さわがしいまちなみ ③
「……で、その眠り姫ってのは何なんだ?」
「うへへぇ、ちょっとお待ちくださいねぇ」
ギルド内へ案内されて丸テーブルにつかされたと思いきや、ギルド員は壁の掲示板から一枚の依頼書を引っぺがして持ってきた。
ざっと目を通した限り、依頼の内容は「娘の魔術教師を求める」というものだ。 しかし文末の注意事項と報酬額が明らかに多い。
「依頼主はウムラヴォルフ家、魔術師として成り上がったお貴族様です。 粗相一つで最悪の場合首が飛びます、物理的に」
「ひ、ひえぇ……」
「そのうえ随分注文が細かい依頼だ、そりゃ誰も寄り付かなくなるだろうね」
報酬は魅力的だが、さきほどのやり取りからして関わりたくない相手だというのは十分伝わる。
依頼対象の娘とやらも大層可愛がられているのだろう、家庭教師が求められているが、指導が少しでも厳しければ即座に依頼が打ち切られたに違いない。
「依頼条件として娘さんと同性であること、品性を持ち合わせていること、学があること、魔術師として優秀であること……たしかに師匠なら行けます!」
「悪いがパスだ、面倒ごとに踏み込みたくない。 それに実績を伴うことと注意書きが書いてあるだろう」
「大丈夫です、オーカス事件の一報はこちらにも入っております! その功績をギルドから推していけば十分推薦できますよぉ!」
「だからやらないと言ってるだろ! だいたいこの街に来た目的はモモ君の治療であって……」
「あっ、ちなみに三食おやつ付きですよ」
「……しかし現代の魔術師について学ぶ貴重な機会だ、それに若い芽を潰すというのも心苦しい。 仕方ないからここは一肌脱ごうじゃないか」
「師匠って案外ちょろいですよね」
よし、モモ君にはあとで小一時間ほど説教するとして善は急げだ。
さすがに今日中は難しいが、明日から依頼を受ければ食事代が浮く。 そう、けっしておやつが目的などではない。
「ほうほう、ライカちゃんは甘いものがお好きと?」
「そうですよ、私が師匠の弟子になったのもカロリーバー(メープル味)のおかげで……」
「そこ、無駄話はしない。 そういう訳で依頼を受けよう、受注方式はエルナトと同じか?」
「あっ、はいはいこの場で処理させてもらいますよっと」
すると彼女は虚空に手を伸ばしたかと思えば、まるで初めからそこにあったかのように依頼承認用の判子を取り出した。
手品などでは断じてない、たしかに彼女の手元には今の今まで判子はなかった。
「今のは……」
「えっ? ああ、自作の四次元ボックスです。 ちょっとした小物を仕舞うのに便利なんですよぉ」
「ほえー! すごいですね星川さん!」
「うえへへへへ、そういった恩恵を貰ったものでぇ……」
気を良くした彼女がテーブルの上に並べて見せたのは、女性もののアクセサリーだった。
もちろんどれもただの装飾品ではない、気の遠くなるような緻密さで編みこまれた魔力の形跡がある。
「わー、かわいい!」
「鍛冶神の恩恵というものらしいです、もともと自作アクセサリーは趣味だったんですがマジックアイテムが作れるようになっちゃいましてぇ……よければおひとついかがです?」
「おいそれと渡して良い代物じゃないだろ、市場に流せば金貨何枚で取引されるか分からないぞ」
物欲しそうに見つめるモモ君の視線を遮り、テーブルに置かれた品物を突き返す。
タダで渡される高級品ほど怖いものはない、お互いの素性も知らずに借りは作らないべきだ。
「べ、別に盗聴器とかはまだ仕込んでないですからねぇ……?」
「そうか、依頼の受付を迅速に頼む。 そして終わり次第半径2m以内に近寄らないでくれ」
「ア゛ァ゜……蔑むような目いただきましたぁ……! では依頼をポンっと」
