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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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33/296

いざアルデバラン ⑧

「被害報告!」


「はい! 軽傷者11名、重傷者0名、死者0名!」


「よろしい、では姫様はそこに正座を!」


「どうして」


 ワイバーンどもを追い払ってから十数分後、甲板には部下からの報告を聞きながら聖女を正座させる教育係の姿があった。

あれほど得体が知れないと感じた聖女の背中が、まるで悪戯がバレて落ち込む子供のようだ。


「師匠、止めなくていいんでしょうか?」


「ほっとけ、僕らが入り込む余地はない」


「でもロッシュさんから無言の訴えが……」


「じぃー……」


「見るな見るな、眼を逸らせ」


 聖女から視線を外してなおも傍観していると、次に教育係が取り出したのは丸型の香炉だった。

ついさっきまで火が灯っていたのか、かすかに土混じりの甘ったるい匂いが漂う。


「これは……飛竜涎か?」


「うげっ、飛竜涎ってあれかよ……」


 モモ君の後ろに隠れていた頭領が顔をしかめる、盗賊なんてやっていた割には学があるらしい。


「むぅ、私だけのけ者にしないでください! なんですかそのヒリューゼンって?」


「寿命が近いワイバーンの唾液が固まったものだよ、もっと正確に言うなら吐しゃ物まじりのものだ」


「う、うえぇ……」


「そこまで正直に話す必要ねえだろガキんちょ、嬢ちゃんドン引きじゃねえか」


 老いたワイバーンは柔らかい若芽や果物などを食み、反芻しながら終の棲家と決めた洞窟の奥で眠るように最期を迎える。

もはやろくに動くこともないまま、反芻した食べこぼしが唾液と共に堆積し、自然に熟成されて蝋状に固まったのが飛竜涎だ。

魔法遣いならば使い道は多く、薬としても香として焚いても最高級品。 その価値は同量の純金よりも高い。


「ただよ、あれって確か……」


「ああ、調合によっては竜すら遠ざける忌避剤にもなるし……逆に誘引剤にもなる」


「はい、その通りでございます。 お二人とも大変すばらしいです、それに比べてあなたは姫様!!!!!」


「はい……」


 なるほど、教育係の彼女があれほど激怒している理由がようやくわかった。

ワイバーンたちが集まって来た理由の()()はたしかにあの飛竜涎にあるだろう。

……だが、それだけとは思えない。 香りに惹かれただけならばあの数も、鬼気迫る迫力も異常じゃないか?


「あのぅ、そもそもなんでロッシュさんはそんなお香を焚いたんです?」


「姫様は魔法は天才的なのですが、薬の調合などに関わると天災的なのです。 料理に至っては人智のそれではない」


「うふふ……ちょっと薬湯を作ろうと思って、自費で買った素材を」


「はい、こういう人なのです」


「重症だな」


 何をどう間違えたら薬湯と間違えて香炉を焚くのか、しかも高価な素材をどぶに捨てるような真似までして。

あの怒り様からして冗談とは思えないが、それでも理解が出来ない。 頭痛がしてきた。


「……あの、師匠? もしかして村でロッシュさんと出会った時に嗅いだ香りって」


「………………モモ君、その件については後で考えていいか? 僕は疲れた」


「あっ、はい。 お疲れ様です……」


 昨日からろくに睡眠もとらず、ワイバーンたちとの連戦に告ぐ連戦、そのうえこの情報量は体に毒だ。

一度全部シャットアウトして仮眠を取りたい、子供の肉体にムチを打ちすぎた。


「じゃ、俺たちもこの辺で……」


「君らは檻に戻れ、それともここで首を刎ねようか?」


「わ、わぁってるよもちろん! ほら、監視でも何でもつけてさっさと連行してくれ!」


「あっ、ボスさん達もありがとうございます! おかげさまで助かりました!」


 無邪気に手を振るモモ君に対し、頭領たちもぶっきらぼうに手を振って返す。

まったく、僕の目が届かないところでどれだけ仲を深めたのか。 

勝手に檻を空けた件も含め、こちらも後で問いたださないといけない。


「師匠、部屋まで歩けます?」


「バカにするな、そこまで満身創痍じゃない。 ついてきたら怒るからな」


「は、はーい……」


 心配そうな顔でついて来るモモ君を振り払い、甲板を降りる。

長い廊下から聞こえる人の声はすでに落ち着きを取り戻し、通常業務に戻りつつある。 統率が行き届いている証拠だ。


「……そういえば、休憩室はどこだったかな」


 頭の中にうまくマッピングが広げられない、思った以上に疲労がたまっているようだ。

もうこの際どこでもいい、適当に休めるなら雑魚寝だって上等だ。

口の端から零れる血がモモ君に見つかる前に、どうにか隠れてやり過ごしたい。


「まったく、難儀な体だな……入れ物を替えてもこのザマか」


 十番台の風魔法を一発、それといくらか強めの術を撃っただろうか。

聖女には見抜かれていた節がある、あとで口止めをしておかないとならない。


「……()はまだうまくやれているかな、師匠」


――――――――…………

――――……

――…


「ボスゥ、なにも大人しく檻に戻らなくったっていいでしょうに」


「良いんだよこれで、あのハーフリング含めてバケモンだらけだ。 おめえらも下手な考えは抱くんじゃねえぞ」


 ワイバーンどもを追い払った後、嬢ちゃんに見送られて俺たちは再度檻へと収容された。

勝手に抜け出したはずなのに連中の反応は淡白なものだ、「ああまた聖女様がなにかやったな」とでも言いたげな顔をしていた。


「そりゃもうそうっすけど……特にあのガキ半端ねえっすね」


「俺らが出獄する前からワイバーンを滅茶苦茶落としてたっすね」


「ああ、しかもまだまだ魔力に余裕はあったはずだ」


 ああそうだ、俺たちをぶっ倒したあの魔術師のガキんちょが一番恐ろしい。

一体何匹の飛竜を屠った? まるで魔力の底が見えない、それに船へ一切被害を出さない繊細な魔力制御もだ。

人生の全てを魔術に注いだ老魔術師がようやくたどり着けるかどうか、「あれ」はそういう極地だ。


「……だが、弱点がねえわけじゃねえ」


「えっ、マジすかボス」


 魔術師は魔力の量、出力、そして制御のも3つが揃って初めて一流と呼べる。

だが、あのガキんちょはおそらく―――


「……ケッ、神様ってのは性格が悪いもんだな。 あれじゃそのうち底が見えちまうってのに」

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