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ほしのおうじさま ③

「村長! 大変だ、例の奴らがまたやって来た!!」


ドアを乱暴に開け、焦った様子の村人が乱入してくる。

先ほどの爆発で負傷したのか、彼もまた頭部から血を流していた。


「クソッ、なんだってこんな時に……っ!」


「ま、まだ動いちゃ駄目です! 傷が……!」


「へえ、君が村長だったのか。 どおりで家も大きいわけだ」


「言ってる場合ですか! とにかく逃げないと、でもケガ人を動かすわけには……」


モモ君があたふたと慌てているが、おそらく逃げ場はない。

丸太の柵で村を覆っているなら、出入り口も限定されているということだ。

退路は封鎖されていると見て良い、魔術が使えない村人たちが脱出するのは至難の業だ。


「しかし妙だな、前回盗賊たちがやってきたのは何日前だ?」


「三日だ、食料も金もほとんど持っていかれた!」


「ならなおさらこの村を狙う理由がないな……」


1か月前に現れ、複数回の襲撃。 もはや村の資源は根こそぎ刈り取ったはずだ。

そして雪が弱まったタイミングで救援を呼ばれる前に姿をくらます算段なら、やはり今この村を破壊するメリットはない。

あるとするなら、その理由は恐らく……


『村人諸君に告ぐ!! 我々は酷く心を痛めている!!』


「うわっ、びっくりした! なんですかこの声!?」


「風魔術で声を拡散してるな、耳障りだ」


耳元で喚くような大声に思わず眉をしかめる。

威圧目的と思われるが、稚拙な魔術構築と雑に調整された音量に神経が逆なでされるばかりだ。


『我々は少々の物資と引き換えに、この村を守るという契約を結んでいた! しかし諸君らは我々を裏切った!!』


「なにが少々だ、ふざけたことをぬかしやがって……!」


「いつの時代も悪党の手口は変わらないものだな」


村長の憤りを見るに、用心棒契約とやらはただの方便か。 

おおかた脅迫に近いやり方で強引に押し切ったと見える、しかし裏切ったとはどういうことだろう。


『我々はこの村に訪れる何者かの足跡と、魔術師殺しの鎖を発見した!!』


「……モモ君、僕を縛ってたあの鎖はどうした?」


「かさばるので捨てました!」


「このバカー!」


「な、なんでー!?」


思わずストレートに罵倒してしまった、しかしこれで合点がいった。

盗賊共の狙いは僕たちだと。


「あの鎖は触れるだけで魔力の流れを阻害する、そういう呪いが刻み込まれているんだ。 連中からすれば気が気ではないだろうよ」


「あれ、でもライカさんは魔法使っていましたよね?」


「魔法ではなく魔術だ、あくまで阻害するだけだから技量が上回れば小規模の魔術くらい行使できる」


だが魔術師崩れの木っ端風情なら鎖の欠片にでも触れれば完全に無力化できる。

村の外からやってきた足跡に自分達の天敵とも言える道具、盗賊からすれば村の人間が外部から助っ人を呼んだようにしか見えない。

だが本当にその通りだとすれば、大事な拘束具を村の外に捨てるような真似はしないのだが、そこまで回る頭もないか。


『だが、我々は寛大である!! 君達が素直に裏切り者を差し出せば今回の事は水に流そうではないか!!』


「自分で言っておかしいとは思わないのか……はぁ、仕方ないな。 モモ君、君は部屋の隅で大人しくしていろ」


面倒ごとに巻き込まれる前にさっさとこの村を出立するつもりだったが、流石にこれは責任を感じる。

それに村人たちが自分達を差し出さないとも限らない、ならばより状況が悪くなる前に禍根を断つ。


「まあ村長の面倒でも見ていたらすぐに終わる、だから君は……って聞いているのかモモ君?」


「……あのピンク髪の子なら、凄い勢いで飛び出して行ったぞ」


「はっ?」



――――――――…………

――――……

――…


「繰り返す!! 我々は慈悲を持って諸君らを……」


「ちょっと待ったァー!!」


「あ゛ぁ!? なんだテメェ!!」


見るも無残に破壊された村の中心、そこで声を張り上げる男の前に飛び出す。

その人は、私が知る魔術師(ライカさん)とはまるで違う印象の男だった。

無精ひげに上着がパッツパツになるほどの筋肉、角がくっついた帽子は魔法使いというよりも山賊にしか見えない。


「村じゃ見ない面だな、こんな派手な格好の嬢ちゃんを見忘れる訳もねえ……テメェが外から来た奴か?」


