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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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34/296

さわがしいまちなみ ①

 カビの臭い、それと埃っぽい空気。

足元には発育の悪いネズミが何かの骨を加えて走り、その背をもっとやせ細った子供が追いかける。

獲って食っても腹を下して全部出るだけだというのに、それでも食わねば生きられないのがこの場所だ。


 それでも腐臭が酷くないだけまだ治安がいい、オーカスの屑どもが死体を漁りに来ないのだから。

だからこそ、せめてこの亡骸は辱められない様にこの場所を選んだ。


「――――誰か埋めているのかい?」


 後ろから知らない誰かの声が掛かる。

こんなスラムの片隅には似合わない、元気が有り余ってそうなハッキリとした女の声だ。

金持ちの冷やかしか、さぞかしいい生活をしているのだろう。


「……そうだ、死体は埋めるものだろ」


「そうだね、それじゃ私からも一つ手向けを」


 しかしその女は、服が汚れるのも気にせずに俺の横に膝をつき、見知らぬ祈りを唱え始めた。

小さな珠を紐で括った腕輪のようなものを鳴らし、火の魔術で細い棒状のお香を焚きながら。


「この人は君の大事な人だったのかい?」


「妹だ、俺のせいで死んだ。 死んでいいようなやつじゃなかった」


「そうか」


 その女は「可哀想に」とか「元気を出せ」なんて言葉ではなく、一言だけ頷いてただ俺の隣で妹を弔っていた。

藁で編んだ笠、神官の衣に似ている紺色のブカブカした服、そして金属の輪っかがジャラジャラくっついた変な杖。

この辺じゃ見ないヘンテコな格好といい、変な女だと思った。


「それで、君もこれから死ぬ気かい? それはちょっと見過ごせないぞ」


「……だとしたら、あんたに関係があるのか?」


「うん、ボクは君と出会った。 これはもう無関係な他人とは言えないよね」


 ああ、面倒な奴に捕まった。 もうほっといて欲しいのに。

しかし薄く微笑む彼女の手には、俺の懐にあったはずのナイフがいつの間にか握られていた。

いつスられたのか全く分からない、神官らしい格好の癖になんて手癖が悪い女だ。


「…………返せよ、俺のだぞ」


「イヤだ、返してほしかったらそうだねぇ……君、ボクの弟子になってみない?」


――――――――…………

――――……

――…


「――――しょう―――し―――しょ―――……ししょう……師匠!」


「…………ぅん」


 ほぼ気絶に近かった眠りから覚めると、目に痛いピンク髪が僕の肩を揺すっていた。

なんだろう、酷く懐かしい夢を見ていた気がするが……揺すられる衝撃で全部頭の中から零れていく。


「なんだ、モモ君……騒々しいぞ……」


「もー探したんですからね師匠! こんなところで寝ちゃってて死んだかと思ったじゃないですか!」


「分かった分かった分かったから揺らすなバカぐええぇ……」


 眠った気がまるでしない、頭と目の奥が酷く痛む。

どうやら使われていない空き部屋で眠っていたようだ、埃も積もって部屋の隅には蜘蛛の巣が張っているのが見える。

こんなところで床に身体を投げ出して寝ていたのでは、そりゃ身体だって休まらないはずだ。


「あっとそうだった、目的地に着いたみたいですよ! ロッシュさんもお説教が終わったので一緒に降りましょう」


「あれからずっと叱られていたのか……」


 あの甲板はさぞや冷えるだろうに、それだけ怒り心頭だったということか。

まあ実際に一つ間違えば大惨事もあり得たのだ、あの聖女様には心底反省してもらおう。


――――――――…………

――――……

――…


「なあ、なんか聖女様も一緒にぶち込まれたんだが」


