君のせいじゃない ①
「……行ったわね、大丈夫かしら?」
「とっとと行ってしまいやがったのですが、我々の命運を託すにはちと不安な人材なのです」
「その時はその時だ、どのみち俺たちがついて行けるほど余裕はねえ。 さっさとこの塔ぶっ壊していくぞ」
モモ君が蹴り抜いていった穴から外を覗き込むテオたちの話し声が聞こえる。
こうしている間にも塔の揺れは止まらない、むしろだんだん強くなっているような気さえする。
おそらくすでに最下層は崩れ始めているのだろう、いっそ無重力なら楽なんだが揺れがひどすぎて吐きそうだ。
「……それで、聖女はモモ君という爆弾に括りつけられていったわけだが……君はこんなところで油を売っていていいのか?」
《んん、貴殿らを守る様に仰せつかったのでしょうがないでござるな。 某から離れると生存圏から脱してしまうでござるよ》
「グワァー!! 息がァー!?」
「ラグナー!? なのです!!」
「それを早く言いなさいよダメゴーレム!!」
外を覗き込んでいたラグナが苦しそうな声を上げる。
どうやら煌帝を中心とした生存圏はそこまで広くないようだ、彼が扱う魔法は聖女ほど強力ではないらしい。
「煌帝、君は僕らの行動に同行してくれるのか? 正直君がここに居座るというならそれだけで詰みだ」
《ご安心なされよ、そのようにつまらぬ真似はせぬ。 それに某がここで胡坐をかいたところで持ち運ばれるのが落ちでござろう?》
「ゼェー……ヒュー……! よ、よくわかってんじゃねえかデカブツ……!!」
「うちの力自慢早速死にかけてるんだけど」
「それじゃとにかく我々は下に向かうのですよ、この塔を崩れる前にこっちから砕いていくのです」
『しかし……そんなことをすれば塔の機能が』
「バベル、そんなことを言っている余裕はもうないぞ。 今手を打たねば塔の機能どころの話ではない」
「えっ、バベルなのそのマスク大男?」
「その辺りの説明は長くなるからあとにさせてくれ。 バベル、僕を背負え」
『お前、なんで私の身体でそんなに偉そうなんだ……』
元々の身体の持ち主に呆れられているようだが、四の五の言ってる余裕は僕にもない。
なにせここまで巨大な塔だ、僕の体力と足で最下層なんて降りる自信がない。 1階降りただけで膝が限界を迎えるだろう。
《ライカ殿、良ければ某が背負うでござるが?》
「君は信用できない、ラグナたちにはお荷物を背負わせられない重要な役割がある。 だから君が最適解なんだ、その体格なら十分背負えるだろ」
「おい、私は無視か……モドキ……」
「君のサイズじゃ無理だろノア。 というわけで頼むぞ」
『まさか自分で自分で背負う日が来るとはな……』
うじうじ文句を吐くバベルの背によじ登り、軟弱な握力でその肩にしがみつく。
乗り心地としてはごわごわゴツゴツしていてそこまで良いものではない、安定性も悪いしモモ君のほうが快適だ。
「ふぅ、まあ背負い経験値が乏しいならこれでもよくやっている方か……」
『そこの窓から投げ捨てていいか?』
「まあ待て。 バベル、君はこの身体に帰りたいか?」
『なに?』
「耳を貸せ、君には一つ頼みたいことがあるんだ。 ……耳はここか?」
『おい、もしかしてお前、見えてない……使ったのか?』
「さてな、時間がないからしっかり聞けよ。 いいか――――」
――――――――…………
――――……
――…
「うわー! ゼロ距離満天の星空!!」
「んなこと言ってる場合じゃないのサァ!! 飛んでくるデブリに気を付けなヨ、塔に入ってくる時みたいに弾き飛ばされたら終わるからネ!?」
「えっ、見てたんですか恥ずかしい!?」
「ご安心を、多少の飛来物ならわたくしが護りますので。 なにせ我々一蓮托生ですから」
「ウアワアオボワァー!! なんでどいつもこいつもこんなやつに命運託しちゃったのサー!!」
「ヌルちゃん、人の背中で暴れないでください! 落ちちゃいますよ!」
背中に括りつけたヌルちゃんとロッシュさんを落とさないよう、慎重に塔の外壁を登る。
凹凸のない壁面はしがみ付くのも大変だけど、しっかり力を加えれば壁に指をめり込ませてしがみ付くことができる。 落ち着いて登れば落ちることはない……はずだ。
「気をつけてくださいねモモセさん、もし塔から引きはがされれば窒息死か墜落死の辛い2択を選ぶことになるでしょう」
「ひ、ひえぇ……」
「ピンクちゃん、絶対手離すなヨォ……ボクらの命もかかっているんだからサァ……!」
「わかってます! それよりヌルちゃんもワープできるときは教えてください、一気に外殻まで飛びましょう!」
「宇宙空間で座標立てるのはリスクあるから難しいのサ、下手すりゃ転移しても明後日の方向にすっ飛んでいくからネ!?」
