さわがしいまちなみ ②
「ジュル……えー失礼いたしました、私はアルデバラン冒険者ギルド職員の星川 なな と申します。 趣味は美少女です」
「モモ君、代わってくれ。 苦手な人種だ」
「師匠、失礼ですよ」
ギルド職員と名乗った白衣の女性は深々と頭を下げる、その所作からはさきほどまでの変態じみた興奮は微塵も感じさせない。
しかし一度見てしまった記憶は消せないのだ、僕の本能が近づくのは危険だと警鐘を鳴らし続けている。
「エルナトから連絡を受けてお待ちしておりました、ステラさんのお話に違わぬ……いえそれ以上の美幼女で感無量ですぅ……!」
「モモ君……モモ君!!」
「あの、星川さん。 もしかしてあなたも渡来人で?」
「無視したなこの僕を!」
「はい、そうですとも百瀬さん。 やはりジャージを着てると一発で認識してもらえるなぁ!」
嬉しそうに白衣をめくってその下に着ていた衣服を見せびらかす姿は、まるで露出狂だ。
だがたしかに「ジャージ」と呼ばれた服は、この世界から浮いた素材で縫製されているように見える。
モモ君が見抜いた通り、渡来人由来の品物で間違いないのだろう。
「んー、でも白衣とジャージ……? 星川さんって何のお仕事していたんです?」
「アッ、スゥー……実はこれコスプレでぇ……知ってます? 魔箒戦士ブルームスターってアニメなんですけどぉ……」
「あー知ってます知ってます! あれですよね、昔ニチアサでやってた!」
「おい、その話は長くなるのか?」
「アッ、ごめんなさい! えーと、私はそのお二人をギルドまでご案内するように命じられていましてぇ……」
「じゃあさっさと連れて行ってくれ、それが君の仕事なんだろう?」
「アッお顔が良き……はいぃ、全力でエスコートさせていただきますぅ……」
変な変態だ、いきなり早口で喋り出したかと思ったら途端にたどたどしくなって目線が泳ぎ始めた。
もしやギルド職員というのは嘘で別の企みがあるのか? いまいちこの女が考えていることが読めない。
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫ですよ師匠、星川さんは良い人です!」
「同じ渡来人だからか? 根拠としてはずいぶん弱いな」
「違います、勘です!」
「もっと弱くなったなぁ」
バカは死んでも治らないというが、オーカス信者の件でいっさい懲りていない。
いっそ次の機会があれば見捨てて体に教えてやろうか。
「お待たせしましたー、ただいま門を開けてもらうのでしばらくお待ちくださぁい」
僕らが話している間に、変態ギルド員が門番に許可を貰っていたらしく、巨大な門がゆっくりと開く。
本来は大人数の通行や式典の際などに開ける門扉なのだろう、普段はすぐ脇に見える少人数用の小さい扉を使うはずだ。
今回わざわざ開くのは、僕らの後ろに聖女たちが控えているのでついでに通してもらえるだけだ。
「えー、そう言えば百瀬さんとライカちゃんはアルデバランについてご存じです?」
「ちゃん付けは止めろ」
「そういえばおっきな街ってぐらいしか知りません! ロッシュさんに教えてもらえばよかったな……」
「では不肖ながらわたくしめが解説を。 この総合都市アルデバランはおよそ200年ほどの歴史を持つ街です。 この辺りでは割と新し目ですが、その分なんでも受け入れてしまうところがあります」
「なるほど、君をギルド職員として迎え入れるほどだから納得だ」
「師匠!」
「うへへ、ありがとうございますぅ……」
罵倒したつもりだがまるで効いていない、こいつ無敵か?
「おっと鼻血が……えー、おっしゃる通り渡来人から他種族まで貪欲に取り入れ、なんでもバネにすることでアルデバランは大都市に至りました。 街並みを見ていただければわかると思いますが」
「まあ、たしかに景観が良いとは言いにくいな」
「なんだかごちゃごちゃしてますね……あっ、お寺も建ってる」
変態ギルド員が右手をご覧下さいとばかりに促した景色は、目にうるさい代物ばかりだった。
エルナトと似た煉瓦造りの建物もあれば、モモ君が興味を示した木造を基本した物件もある。
街並みの統一感というものがまるでない、どこに何が建っているのか把握するにも一苦労だ。
「慣れるとこれはこれで味がある街ですよ。 慣れないうちはよく迷子になりますが」
「星川さんは、この世界に来て長いんですか?」
「…………はい、もう日本じゃ死亡扱いでしょうね」
その言葉からは、深い諦めが読み取れた。
彼女もこの世界に迷い込み、そして帰る手段を模索したのだろう。 情報を集めるためにギルド職員に就きながら。
だがその努力の結果は報われるものではなかった、今彼女がこの場にいるのが何よりの証拠だろう。
「でもぉ、20連勤サビ残まみれの職場から抜け出せたのは救いですよぉ救い! 私抜けたせいであの案件地獄だろうなぁ知ったこっちゃないけどザマァ見ろあのハゲぶへへへへ……」
「ほ、星川さんが怖い顔してる……」
「闇が垣間見えるな、それとギルドはまだ見えないのか?」
「ああ失礼、もうすぐ着きますよ。 うちのギルドはご飯も美味しいんですよぉ、お肉を挟んだサンドイッチがおすすめです!」
「これだけ海が近いのに魚じゃないのか?」
「あはは、何言ってるですかぁライカちゃん。 海になんか出られないですって」
「…………?」
「あっ、ほら見えてきましたよ。 ようこそアルデバラン冒険者ギルドへ!」
人々が行き交う大通りの突き当り、そこにはエルナトのものよりも二回りほど大きなギルドが建っていた。
出入りする冒険者たちの質も高い、なによりも武装している人間の数が目に見えて多いのだ。
街の規模が大きいということは、それだけ物騒な仕事も多いということか。
「ちょっとここでお待ちくださいね、先にギルド長とお話……」
「――――なんっなのよこのギルド!! もう二度と来ないから!!!」
「うわっひゃぁ!?」
扉を開けようとした変態を押しのけ、怒りに顔を赤くしたご婦人がギルドから飛び出す。
鼻につくほどキツい香水の香りに、見るからに高そうな生地で仕立てられたドレス。
明らかに冒険者というような格好ではない。 依頼人……それもかなり裕福な人種だ。
「邪魔よ小娘、退きなさい!!」
「し、失礼しましたぁ~……」
「ったく、教育がなってないわどいつもこいつも……うちの子と違ってね!!」
衝撃で目を回すギルド員をしり目に、悪態をつきながらご婦人が去っていく。
時間にしてわずか数秒、嵐のような時間だったが、通り過ぎれば皆何事もなかったかのように往来していく。
「だ、大丈夫ですか星川さん!? なんですか今の人!」
「あー、大丈夫ですよいつものことなのでぇ……」
「いつものことなのか? 二度と来ないと言っていたが」
「あの人の口癖みたいなものですから、でも怒ってたってことは“眠り姫”はまだ起きないかぁ」
「眠り姫?」
「はい、塩漬けされてる依頼で…………ああ!」
するとギルド員は、何かを閃きポンと手を打って満面の笑みを見せる。
なぜだろうか、自分にその笑顔と視線を向けられると背中に悪寒ばかりが走る。
「そうだ、ライカちゃんですよライカちゃん! あなたならもしかしたら行けるかも!」




