与えられる。
法を尊ぶことこそが信仰だと考える連中に不正な手段は一切通用しない、良くも悪くも頭でっかちの連中だ。
「まあロッシュ様なら大丈夫でしょうけどねぇ、トトカルチョにもなりませんよぉ」
「そ、そういうものなんですか……?」
「そうだそうだ、というわけでそろそろ夕飯にするか。 モモ君、おすすめはあったか?」
「えーと、このエルビスサンドイッチというのが満足度高くて……」
「モモちゃん、駄目です。 それはライカちゃんが食べたら死んじゃう」
ピックアップを聞きながらテーブル脇に置かれたメニュー表を開くが、この時代の料理はさっぱり分からない。
一応どういった料理か注釈も乗せられているが、渡来人が伝えたレシピばかりでいまいち想像が追いつかない。
ならば先に一通り食べ尽くしたとなりのピンク頭に聞くのが手っ取り早いが、どうも彼女は彼女で「どれも美味しい」というばかりで当てにならない。
「わたしは……この、"かれぇ”が……いい、です……」
「ん、だけどどうやら辛いようだぞ。 大丈夫か?」
「あっ、甘口もご用意できますよぉ。 ドリンクもセットでご注文なら食後のシャーベットもおまけでつけちゃいます」
「ほう、それは聞き捨てならないな……ん?」
「……せんせも、かれぇ食べる?」
…………落ち着いて、いったん深呼吸をしよう。
そしてあらためて数えよう、1,2,3,4……うん、このテーブルには今4人の人間がいるな。
僕とモモ君、ウェイトレスと化した変態ギルド員、そして……
「……なんで君がここにいるんだい、シュテル・ウムラヴォルフ!?」