「そうです、あとその鎖は邪魔だったから捨てただけです! 村の人たちは関係ありません!!」


山賊が厚手の皮手袋越しに握っている鎖を指さす。

本当に触れたくないらしい、私には簡単に千切れたただの鎖だけど、猛毒にでも触るような装備だ。


「バカ言うなよ嬢ちゃん、こいつの出来は俺でもわかる。 魔術師殺しの逸品だ、市場に流せば金貨何枚の値が付くか分からねえ」


「じゃあそれを上げるのでこの村に迷惑はかけないでください、あと奪ったものも返してください」


「人聞きの悪い事を言うな、あれは正当な報酬ってもんだ。 そうだろう?」


山賊が腰のベルトに引っ掛けていた剣を抜き、私の目の前に突き出す

触れてもいないのに目の前の剣からはチリチリと熱を感じる、この寒さの中で焼けてしまいそうなほどの熱さだ。

魔法……いや、やっぱりこの人はライカさんと同じで魔術が使えるんだ。


「そんな事よりな、解せねえことがある。 こんなお宝を投げ捨てるような理由が分からねえ、お前まだ何か隠してるな?」


「えっ、まだ何か隠しているんですか私?」


「いや俺の方が聞きたいんだが……」


「無駄だよ、そこの阿呆に隠し事が出来るほどの脳はない」


パンッ、と乾いた音が鳴ったかと思うと、目と鼻の先に迫っていたチリチリ剣がはるかかなたまで弾き飛ばされていた。

降り積もった雪の上に突き刺さった剣は、ジュウジュウと音を立てて白い煙を噴き上げている。 

もし触れていたらと思うとぞっとする、私はまたこの人に助けられた。


「チッ……なんだテメェ!」


「ライカ・ガラクーチカ。 まあ覚えなくてもいいよ、どうせすぐにさよならだ」


「ライカさん!!」


肩で息をしながら私の後ろから現れたのは、私が初めて出会った魔術師であり命の恩人。

村の人から借りたのか、ちゃっかり防寒具を着こみ、地面につくほど長かった髪も腰のあたりまで切ってしまっている。


「このバカ、勝手に飛び出すんじゃない。 君からの報酬をまだもらっていないんだからな」


「ごめんなさい、でも見過ごせませんでした!」


「おい、ガキ! まさかテメェも魔術師か!?」


「うるさいな、だとしたらなんだ? 武力放棄して謝るなら今だぞ」


呼吸を整え、ライカさんが私を後ろに下げて山賊との間に立ちふさがった。

身長差は圧倒的だ、しかし彼女は怯む様子もなく、むしろ鬱陶しそうな顔をして山賊を挑発している。


「はっ、多少は使えるようだが調子に乗るんじゃねえ! ガキ二匹だけで俺たちに敵うと思ってんのか!?」


「5人の部下たちなら来ないよ、ボス」


「……なんだと?」


するとライカさんは、懐から取り出したナイフを山賊の足元に放り投げる。

使い込まれているそのナイフを男が見ると、余裕があった表情が一瞬にして変わった。


「テメェ……俺の可愛い子分に何しやがった……!!」


「君がそこのお人よしに構っている間に快く貸してもらったよ、散髪に丁度良かったぜ?」


「“爆ぜろ”!!」


男が力を籠めて叫ぶと、何もない空間から火の手が上がり、ライカさんを巻き込みながら爆発した。

今のは村の柵を吹き飛ばしたものと同じものだ。 あんなの逃げる暇なんてない、間違いなく直撃――――


「ライカさん!?」


「顔面爆撃だ、生きちゃいねえよ!! てめえも死……」


「そうか、警告はした」


聞こえるはずがないその声に、山賊の表情が一瞬固まってその場から大きく飛び退く。

間違いなく直撃したはずだ、少なくとも私にはそう見えた。

だけど煙が晴れて現れたライカさんの姿には、傷も焦げ跡もなにひとつついていない。


「これが今の魔術なのか? だとしたら拍子抜けだな、何も進捗がない」


「テメェ、なんで生きてやがる……!?」


「モモ君、下がってろ。 巻き込まれても知らないぞ」


「は、はい! ライカさんもその……いのちをだいじに!」


しっしっと手を振るライカさんの言葉に従い、2人から離れた民家の影に避難する。

悔しいけどあの場で自分にできる事は何もない、さっきのような爆発を私が喰らったら死んでしまう。

私に出来る事はただ、ライカさんを信じることだけだ。


「まったく、こんな状況で命を大事になんて言ってられるか」


「無視するんじゃねえ! “蟻の息吹、その末路、やがて颶風を超え――――」


「“疾風の一番”」


山賊よりも早くライカさんが何かを唱えると、この距離からでも「メシリ」と嫌なものがきしむ音がした。

民家の影から覗いてみれば、男の腹は見えないボールが押し込まれているかのように大きく凹み、膝から崩れ落ちるところだった。


