死体遊び ③
「クソがぁ!! どこいったヌルのやつ!!」
「逃げたわね、まったく根性のない妹だわ」
「そりゃあれだけ騒がしくすればイモ引いて逃げるっすよ」
姐御たちがバカスカ鳴らしまわった騒音がまだ耳の中で反響している気がする。
頭の奥までガンガンする、一歩引いた位置から事態を見守っていた自分でもこれなんだ。 ホログラムとはいえ爆心地に巻き込まれた当人からすればたまったものじゃない。
「ケッ、こっちはようやく盛り上がって来たってところで消化不良だよ。 最初から最後までオレをムカつかせやがって」
「よく言うのですよ、そんなボロボロの恰好で言ってもジョークにしか聞こえないのです」
「満身創痍はお互い様でしょ。 まったく、ちったぁ加減しなさいよヌルのやつ……」
「いや、ほとんど姐御たちの同士討ちだったっすけど」
「「「「なんか言った(のです)?」」」」
「ッス……ナンデモナイッス……」
空間転移を悪用したヌル姉の絶え間ない攻撃にさらされながら、姐御たちは互いのことなどまっっっっっったく気にせず雷撃やら火炎やら兵器やら好きにぶちまけ続けた。
当然ホログラムのヌル姉にそんな大げさな攻撃が当たるわけもなく、全部すり抜けてお互いの身体を傷つけるばかりだった。 今負っている傷のほとんどはフレンドリーファイアでしかない。
「……? でもヌル姉だって本気のはずなのにほぼ無傷……?」
「ペスト、無事? あんたの騒音作戦はナイスだったわよ、やるじゃない」
「えっ? あっ、どうもっす! ってかテオ姉たちもケガやばいっすよ、はやく手当しないと!」
「そうね、ところであの聖女はどこ行ったの?」
「…………あれ?」
そういえば、ケガ人がいるというのにあのうさん臭い聖女の気配がどこにもない。
それどころか3人とも全然攻撃が当たらないから気づかなかったけど、ヌル姉とバトっている途中から魔法による障壁もまるで見なかった。
「イテテ、あの女どこいった? ビビって逃げたか?」
「いや、そんなタマには見えなかったのですが……これは何なのです?」
つま先にぶつかったものをウォー姉ちゃんが拾い上げる。
それは銀色に鈍く輝く長方形の板切れだった。 なんだろう、どこかで見おぼえがあるような……
「……ん? ちょっと待って、それって外殻の迷彩板じゃない! やだ、なんでこんなところに落っこちてんのよ!?」
「迷彩板? ああ、人類どもに見えねえようにスケスケにしてるやつか」
「光学迷彩と言いなさい、透過だけじゃなくある程度見える映像を弄れる代物よ。 誰があのクソでかい殻一人で管理してると思ってんのよまったく……」
「じゃあなんでそんなものが落ちているんすか?」
「そりゃあ、自然に剥離するものじゃないし誰かが――――……」
「――――テオ、つまりはそういうことではないのですか?」
「…………あ、あ、あ……あの、インチキ聖女ォ!!!」
――――――――…………
――――……
――…
「―――――ギエエエヨォワァアアー!!!?」
「ウワーッ!!? き、急に度したんですかヌルちゃん!!?」
「な、なんでもないサァ……ちょっと地上に置いてきた幻影のフェードバックが……うおおおぁぁぁ耳がいてぇ……」
今まで余裕しゃくしゃくだったヌルちゃんが突如倒れ、耳を抑えながら地面をゴロゴロ転がり始める。とても演技には見えないし、原因があるとしたたぶん地上。 テオちゃんたちが何かやってくれたんだ。
「モモ君、殺るなら今だぞ」
「モドキ……ヌルを殺すとオタンコも帰れなくなるぞ……」
「そ、その通りだヨォ……ボクのことは花よりも丁重に扱うことだネ……!」
「チッ、もう回復したか」
「キヒヒッ……悪いネ、ちょっと地上で食らったダメージが今効いてきたところでサ……えっとぉ、どこまで話したっけ?」
『そこのピンク頭にお前が性根の腐り切った二択を突き付けたところだ』
「ああそうだったそうだった、ボクが悶えている間に決めてくれたカナ?」
「き、決めろったってそんな……」
無理だ、この世界と私の世界を天秤にかけてどちらか選ぶなんて重荷が過ぎる。
そのうえ私の世界を犠牲にしなければ、見ず知らずの世界がヌルちゃんの標的に選ばれてしまう。 それでは根本的な解決にはならない。
「ど、どうにかお互いの意見をすり合わせて……うまい感じにできないですかね?」
「へぇ、具体的にはどんなアイデアなのサ。 君の提案はいっつもユニークだから期待してるヨ」
「た、たとえば……」
「――――待て、モモ君。 ヌル、お前はまた何か仕組んだのか?」
開きかけた私の口を師匠が手で制す。
仕組んだ? 私の身体には何の異常もないし、師匠もノアちゃんも何ともない。
問いかけられたヌルちゃんも首をかしげて頭の上にハテナマークを浮かべている。 どうやら何かの異常に気付いたのは師匠だけらしい。
「師匠、何があったんですか?」
「気づいてないのかモモ君。 いや、僕も気づかなかったから同罪だ。 一人足りないぞ」
「……ああ、そうだネ。 あの鎧武者はどこいったのサ?」
「えっ? あれ、コウテイさん……?」
気づかなかった、今の今まで気にする余裕がなかった。
たしかに私たちはコウテイさんが変形したロケットに乗り、この宇宙に浮かぶ大きな塔に乗り込んだはずだ。
到着してからもずっと私たちの後ろについてきてくれていたはずなのに、そのコウテイさんの姿がどこにもない。
「バベル、この塔の構造は? 僕らが入った入り口からこの広間まで一本道なのか?」
『いくつか脇道がある。 しかし私たちしか知らない隠し通路だ、まさか素人が見つけられるはず……』
《んん!! それがあり得るのでござるなぁ~!!》
広間全体にいなくなったコウテイさんの声が反響する。
声は聞こえるけど姿は見えない、それになんだかスピーカーを通したようなくぐもった声だ。
『ヌル、貴様まさか……』
「いやいやいや、ボクはなにもしてないヨ? こんなの想定外サ、誰がやったんだいボク怒らないから正直に名乗り出てほしいネ」
「いや、ヌルちゃんが知らないならだれも知らないと思うんですけど……コウテイさーん、今どこにいるんですかー!?」
《モモ殿、そんなことよりどこかに掴まっていた方がいいでござるよ》
「へっ? それってどういう……とりあえず失礼しますね師匠」
「おい僕に掴まるんじゃない」
なんだか嫌な予感がするので、困惑しながらも近くにいた師匠に抱き着くことにする。 何が起きても一緒にいた方が安心だ。
そしてそんな私の直感が当たったのか――――次の瞬間、広間全体が強烈な縦揺れに襲われた。




