さわがしいまちなみ ④
「うーん、大丈夫かなぁライカちゃん……」
「星川さん、仕事しなくて良いんですか?」
「いいの、今はライカちゃんを想う事が仕事だから」
師匠に頼まれた宿取りもすんなり終わり、暇なのでギルドに戻ってみると、テーブルに頬杖をついてサボっている星川さんがいた。
周りの人たちは「またか」という顔でスルーしているところを見ると、日常茶飯事なのかもしれない。
「けど師匠なら問題ないと思いますよ、気に食わなければすぐに戻ってくると思いますし」
「わあ淡白、でもウムラヴォルフ家は魔術師として成り上がっただけあってかなりの実力者よ? 今頃あなたの実力を試してやるーとか言って玄関先でひん剥かれて……うーん、それはそれで捗る……」
「大丈夫ですよ、魔術勝負なら師匠は絶対に負けません」
星川さんに向かい合うよう椅子に腰かけ、テーブルに置いてあったメニュー表を開く。
今日も色々あって小腹が空いて来た、師匠が戻ってくるまで軽く食べて晩ご飯に備えよう。
「モモちゃんはまだ渡来して日が浅いんだっけ? すごい信頼ですねぇ、お姉さんちょっと嫉妬しちゃう」
「はい、師匠はすごくとっても強いですから! なんていうかすごく……めちゃくちゃ強いです!」
「語彙力ぅ、たしかにエルナトの報告から規格外の美人ちゃんってのは伝わってるけど……一体何者?」
「分かんないです!!」
「分かんないかぁ」
師匠は自分の事をあまり話したがらない、私が知っていることは1000年間を牢屋で過ごして最近出て来たことぐらいだ。
それでも優しくて、甘いものが好きで、運動音痴で、とっても強くてカッコいいことは知っている。 ならそれで十分じゃないか。
「というわけでメニューのここからここまでください! 師匠が戻ってくるまで美味しいものをリサーチしておかないと!」
「モモちゃんって日本でフードファイターとかやってた……?」
――――――――…………
――――……
――…
「――――はじめに、礼を。 見た目で判断せずに試験の場まで設けていただいた事、至極感謝する」
慢心が無かったかと聞かれたら、素直にはいとは答えられない。
それでも魔術師としての矜持と自負があった、手を抜いたつもりは一切ない。
初めは「試してやろう」という腹積もりだった、しかしウムラヴォルフ家の名に懸けて断言する。 最後は私も本気であった。
「そして申し訳ない、庭の景観まで気が回らなかった。 荒らしてしまったのは僕の落ち度だ」
それでもなお、まるで嵐が過ぎたような惨状の中、土埃一つ汚れずに佇む銀の少女がそこにいた。
彼女の足元だけはまるで全ての脅威が退いたかのように無事だ、私が全霊を籠めて打ち込んだ魔術は一切届いていない。
そして彼女もまた、あの場から一歩も動いていない。 涼しい顔をしながら、まだ有り余る魔力をその身に秘めている。
「……ご、合格です……庭の事は、心配せずともよろしい……」
「やあ、それは助かった。 弁償しろと言われたらどうしたものかと肝を冷やしたよ」
才能だとかそんなレベルの話ではない、魔術師としての厚みが違う。
稀代の天才が何年も研鑽を重ね続けた先、そんな極地にこの童女は立っている。
逆立ちしようと適う気がしない、それでも彼女が修めた叡智のほんの一欠けらにでも触れたのなら―――
「しかし今日はもう日が暮れるかな、流石にご令嬢との挨拶は明日に……」
「いいえ、気にせずともよろしいむしろ今すぐ会いましょう何なら夕食もご一緒に、依頼料は書面の倍は払いましょうだからさあ早くさあさあさあ!」
「い、いや……連れも待たせているからまた明日に」
「ならお連れの方も連れてきなさい! 部屋も食事も用意いたしますわ!」
「い、いやぁ~……」
――――――――…………
――――……
――…
「では娘……シュテルはこの部屋におります。 気難しい子ですが、何卒お願いいたしますわ」
「はぁ……」
結局、奥方の勢いに押されてここまで来てしまった。
流石は貴族、部屋の扉一つとっても豪奢な飾り彫りが施されている。
そのうえしっかり防犯用の機構まで組み込まれているあたり、一体いくらかかっているのか想像もできない。
「……この扉は僕が開けても問題ないのか?」
「ええ、本日は私が立ち会っているので」
おそらく、認められた人間以外が触れると物騒な仕掛けが飛び出す仕組みだ。
少し時間を掛ければ解除自体は問題ないが、元に戻せるかは分からないほど繊細に魔力を走らせている。 相当腕のいい職人が仕立てたものだろう。
「さて、それじゃ対面しようか……」
幸いにも扉は見た目ほど重くはなく、僕の力でも十分に押し開ける事が出来た。
すでに日が落ちかけているとはいえ、部屋の中はかなり暗い。 窓を閉め切り、明かりも点けていないのだ。
そのうえ埃っぽい空気に、床には散乱した書物の山。 無造作に投げ捨てた紙の本に悲鳴を上げてしまいそうだった。
「…………だれ?」
そんな部屋の中、天蓋が付いたベッドの上で蠢く陰がある。
幼い、そして眠たげな声だ。 今の今まで眠っていたのかもしれない。
「シュテル、ご挨拶なさい。 あなたの新しい家庭きょ……」
「やあ、君がシュテルかい? 少しそちらに行ってもいいかな」
「…………どうぞ」
「では、失敬」
宙に小さな灯りを灯し、足元の本を踏み荒らさないよう慎重に隙間を踏み歩く。
ベッドまで近づくことで、ようやく少女の顔を確認できた。 年齢は今の僕と大差がないように見える。
日に当たっていない不健康な白い肌に、キキョウのような美しい青紫の髪。 目じりが下がった瞳は母親とは似ず気怠げだ。
「……わあ…………キレイ……です……」
「そちらこそ、こんな暗い部屋に閉じ込めておくにはもったいない。 君ぐらいの年なら外で遊ぶのも悪くないぞ?」
「でも……私……」
「すぐに睡魔に襲われる、だろう?」
色素が薄い彼女の手を取り、そっと両手を重ねる。
やや体温が低い、体内の流れが悪い証拠だ。 それに、僅かに流した僕の魔力に反発する気配が一切ない。
本来ならば、赤の他人が魔力を流せば多少の不快感ぐらいは覚えるはずだ。
「……やはり君は魔結症か、それもかなり重い」
「ま、けつ……しょう……?」
それは魔術師として死に等しい、体内の魔力が一切循環しなくなる悪夢のような病だ。




