いざアルデバラン ③
「離しやがれ! 俺は泣く子も黙る核熱のノヴァ様だぞ!!」
「おい、暴れるな! くそっ、品のない悪党どもめ!」
「雑魚どもが、その面覚えたからな! こんなチンケな檻なんてすぐに……」
「やあやあ、これは驚いた。 まさかこんな所で出会うなんてな」
「すぐにでも大人しくさせていただきますのでどうかお命だけはご容赦頂けないでしょうか」
「急に大人しくなった!?」
あまりにもうるさいので様子を覗きに来てみれば、頑丈な檻の中で顔を蒼くした大男が土下座の姿勢を見せていた。
やはりあの村で略奪を繰り返していた盗賊か、大きいはずの背中が縮こまって見える。
「ウワァー!? あ、あの時の悪魔だ!!」
「チクショウなんだってこんな所まで!!」
「俺のナイフ返せよ!!」
「師匠、この人達に何やったんですか?」
「覚えてないな、つまりその程度の連中だったということだ」
ノヴァと名乗った男と同じ檻に放り込まれているのは、部下の5人だろう。
全員の腕を縛る縄は魔力の集中をかき乱す呪詛が刻まれている、僕を縛っていた鎖に比べれば数段質が落ちるが、それでも彼らの拘束としては十分だ。
檻も同じ仕掛けが施された頑丈なものだ、例えボスのコンディションが最高でも壊すことはかなり難しい。
「あの、もしかしてこの悪党どもと顔見知りで?」
すると、僕たちのやり取りを怪訝に思った護送班の一人が話しかけて来た。
まあ、あれだけ暴れていた男が子供の姿を見て急に大人しくなったのだ。 気にならないはずもない。
「顔見知りというわけじゃない、僕らは……」
「はい、こちらの師匠が盗賊団を倒したんです!」
言葉を遮り、僕を抱えたモモ君がまるで自分のことかのように胸を張る。
「あー……まあその通りだ。 だけど君が自慢げに話すことじゃないだろ、あと降ろせ」
「でも師匠、誤解されるまえに正直に話しておいた方がいいですよ?」
「話したところで僕のこの姿で信用されるもんか、余計な疑念を抱かせるだけだ」
「いや、信じがたいが悪党どもの反応を見る限り信じるしかないというか……」
僕の予想とは裏腹に、盗賊団を護送していた信者たちは割とすんなり納得してくれたようだ。
それを見たモモ君が「それ見たことか」と言わんばかりに鼻を高くする。 こいつ、調子に乗るなよ……。
「なによりあなたがたは聖女様のお客人でしょう、只者ではない事は分かります。 良ければ運び終えるまで付き合ってくださいませんか?」
「お任せください! この檻をどこまで運べばいいですか?」
モモ君が二つ返事で快諾すると、大の大人が特製の台車を使い数人がかりで運んでいた檻を片手で持ち上げる。
檻の中でさらに顔を蒼く染めた盗賊共の心中は察せられる、モモ君が乱暴に檻を振り回すだけで彼らは肉塊と変わるのだから。
「ボス、俺足を洗いやす……」
「あの村で命を拾ったのは何かの運命だったんすよ……」
「クソッ、こんな女子供相手にテメェら腑抜けやがって!」
「ちなみに不審な動きを取ればすぐに僕が撃ち抜くからな」
「分かったかテメェらァ! 指一本でも動かすんじゃねえぞ!!」
「ボスが一番情けねえっすよ!」
前回の事が相当トラウマなのだろう、頭領の牙は完全に折れている。
僕らが船に乗っている限りは下手な真似をすることもないだろう、そもそも暴れたところでどうにかなる檻ではないが。
「それで、どこに運べばいいんですか?」
「あ、ああ……それじゃ俺に着いてきてくれ」
護送係だった信者が通路を先導し、そのあとをモモ君が追従する。
その異様な光景に、すれ違う者たちは皆ぎょっとした顔を見せるが無理もない。
「いやー助かるよ。 罪人どもが暴れて搬入が遅れていたんだ、出発時刻に間に合わなくなるところだった」
「モモ君がお役に立って何よりだよ、しかしタダ働きという訳にもいかない。 ひとつわがままを言ってもいいかな?」
「もちろん礼はしよう、出来る事なら何でも言ってくれ!」
「それじゃあ一つ、この船を自由に歩ける権利が欲しいんだ」
――――――――…………
――――……
――…
「うーん、なんだか師匠に上手く使われた気がします!」
もともとは倉庫だった部屋に盗賊団の人たちを運び込んだ後、師匠は信者の人を連れて意気揚々と出て行ってしまった。
私が頑張ったおかげでエンジンルームの見学が許されたらしい、あんなルンルン気分の師匠を見たのは初めてかもしれない。
「でも私は見学ダメなんですって、酷いと思いませんか皆さん!?」
「だからってなんでここに残ってんだよ嬢ちゃんは」
「話し相手が欲しかったので!」
「ボス、こいつの胆力どうなってんすか……?」
たぶんついて行ったところで何も分からないし、何かの拍子で物を壊しそうだからそこはいい。
だけどそれはそれとして仲間外れにされるのはちょっと寂しい、ロッシュさんも取り込み中なのでヒマになってしまった。
「というわけでヒマなのでせめて一緒にいてくださいね、ふんぬぬぬ……!」
「まあ別にいいけど……嬢ちゃんは何やってんだ?」
「魔術の特訓です、頑張ってひねり出せないかと!」
「いや、それじゃ10年経っても無理だろ」
「ぐへぇ」
片手をかざして念じ続けるところに、ボスさんから鋭いツッコミが入った。
何となくわかっていたことだけど、それでも改めて指摘されると心にクる。
「魔力の練り方からしてなってねえ、背筋伸ばして深く息吸ってみろ」
「せ、背筋伸ばして……スゥー……!」
「吸った息を燃やして丹田……あー、ヘソの辺りに熱として貯める感じだ。 分かるか?」
「イメージ……イメージ……」
ボスさんの言う通り、息を止めておへそに力を籠めると、今までにない“力”が籠ってくる感覚が分かる。
身体の内側からカァっと熱くなるような、燃えるというよりも日の光を浴びているような暖かい感覚だ。
「おっ、スジが良いじゃねえか。 あとは詠唱だ、言霊には魔力が宿る。 乱雑な魔力の流れを言葉の型に載せて形にするんだ」
「ぐ、具体的には何を言えば?」
「術師によって詠唱の癖は変わって来るが、初歩の初歩なら大差はねえ。 唱えてみな、“灯せ”」
「えーっと……“灯せ”!」
イメージを言葉に変えた瞬間、お腹に溜まっていた熱が喉を通って口から飛び出した気がした。
そして次の瞬間、私の掌にはライターで灯したような炎がゆらゆらと揺れていた。
「や、やったー!?」
「おお、一発かよ。 子分どもは3日はかかったぜ!」
「おー、すげえなお嬢ちゃん。 ボス、この子スカウトしやしょうよ!」
「バカ、とっ捕まってる最中だろアホ!」
握ったら消えてしまいそうなほどちっちゃくてか細い灯り。
それでもこの炎は私にとって生まれて初めての魔術で、飛びあがるほどに嬉しかった。




