いざアルデバラン ⑤
「あいっててて……おい、テメェら無事か!?」
「大丈夫っすよボス……でも何すか今の揺れ……?」
「俺が知るか! おい嬢ちゃん、生きてっか!?」
「な、なんとかぁ……」
急な横揺れでひっくり返ってコンテナにぶつかってしまったけど、大したケガはない。
それにしてもすごい衝撃だった、ボスさん達も檻の中でしっちゃかめっちゃかになっている。
気のせいか、部屋の外も騒がしい。 きっとロッシュさん達にとっても想定外のトラブルが起きたんだ。
「もしかして……地震!?」
「船飛んでんだぞ嬢ちゃん」
「そうでした……でも何か起きたのは間違いないですよね、ちょっと聞いてきます!」
「あっ、おい待て! 迂闊に動くとあぶねえぞ!」
倉庫を飛び出して廊下に出ると、やっぱりみんな何が起きたのか分かっていないのか、あっちこっちで混乱が起きていた。
慌てて行き交う人、どうしようもなく立ち尽くす人、大声で指示を飛ばす人、大騒ぎだ。
この中を下手に動き回っても邪魔になるだけだ、それになんだか焦げた臭いもする。
「もしかして火事……?」
「いや、内部で小火は起きていない。 問題があるとすれば外だな」
「その声は師匠! ……って、何してるんです?」
声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには通風孔から下半身だけ飛び出した師匠のお尻があった。
「今の衝撃で吹っ飛んでこのザマだ、何も言わず早く引っこ抜いてくれ」
「はいはい……よいしょっと!」
バタバタする足を掴んで引っ張ると、通風孔に飲み込まれていた上半身がスポンと綺麗に引っこ抜ける。
師匠の顔は埃と蜘蛛の巣で汚れていた、よほどキレイに嵌っていたらしい。
「ケホッケホッ! まったく、掃除が行き届いてない船だな!」
「まあまあクレームは後にしましょうよ、それより何が起きたんですか?」
「それは僕にもわからない、故に確かめに行くぞ。 いそげモモ君、目指すは甲板だ」
すると師匠は私の背によじ登り、目指すべき方向をびしっと指さしてナビゲートの構えを取る。
この混乱の中を移動できる自信はないらしく、自分で移動する気は全くない。
「了解です。 でも師匠、甲板までの道なんてわかるんですか?」
「船の構造は魔力を通してだいたい把握した、複雑だが一度覚えてしまえば簡単だよ」
「さっすがぁ! それじゃ飛ばしますから掴まってくださいね!」
「安全運転で頼むぞ、君が衝突すれば相手が壁のシミになる」
「そこまで酷くはないですよっとっとぉ!?」
走り出す前にさっきと同じような揺れが船の中を走る。
私は何とか踏ん張ったが、立っているのも難しい衝撃だ。 二度目となるとこれはもうただ事じゃない。
「変な気流に掴まったわけでもなさそうだな、急げモモ君」
「了解です、皆さんどいてどいてー!」
――――――――…………
――――……
――…
『―――アンギャアアアアアアアアア!!!』
「あら、お二人ともおそろいで。 いいお天気ですね」
「そうだな、ツッコミどころが多いが一度全部無視させてもらう」
モモ君の健脚で難なく甲板へ到着すると、そこには日光浴をするような朗らかさを纏った聖女と、空を覆い尽くすほどの飛竜の群れが広がっていた。
それも全員がすでにこちらへ敵意をむき出しにした臨戦状態だ、間違いなく横揺れの原因はこいつらだろう。
「うわー、ドラゴン!?」
「違う、ワイバーンだ。 似て非なる存在だから間違えないように。 それで一体何があったんだ?」
「それがわたくしも何やら、安全ないつもの空域を通っていたはずですけど」
「それじゃ理由の究明は後回しだな。 船の方は大丈夫か?」
「ご心配なく、見た目以上に頑丈ですので。 それに……」
聖女と話している間にも、血気盛んな個体が大きく羽ばたいて突っ込んでくる。
体躯は僕らの数倍はある大質量、ただ突撃するだけでも甚大な破壊力を生み出すだろう。
しかしあわや甲板に激突という寸前、その身体は見えない壁に阻まれて弾かれた。
「……このように、なんとか船体はわたくしが保護しましたので」
「わ、わぁ……ロッシュさん、今のは何ですか!?」
「うふふ、基礎的な防護魔法です。 神に仕えるものならば誰しも扱えますとも」
「基礎というにはずいぶんレベルが高い魔法だがな」
あれだけの巨体を弾いてビクともしない強度と透明度を両立するのは並大抵のものではない。
相変わらず実力の底が知れない聖女だ、顔色一つ変えずにとんでもないものを見せてくれる。
「ただこのまま防戦一方じゃ凌げないぞ、奴らを殺して良いか?」
「可能な限り殺生は避けていただければ助かります」
「まったく、簡単に言ってくれるよ……」
下から頼むような言い方だが、裏に隠れた感情は頑なだ。 治癒神アスクレスの信徒としての矜持だろう。
自分達を殺しに来ている畜生にも慈悲を向けるとは、なんともお優しい話じゃないか。
「師匠、私も手伝います!」
「君は聖女のそばについてろ、空中戦に君の出番はない」
「はいぃ……」
しょぼくれたモモ君の背を乗り捨て、いざ空のワイバーンたちに向けて空を飛ぶ。
敵の数は数えるのも嫌になるほどだ、これを全部殺さず無力化しなければならないとは気が滅入る。
「はぁーあ……“蝶の羽ばたき、その末端。 いずれ嵐に至る翅”」
当たり前だが、溜息を零そうが頭痛を覚えようが敵は待っちゃくれない。
ゆっくり詠唱する暇もなく、飛び込んできた餌に食らいつこうと大口を開けたトカゲたちが一斉に飛び掛かって来る。
ただ奴らの牙が届くことはなく、僕の周りに展開された球形の防護膜に阻まれた。
「まったく、こちらの行動を見透かしているようでいっそ腹が立つな。 “荒れ狂う十一番”」
零したため息が掌で旋回し、小さな渦を産み始める。
それをそっと手放して見送ると、周囲の大気を巻き込みながらみるみる巨大な竜巻へと成長していった。
『ギ、ギイイアアアアアアアアアアア!!?』
突然発生した暴風にあらがう術もなく、たむろしていたワイバーンたちは巻き込まれながら彼方に見える山の向こうへと消えていく。
今ので4~50匹は追い払っただろうか、それでも船を取り囲むワイバーンたちはまだまだ残っている。
「まったく、あとで雇用費を払って貰わないと割に合わないな……」
さて、不殺の縛りを頂戴したこの一対多の状況。 どうやって対応したものだろうか。