「グ……カッ……! ハ、ハァ……!? 何、が……」


「遅い。 距離を取ったのは正解だ、だが悠長に詠唱を重ねるほどの隙を晒すとでも?」


「っ……! “爆ぜろ”! “爆ぜろ”! “爆ぜろ”! “燃えろ”! “焼き尽くせ”!」


さっきの爆発が今度は連続でライカさんに襲い掛かる。

やっぱり急に目の前が爆発しているようにしか見えない、私じゃ絶対に躱せない。

なのにライカさんは何度受けても無傷だ、ただ時々鬱陶しそうに煙を振り払うだけで。


「それしか芸がないのか? いくら詠唱を短縮しても出来が悪ければ無意味だ、爆破の起点が丸わかりだぞ」


「ハァ……ハァ……! クソッ、クソッ、、クソが!! 何で効かねえ!?」


「“仕事だ、起きろ”」


男が息を切らした隙にライカさんが呪文を唱えると、山賊の足元の地面が盛り上がり、彼の腹部へめり込んだ。

たまらず吐しゃ物を吐き出し、山賊はその場に倒れて苦しんだ声を上げる。

そしてライカさんは、その一連の出来事を眉一つ動かさずに見届けていた。


「ぐ……ぁ……本当に、ガキか……テメェ……!?」


「見た目だけはな、しかし弱いな君は」


「なん……だと……?」


「魔術の腕も、盗賊としての腕も褒められたものじゃない。 雪を越せる物資を集めた時点でこの村を発つべきだった、なぜそうしない?」


ライカさんが一歩、二歩と、ゆっくりとした足取りで山賊に歩み寄る。

そして目の前まで近づくと、うずくまった彼の頭を踏みつけた。

彼女のちっちゃな足ではダメージはない、だけどかなりの屈辱だろう。


()()()()()()()? もしこの吹雪を越せなかったら、もし途中で食料が尽きたら、もし遭難したら」


「っ……」


「だから用心棒という形でこの村に寄生した、問題を先送りにして、雪が止んでから逃亡しようと自分をだまして」


「だ、黙れ……」


「はっ、()()。 図星突かれたからって取り乱すなよ」


「――――黙れっつってんだろ、クソガキッ!!!」


男の背中が揺らめいたと思った次の瞬間、空気が爆発した。

山賊の足元を中心に、降り積もった雪が一瞬にして溶け、大量の水蒸気に変わって溢れ出していく。

そしてライカさんはというと、とんでもない爆風に乗ってちょうど私の方へ飛んで来た。


「ら、ライカさーん!?」


「おお丁度良いや、キャッチ頼む」


紙切れみたいに飛ぶライカさんを間一髪キャッチ、軽すぎる体重のお蔭で難なく受け止められたのは幸運だろうか。

そして本人はというと、まるで受け止められるのが当たり前かのように涼しい顔をしていた。


「あ、あっぶなー……! ライカさん、なんであんな怒らせるようなことしちゃったんですか!?」


「魔術師を無力化するには完全に精神をへし折る必要がある、だから一度全力を引き出したかった」


「だからってあんな酷い……ってかあっつい! 急に真夏!!」


高温の水蒸気が満ちたあたりの気温はまるでサウナみたいだ、じめじめした空気が肌に張り付いて気持ち悪い。

これがあの山賊の全力なら、たしかに村人たちでは敵わないのも納得だ。


「ガキが……殺す、殺してやる……!!」


水蒸気すら燃やしながら姿を現した山賊の身体は、燃え上がっていた。

まるで炎の鎧だ、この距離でも目が痛くなるほどの熱を感じる。


「お、大やけどですよあれ!?」


「放出した魔力を燃料にしているだけだ、本人に苦痛はない。 それに苦し紛れの愚策だよ、持って3分ってところか」


「じゃあこのまま逃げて……」


「言っただろう? 完全に心をへし折る、だから任せたぞモモ君」


「任せた……って、何をですか?」


腕に抱きかかえたライカさんが、今までに見たことないあどけない顔でほほ笑む。

綺麗な顔立ちから繰り出される渾身の笑みは人が死ぬほどの威力だが、なぜか私の背筋には悪寒が走る。


「雪道を少し歩くだけで倒れるような貧弱ボディだぞ? アレも最後の悪あがきを仕掛けてくる、全て掻い潜るのは非常に億劫なわけだ」


「……つまり?」


「なに、君に傷はつけないさ。 僕の代わりに走る脚になってくれ」


「………………ひ、ひえぇ」


拝啓、お母さんお父さんおじいちゃんおばあちゃん。

私は元気です、まだ生きてます。 


……だけどもしかしたら、今から死ぬかもしれません。

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