いざアルデバラン ⑥
「チッ、鬱陶しいな」
100匹はとうに追い払ったはずだ、なのに一向に飛竜が減る気配がない。
砂を積んで城を建てているような気分だ、いっそ詠唱を重ねて薙ぎ払ってしまえば楽だが、それだと飛竜を殺してしまう。
「はぁー……どうしたものか」
聖女のわがままなど無視してしまいたいが、先にこちらの手の内を明かしてしまうのもなんだか癪だ。
しかしこの羽根つきトカゲども、殺意のない脅しをいくら投げつけたところで一向に怯む気配がない。
これはもう飢餓や気性が原因じゃない、異常だ。 死に物狂いのように必死な「何か」を感じる。
『ギョアアアアアアアアアアアア!!!』
「おっと、赤鱗か。 上位個体まで出てくるとはただ事じゃないぞ」
ワイバーンの鱗は年月を重ねるほどに色を変え、強靭なものへと生え変わって行く。
若い個体は殆ど灰緑色、そこから長い年月を生き延びるほどに赤み掛かった色へと変わるのだ。
そしてその身の内に収めた魔力の量と質さえも研ぎ澄まされ、ただの息吹ですら容易く命が潰える。
若い個体を押しのけ現れた赤鱗のワイバーンもまさに、その口内にチロチロと溢れんばかりの熱を湛えている。
詠唱すら伴わない酷く乱雑で原始的な魔力の放出、しかし人間とは桁違いの魔力量から繰り出される炎はあらゆる障害を灰へと変える。
“竜の吐息”と名付けたのは誰だったか、眠たくなるような気の抜けた名前と裏腹に破壊力は絶大だ。
「……だがまだ場数を踏んでないな、そこまで隙を晒されるとイタズラしたくなる」
――――パァンッ!!
『ゴガッ!?』
今まさに鉄をも融かす炎が吐き出されるその寸前、打ち出した空気弾がワイバーンの下あごを打ち上げる。
そして口が閉じて行き場を失った熱量は瞬く間に膨れ上がり、黒炎を噴き上げながら炸裂した。
ワイバーンの生命力なら死にはしないだろうが、しばらくパン粥くらいしか喉を通らないだろう。 可哀想に。
『グギャアアアアァァ……』
「さて、次は誰が掛かって来るのかな?」
空中でもだえ苦しみながら落下していく赤ワイバーン、その背を追うようにちゃっかりと聖女が治癒の魔法を飛ばしていたのは目をつむろう。
さて若い個体が集まった有象無象どもはというと、流石に実力者が墜とされたとあって多少は怯んだ様子が見える。
だが海に小石を一つ投じた程度の波紋だ、この程度ではまだ足りない。
「……猫の手でも借りたいな、僕一人じゃ限界があるぞこれは」
――――――――…………
――――……
――…
『アンギャアアアアアアアアア!!!』
「わったった!? ロッシュさん、危ないんで下がりましょう!」
「いいえ、ここからでなければ船の全域をカバーできません」
「うーん、それならしょうがない!」
いくらロッシュさんがガードしてくれるとはいえ、次から次へと飛び掛かって来るワイバーンたちは心臓に悪い。
さすがに師匠でもこの数を相手にするのは厳しい、倒しきれなかった個体があっちこっちから襲い掛かって来る。
「百瀬さん、もう少しこちらに寄ってください。 あなたにケガを負わせたらライカさんに怒られてしまいます」
「わ、分かりました! でもロッシュさんは大丈夫ですか?」
「うふふ、正直な話をするならちょっと厳しいです」
「厳しいんだ!」
ロッシュさんは相変わらず変わらない笑顔を浮かべているが、よく見たら額に薄っすらと汗が滲んでいる。
ワイバーンたちが襲ってから何度あのバリアを使ったのか数えきれない、きっと消耗だって大きいはずだ。
「百瀬さん、魔法は魔術よりも魔力の消費は少ないのです。 “外”から必要な量を借りてくるので」
「は、はぁ……?」
「ただ何度も神にお願いをするなんて非常に無礼ですよね? なのでこのままだともうすぐ愛想を尽かされそうです」
「大変じゃないですか!?」
バリアの魔法を使う際、ロッシュさんは必ず祈るような素振りを見せている。
逆に言えば祈るだけで魔法を使っているんだ、それはもう神様にとっては「なるはやでよろしく」と何度もお願いされている事と同じじゃないだろうか。
「し、師匠ー! そっちも大変でしょうけど頑張ってくださいー!」
「おそらくあちらもそこまで余裕はないかと。 数が数です、しかも一向に減る気配がない」
空を飛び回りながらばったばったとワイバーンたちを吹き飛ばす師匠もすごいが、相手の数も相当だ。
減ったそばからわんこそばの如く新しいのが飛んでくる、このままじゃキリがない。
「必要なのは人手と手数です、こちらにもう少し押せる力があればどうにかなりそうなのですが……」
「人手と手数……」
その瞬間、頭の中にティンと豆電球が閃いた。
「……ロッシュさん、お願いがあります!」
――――――――…………
――――……
――…
船が揺れる、何度も揺れる、そのたびに寿命が縮まりそうになる。
なにせ魔術もロクに使えない頑丈な檻の中だ、もし墜落しようものなら俺たちに命はない。
「ぼ、ボスゥ……大丈夫っすかね?」
「うるせぇ、ガタガタ言うな。 どうせ俺たちには何もできねえんだ」
そうだ、この状況で出来る事なんざ何もない。
時折聞こえる人のものではない鳴き声と戦闘音からして、どうせろくでもないことが起きているんだろう。
だけどそれがどうした、俺たちは罪人だ。 泣き叫んで出してくれと喚いたところでこの檻は開かない。
「お頭ぁ、でもチャンスじゃないっすか? この騒動に乗じて脱出できりゃ船だって乗っ取れるかも……」
「バカかオメーは、この船にどんな連中が乗ってるか忘れたか!?」
思い返すだけで鳥肌が立つ、人の形をした化け物どもがわんさかだ。 命がいくつあっても足りやしない。
そうだ、この檻の外にはどう足掻いたって死しか待っていない。
檻を壊しても死、船が落ちても死、無事に辿り着いたとしてもそこで斬首に処される。 俺たちの先に未来はない。
「……死にたくねえなあ」
いつの間にか口から零れていたのは、自分でもびっくりするほど情けないセリフだった。
こんな無様に掴まって、少なからず誇りでもあった魔術師としても“上”を見てなお……いや、上を見たからこそ死にたくねえ。
負けたくねえ、まだ上があるんだと知った。 意味が分からねえほど洗練された魔術の先を見た。
死にたくねえ、道を外れたクズだとしてもまだ足掻きてえ。
ああ、もしもまだここからやり直せるって言うなら……
「――――ボスさん! その部下さんたち! 大丈夫ですかー!?」
……俺は多分、なんだってするぜ。