よだれを垂らしながらも決して依頼書は汚さず、くっきり証人判を押印すると、用済みの判子は再び虚空へと消えた。
荷物を格納する魔法具はいくらか覚えがあるが、ここまで自然に出し入れできるアイテムは初めて見た。
あらためて渡来人とはでたらめなものだと認識させられる。 モモ君と言い、こんな存在が跋扈しているのか。
「はい、これで依頼は受注されました。 いやーこの依頼が片付くとギルドとしては非常に助かります!」
「とはいえこの街に長期滞在はしないからな、魔術を教えるにしても短期間になるぞ」
「十分ですよ十分、どうにかあの奥方さえ納得してくれれば……」
今日のような出来事はすでに一度や二度ではないのだろう、その表情からは苦労が見て取れる。
引き受けた身としてはすでに気が重い。 かなり塩漬けされている依頼だ、果たして本当に問題は母親だけなのか……
「……そういえば、結局“眠り姫”の謎が解けていないな」
「ああ、それは問題の娘さんがですねぇ……そのぅ、魔術を教わる気がないのか、ほとんど寝てしまうんですよねぇ」
「ほう? それで魔術の腕前はどれほどかな」
「それが誰も魔術を使わせるところまで指導できたためしがないんですよねぇ……大抵はそれより先にクレームか依頼を切り上げてしまうかなので」
「師匠、何か気になることが?」
「ああ、まだただの仮定だけどな。 モモ君は宿を探してくれ、その間に僕は一度依頼主と会ってみるよ」
目的地は依頼書から確認できた、空から向かえばすぐに辿り着く距離にある。
今からなら挨拶に来たとでも言えば会えるかもしれない、駄目で元々だ。
「い、今からですかぁ……ライカちゃんは勇気がありますね」
「会ってみないとどうにもならないだろう? それと夕食はここで済ませるつもりだ、よろしく頼むよ」
「あっはぁい! 腕によりをかけた特別なディナーをご用意しておきまぁす!」
「気が変わった、君が調理に関わるなら別の店で食べる事にしよう」
「どうして……」
――――――――…………
――――……
――…
「……さて、ここか」
ギルドから飛んで5分、目的の屋敷は問題なく見つかった。
堅牢な柵に覆われた門扉と無駄にだだっ広い庭と噴水、町の一角に展開された敷地面積は空から見るとよく目立つ。
金持ちの趣味というのは何年経とうと変わらないものだ、この庭を維持するだけでもいくら金を使うのだろうか。
「……そこのお嬢さん、俺の見間違いじゃなければ今空から降りてこなかったか?」
「やあ、良い目をしているね。 この通りギルドの依頼を受けた者だ、正式な仕事は明日からだが先に挨拶をしておこうと思ってね」
「し、少々拝見……確かにギルドの承認印だ、少しお待ちを」
ギルドの紹介が正式なものと見れば、とくに訝しむ事もなく上へ取り次ぐ。 良い門番だ。
そのまま彼が門横に機器に二、三言伝言を載せて待つこと10分。 気まずい時間が流れる中、ゆっくりと門は開かれた。
ただしそれは「中に入れ」という許可ではない、威圧的な魔力を放ちながら門前に立ちふさがったのは、先ほどギルドで見たご婦人だ。
「……やあ、新たな家庭教師を歓迎している訳ではなさそうだ」
「ふん、その歳にしてはまだ“分かる”方ですこと。 よろしい、時間を割く価値はありそうですね」
ご婦人が片手に構えた短杖は、魔術師が自分の魔力を研ぎ澄ますために用いる補助具だ。
決して和やかなお茶会に持ち込むようなものではない、故にこれから行われようとしていることは手に取るようにわかる。
「まったく、随分過保護な母親だな……」
「あなたも構えなさい、我が娘に相応しい魔術師か否か……この私が試して差し上げます!」