「うふふ、ご機嫌麗しゅう」


「投獄されてるー!?」


 船を降りる前に再会した聖女様は、盗賊たちと同じ檻に収監されていた。

周りの人間は一切気にすることもなく、他の荷物同様檻を運び出している。 手慣れたものだ。


「残念ながら姫様の罪状は無視できるものではございません、このまま裁定神の審判を受けていただきます」


「あらあら、今回でちょうど30回目ですね」


「初犯じゃないのか……」


 裁定神アストアエラの審判か、あまりいい思い出がない。

僕の1000年刑期もアストアエラの最高神官どもから下されたものだ。

しかし、そんなものを30回も受けておいてよくもまあこの聖女は五体満足でいられるな。


「申し訳ありませんが、モモセ様の治療までしばし時間がかかります。 一足先にアルデバランのギルドに挨拶へ向かうとよろしいかと」


「……ああ、そういえば治しに来たんでしたね。 私の腕」


「おい忘れるな当人」


 ともあれ治療師がこれから裁判となれば治しようもない、アドバイス通り他の用事を片付けるほかないか。

……そもそも聖女は生きて帰って来るのだろうか?


「アルデバラン内の地図はこちらに、現在位置がこの辺りなので正門を入って……この辺りでギルドの看板が見えるはずです」


「やあ、ご丁寧にどうも。 苦労しそうだが聖女の世話も頑張ってくれ」


「お心遣い痛み入ります……本当に、本っっ当に痛み入ります……!」


 ここまで心労を重ねているハーフリングは初めて見たかもしれない、どうか強く生きてくれ。

そしてせめて自分達は巻き込まれないよう、視線を逸らして決別しながら船のタラップを降りる。


「うわぁ……すごいですよ師匠、でっかいです!」


「これはもう国の規模じゃないか……?」


 タラップを降りた先に待ち受けていたのは、エルナトよりも堅牢な門と鼻をくすぐる潮風の匂い。

海に隣接して建てられた城塞都市だ、それがアルデバランに懐いた第一印象だった。


「ようこそ、ありとあらゆるものが行き交う総合都市アルデバランへ。 アスクレスの聖女として皆さんを歓迎いたします」


「檻の中から歓迎されてもな……モモ君、入門手続に行くぞ。 ギルドカードを見せれば済むはずだ」


「了解です! 師匠、背中どうぞ!」


「僕がこの距離も歩けないとでも思っているのか。 ……まあ乗るが」


 僕を背負ったモモ君がタラップを飛び降り、そのまま真っ直ぐ遠近感が狂いそうなほど巨大な正門へ駆け寄って行く。

門の前には皮鎧に身を包んだ騎士が数名立っていた、おそらく彼らが門番だろう……が、なにやら様子がおかしい。


「むっ、トラブルですかね師匠?」


「なんだ、エルナトといい運がないな……」


 遠巻きに見ていると、どうやら何か言い争いが起きているようだ。

屈強な門番たちに向かい、何か熱のこもった弁を振るっているのは白衣に身を包んだ人物だ。

ぼさぼさの黒髪に、つるが合っていないのかズレた眼鏡をかけた女性。 あまりの勢いに門番たちも押されている。


「……あ、師匠! あの人白衣の下にジャージ着てます、もしかして……!」


「だーかーらー……うん? ……うん!? そこ、そこのピンクと銀髪のきゃわわなお二人さん!!」


 この距離で気づいたのか、黒髪の女性が今度はこっちに向けて手を振り始めた。

それを見てモモ君も何かに気付いたのか、軽く地面を蹴って一気に正門まで駆け寄る。


「あの、もしかしてあなたも渡来じ――――」


「あんぎゃああああああ!!! 可愛い! うっつくしい!! 推せる!!! はああぁーこの世の至宝やわぁ、真っ先に駆け付けてきてよかったぁありがたやありがたや……!!」


「…………モモ君、この変態は君の知り合いかい?」


「あ゛ぁ゛↑!! ありがとうごじゃます!!!」


「え、えっとぉ……師匠、多分この人も私と同じ渡来人です」

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