「それは恐ろしいですね、塔の外壁を少しずつ登っていくのが安定策だと思われますうふふふ」
「なんでお前はそんなに嬉しそうなのサぁ……元凶の癖に」
ヌルちゃんの言う通り、今のロッシュさんは箸が転んでもお腹を抱えて笑いそうだ。
彼女はどうしてバベルの塔を崩壊させ、あわよくば世界を滅ぼすとしたのか、私たちはまだ何も知らない。
「そうですね、わたくしは元凶です……正確にはわたくしたちですが」
「たち……? コウテイさんも共犯ってことですか?」
「ほかにも何名か、歴代の聖人・聖女たちが共犯でございます。 我々は世界が滅びゆく中、次なる者へ記憶と記録を託してきたのです」
「はっ? そんなのボクらの目を掻い潜ってできるわけ……」
「知恵神メティリースの加護、知識に値する概念を保護する奇跡なら可能でございます」
「……たしかに、私たちも同じようなの見たことあります!」
リゲルの地下、そこにはバベルの言語による影響を受けてない本が保管されていた。
たしかあれも知恵の神様の力で保護されていたはずだ。 なら記憶を保護する魔法があっても不思議じゃない気がする。
「元はあなた方に対抗するため、当時の聖人が託したバトンだったのでしょう。 わたくしの中には数々の無念と慚愧の念が刻まれています、あなたがた姉妹に幾度となく蹂躙された人々の嘆きが」
「…………だ、だったらなんなのサ。 それならこれはボクらへの当てつけってことカナ?」
「いえ、単純に疲れたのです」
「は?」
「世界を滅ぼすあなた方に抗うため、以前の聖人たちは持てる力のすべてを絞って戦いました。 しかし私の記憶にあるのは世界を守るどころか、残る資源を奪い合い争う醜い人の性でした」
ロッシュさんは流暢に語り続ける。
その声色はあくまで淡々としていて、まるで紙芝居を読み聞かせるかのようだった。
「わたくしの1つ前の聖女は、母でした。 幽霊船から人々を守り亡くなったのです」
「…………」
「しかし命がけで恐怖を退けた母に対する感謝の言葉もなく、人々は不満と不安を漏らすばかり。 ましてや幽霊船の正体は、かつての人類が起こした愚行の産物というではないですか」
幽霊船……ノアちゃんを覆っていたのは人間が集めた呪いの塊だった。
昔の人々が敵を捕獲して兵器として利用した結果、幽霊船は海を支配する恐怖の怪物と化してしまった。
「すべての人間が悪いとは言いません、善い人も多く在ると信じております。 しかしわたくしはもう、疲れました。 どうせ先のない世界なら、だれもかれも苦しむ前にわたくしの番で終わりにしたいのです」
「……だからお前は、星を砕くと?」
「ええ、なのでもう――――」
「――――ロッシュさん、一緒にパフェ食べましょう!!」
「…………はい?」
「パフェ食べて、ケーキ食べて、駅前の美味しいインドカレー屋さんも知ってます! 全部食べましょう、これ終わったら一緒に行きましょうよ!」
壁に食い込む指に力がこもり、今まで以上の速さで塔を登っていく。
疲れだとか恐怖だとかもう全部どこかへ吹っ飛んでしまった。 だって今の話を聞いてしまったら、こんなところで終わっていられない理由が1つ増えてしまったのだから。
「ロッシュさん、疲れた時は頑張らなくてもいいんですよ! だけどそこでお終いにしちゃダメです、いっぱい休んで美味しいもの食べて元気になったらまたもうちょっとだけ頑張ってテストとか勉強に向き合わないといけない時が来ます!」
「モモセさん……」
「ロッシュさんはすごいですよ、疲れているのにこんな面倒くさいところまできてあんな隕石落とそうなんて思いません。 私だったらもう家で一生グータラしてると思います!」
「ピンクちゃんサァ……」
「ただちょっとだけ疲れて仕事でミスしちゃっただけです、だから今は私に任せて休んでください。 そして楽しいことをいっぱいして美味しいものいっぱい食べて、可愛い服買って、映画見て、美味しいものいっぱい食べて、元気になったら“さーてどうしようかな”って背伸びしてまた考えればいいんです!」
壁に指をかけて登る、たまに飛んでくるちっちゃな石ころや塔の破片をよけながら登る。
こんなところで終わりだなんて、あんまりだ。 ロッシュさんが今まで聖女としていろんな人たちを助けてきたことは知っている。
私たちだって何度も彼女に治療されてきたんだ、ロッシュさんはずっとアスクレスの聖女としての仕事は間違わなかった。
だから彼女が疲れて俯いてしまっている間に、あんなちっぽけな石ころで全部台無しになんてさせたくない。
「待っててください! あんな隕石なんてコテンパンにやっつけて、ロッシュさんにはフリッフリで可愛い服を着てもらうんです!! あと師匠にも!!!」