ハッピーエンド ③
「わあい帰って……って空ッ!!」
「ちょっとダメピンク、あとが支えてるんだから早く……山ぁー!?」
「ンだようっせえな、宇宙の居心地悪いんだからさっさと……うおおおお落ちる落ちる落ちる!!!」
「うるさいのですよバカトリオ、何があったのか我々にも伝わる様に話すのです」
「や、山が……山がまるっと消えてます!!」
無事……ではないけども世界の危機を食い止めた私たちは、ヌルちゃんのワープゲートを通って大師匠が待つ山に戻ってきたはずだった。
だけど穴がつながった先に見えたのはすっからかんの青い空、雪も降らない岩肌剥き出しの山はどこにもない。
下の方へ視線を向けても、ここがすごい高い場所だという事しかわからなかった。 だって地面がめちゃくちゃ遠かったから。
「おい、ヌル……お前まさかオタンコともども我々を屠ろうと……」
「へぇあ!? そ、そんなわけないサ! 登録した座標は間違ってないはずだヨ、だって姉さんたちを呼んだ座標そのまま引っ張ってきたのに!」
「とにかくもっと座標下げなさい、そしてラグナは後ろから押すなピンクは私の手を掴むな!! ちょっと待ってこれ落ちる落ちる落ちるうぎゃあぁー!?」
――――――――…………
――――……
――…
「やあ、お早いお帰りだね。 宇宙土産はないのかな?」
「ハァ……ハァ……ちょっと黙ってなさいアンタ……今アンタの軽口に手が出ない保証がないわ……!」
「よかった……テオちゃんに翼があってよかった……!」
穴から落っこちた私を支えたテオちゃんがバサバサ羽ばたきながら地表までたどり着くと、涼しい顔をした大師匠が待っていた。
宇宙から降って来る塔の残骸を受け持っていたはずだけど怪我一つない、さすがというなんというかやっぱり大師匠は大師匠だ。 泡を吹いて気絶したペストちゃんも地べたに寝かせてある、毛布付きで。
「ちょっと、人の末妹に何してくれてんのよ」
「彼女は勝手に気絶しただけさ、それよりご苦労だったね。 色々大変だったようだけどなんとか丸く収まったようじゃないか」
「はい、でも……師匠が……」
「わかっているさ、言わなくていい。 本人が選んだ結末ならとやかく言う筋合いもないさ」
大師匠の喋り方につい師匠の面影が重なってしまう。
すごくいまさらな話だけど、師匠は大師匠のことが大好きだったんだ。 殺されたことに怒って1000年も投獄される罪を犯したり、喋り方だって真似したり。
「……けどこのまま終わりってのはどうも私の性に合わないな」
「えっ? それってどういう……」
「そんなことよりどういうことよ、あんた白山の頂上で落ちてくる瓦礫を迎撃してたはずじゃないの?」
「ん、だから山にいるじゃないか」
「何言ってんのよ、ここド平地じゃない」
テオちゃんの言う通り、大師匠が私たちを待っていたこの場所は標高10000mの山とは似ても似つかないほど平べったくて低い地形だ。
あちらこちら凸凹しているしたしかに土地がちょっと盛り上がっている気はするけど、山というより丘に近い。
「正確に言うならさっきまで山だった場所だよ、たった今地形が変わったばかりだからね」
「…………なんて?」
「君たちがいろいろ降らせてくれたおかげで消し飛んじゃったぜ、山。 周辺被害を抑えた私の努力を労ってくれてもいいんだよ?」
「ふ、ふ、ふ、吹き飛んだって……あんた、山に隠してあった神の遺体は!!?」
「当然、まるごとお陀仏だよ。 いやあ隕石の威力ってすごいねははは」
「はははじゃないわよぉ!!? 山、山が吹き飛んだってアンタ……どれだけの威力……いやそもそも遺体が……聖なる山が……」
「て、テオちゃーん!?」
ペストちゃんに続いてテオちゃんまでも泡を吹いて倒れてしまった。
彼女たちからすると今まで親のような存在だった神様の痕跡もきれいさっぱり消えたんだ、無理もない。
けど大師匠でよくもまあ自分もペストちゃんも周辺被害も全部無傷で済ませたものだ、山を消し飛ばす威力ならもっと被害が広がってもおかしくはない気が……
「……あれ? もしかして大師匠、隕石にまぎれて一緒に山を壊し……」
「やあやあそれより大活躍だったねお弟子ちゃん! 見ろ、君のおかげで空から来る災厄は退かれ謎多きバベルも倒壊するに至った!」
「ぐええ! あっ、たしかに塔が消えてます!」
大師匠に背中をバシバシ叩かれ、自然と背筋が伸びて上を見上げる形になる。
空にはいつも見えていた大きな塔の影はない。 当然だ、私たちがすべて壊してしまったんだから。
これからどうなるんだろう。 今はまだ言葉も通じるけど、バベルの塔が無くなったことでそのうちお互いの言葉も通じなくなる時が来るのだろうか?
そもそも何も知らない人たちからすれば大パニックになる、テオちゃんたちと協力してその辺りの対策も考えなくちゃ……
「なに、心配することはない。 今はとにかく生き残り、この星が存続したことを喜ぼうじゃないか」
「大師匠……」
「後処理は私があの聖女と姉妹たちに尻拭いをさせるから安心しておくれ。 君は君の“これから”を考えた方がいい」
「これからって……あっ」
そうだ、そうだった。 色々ドタバタがありすぎて忘れていた。
私がここまで旅を続けてきた目的、ずっと心に抱きすぎて忘れていた最初の願望。 それが今なら叶うんだ。
もう何も思い残すことはない、問題はすべて解決してしまった。 だから私は、この世界から……
「――――君はまだ生きているんだ、元の世界に帰りなさい。 家族も友達も待っているんだろう?」