いざアルデバラン ⑦
閉め切られた鉄扉を蹴破りながら現れたのは、ついさっきあわただしく出て行ったばかりのピンク髪だった。
見たところ片手を縛る三角巾以外の負傷はない、どうやら幸運にもこの船を襲ってる脅威には絡まれなかったらしい。
「よう嬢ちゃん、さっきぶりだな。 外はどうなってんだ?」
「ドラゴ……違った、ワイバーンがいっぱいたくさん襲ってきました! 船が落ちそうで危ないんです!」
「へっ、とんでもねえトラブルに巻き込まれたもんだな。 だったらさっさと逃げたらどうだ? あのガキんちょに頼めば嬢ちゃん一人連れて降りる事も出来るだろ」
「ダメです、全部追っ払います。 今檻から出すので皆さんも手伝ってください」
「…………はぁっ!?」
言うや否やどこからかっぱらってきたのか、アホの嬢ちゃんは鍵を取り出して檻の錠前に手を掛ける。
その行動に何のためらいもない、こいつあの村でガキんちょごと殺されかけたことを忘れてんのか?
「おい待て、本気かテメェ?」
「本気です、今は人手が足りないんです。 ボスさんって結構強い人ですよね?」
「結構どころじゃねえぜ! ボスは昔はそりゃ名のある……」
「黙ってろタコ! 分かってのか嬢ちゃん、俺たちは悪党だぜ?」
「でも私に魔術を教えてくれました、それは悪いことなんですか?」
違う、魔術を教えたのはただの気まぐれだ。 あまりにも非効率的で見ていられなかったからだ。
どうにかしてやろうなんて悪意は微塵もない、檻の中が暇すぎてただ口から出た「余計な世話」だった。
「そりゃボスさん達は悪党です、でも根っからの悪じゃないと思うんです。 だから私は皆さんを信じます」
カチンとあっけない音を立てて、俺たちを閉じ込めていた錠が外れた。
あとは両手を縛る縄さえ解ければ自由の身だ、拘束されていた魔術だって解禁される。
そう、この無防備なアホ面を晒している嬢ちゃんをぶっ殺して、船を乗っ取ることだってできるんだ。
「……ナメんなよ、俺たちは盗みも殺しもやってきた。 今さら真人間になれるなんざ思わねえ」
「でも、今この船に乗っている人たちを救えるのはボスさん達ですよ」
殺せるのだ。 いくら怪力自慢の渡来人だろうが、首を刎ねて生きていられる人間なんざいない。
ただ、何の疑いもなく俺たちを信じ切ったあの目をぶった切ってやればいいだけだ。
「過去を後悔するなら今助けられる命を助けてください。 私じゃできない事なんです、お願いします」
「…………チッ、ガキがいっちょ前な事を言いやがって」
何を今さら、後戻りできないほどの悪事に手を染めてきたはずだ。
そうだ、だから、俺は――――……
――――――――…………
――――……
――…
「やあ、そろそろこの大陸のワイバーンを狩り尽くすんじゃないか?」
「いいえ、まだ万は倒していないかと」
「ああクソ、いい加減うんざりしてきたぞ……」
1000匹は撃墜しただろうか、まだまだ湧いて来るワイバーンたちの底が見えない。
さすがに息が切れて来た、汗が目に染みて痛い。 魔力に余裕はあるが、この身体じゃ体力の限界が近い。
「おい聖女、そっちの余力は?」
「全て防御に回しております、申し訳ありませんが回復は後でよろしいですか?」
「あとも何も今を凌がなきゃ何もないんだよ。 ……チッ、まあいい」
もとより期待はしていない、最悪この場に乗じて背中から撃たれる可能性だってある。
問題はとにかく僕の体力だ、今はまだ何とかなっているが集中力も切れたならいよいよ魔術も打てなくなる。
一体この数はどこから湧いて来る、そしてモモ君はどこに消えた。 とにかく今は手数が欲しいというのに。
『ギャオオオオオオオオオオオオ!!!』
「ああもう、また赤鱗か。 “氷盾よ―――」
「――――“爆ぜろ”!!」
こちらが構成していた魔力すら巻き込みながら、目前の空間が突如として爆ぜる。
今まさに食らいつこうと大口を開けていたワイバーンは溜まったものじゃないだろう、飛行すら維持できずに墜落していく。
今目の前で構築された魔術のクセには覚えがある、しかしこの場に居るはずがない。 もしあり得るとすれば……
「へっ、ワイバーンぐらいなら俺らでも相手にならぁ!」
「師匠ぉー! 援軍が来ましたよー!!」
「……モモ君、君の仕業か!」
甲板の上からこちらに向けて手を振る目立つピンク髪、間違いなくあのバカだ。
なんてことだ、確かに人では求めていたがまさか囚人を開放するとは……
「お、怒らないでくださいよー。 ちゃんとロッシュさんから許可貰って鍵を借りたんですから!」
「うふふ、許可出しちゃいました」
「何をしてるんだバカ×2!!」
ワイバーンに加えて盗賊共の相手をしている余裕はさすがにない、しかも甲板の盗賊と上空のワイバーンで挟み撃ちだ。
いっそ状況が悪化する前にやつらの首を刈り取っておこうか……?
「おいおい待て待て殺気立つんじゃねえ! 俺たちはお前の味方だ、敵意をこっちに向けるな!」
「協力関係はワイバーンを追い払う間だけだろう? 騙されんぞ」
「待てや! お前らみたいな化け物を敵に回す真似はしねえって!」
「――――その通りでございます、不審な挙動があればすぐに切り捨てますのでお申し出を」
両手を振って慌てふためく盗賊の背から、緑色の閃光が走る。
それは聖女があらかじめ展開していたいくつかの防御膜を足場として、宙を跳ねまわりながらいくつものワイバーンを切りつけ、沈めて行った、
「あら、遅かったですねアステラ」
「申し訳ございません、非戦闘員の避難を優先していたので! それと原因が分かったのでのちほど姫様はお説教です」
「えっ」
閃光の正体は聖女のお付きであるハーフリングだ、よく見ればその手には針のように細いレイピアが握られている。
高速で跳び回りながら、ワイバーンの堅い鱗の隙間を縫って急所を刺したと言うのか? だとすれば恐ろしい技量だ。
「話は後でございます、今は兎角目の前の群れを! 原因は断ったのであとは今見える群れのみです!」
「それは良い話を聞いた、もう少しだけ頑張れそうだ。 ほら、甲板の連中も気合いを入れろよ」
「へっ、せいぜい飛び火には気を付け……あっ、嘘ですごめんなさいあっしは下賤な盗賊ですのでちまちま雑魚を狩ろうかと」
「ボスゥ!!」
これで急ごしらえではあるが、戦力は整った。
こうなってしまえば下級のワイバーン程度いくら群れたところで敵ではない。
火が舞い、風が巻き、閃光が走り、やがて全ての飛竜を追い払い切ったのはそれから1時間後の事だった。




