死体遊び ②
「…………こう、なんか上手い感じに同居とかできませんか?」
「とんでもねえこと言うなピンクちゃん」
『なんだこいつ』
「だってどうして師匠のことみんなで虐めてそんなひどいことをだってもうほんとウワーっ!!!!!」
「オタンコの情緒が……限界を超えた……」
「我がことながらなんで君が一番怒っているんだモモ君」
「だってひどいじゃないですか!! 師匠にバベルちゃんの身体運ばせておいて死ねって言うんですよ!?」
ヌルちゃんの目論見通りに進めば、一番割を食うのは師匠だ。
ただでさえボロボロなのにバベルちゃんの身体から師匠の魂を引っこ抜くなんて、もう耐えられるかわからない。
ヌルちゃんもそれをわかっているから師匠に「死ね」と言っている。 彼女がバベルちゃんの身体を乗っ取り、その能力を奪い取るために。
「しかしヌル、君もとんだ皮算用を企てたものだな。 バベルの権能がそこまで必要か?」
「キヒヒッ、ああ必要だネ。 何度も言うがバベルの権能は姉妹一の汎用性だ、ボクの野望が成就した後の世界を管理するためにも便利だからサ」
「へぇ、やはり君たちの能力は肉体に依存するのか。 なら君はその空間接続能力を捨てるというのか?」
「…………ずいぶん細かいことを気にするんだネェ? 目的が成就したらこんなワープ能力より喋ったことが何でも実現する方が便利じゃないのサ」
「僕ならどっちもほしいけどな、わざわざこんな遠回しな手段で捨てるほど悪い能力じゃないだろ。 ここにくるまでずっと考えてきたが、どうも君の考えが読めない」
「キヒッ、別に考える必要なんてないんじゃないカナ? どうせ今から死ぬわけだしサ」
「――――師匠!!」
「下がれ、もどき……!!」
ノアちゃんとほぼ同時に師匠の首根っこを掴み、思いっきり後ろに引っ張り倒す。
一瞬遅れてさっきまで師匠が当たっていた足元には大きな穴が開き、その下からまぶしいほどの火柱が吹きあがる。
穴から少しこぼれたのはぐつぐつと煮えたぎった溶岩だ、あんなの直撃していたら師匠のちっちゃな身体なんて一瞬で消し炭になってしまう。
「活火山から出来立てほやほやを直輸入サ、お味はいかがカナ?」
「最悪だな、僕は猫舌なんだぞ火傷したらどうしてくれる」
「言ってる場合ですか師匠! ヌルちゃんもやめてください、私たちに戦う意思はありません!!」
「ヌル、満身創痍のもどきと……力を失った私、それにこのオタンコがこちらの戦力だぞ……きさまら2人相手に、敵うと思うか……?」
「えっ、2人ってバベルちゃんも敵になるんですか!?」
「考えろ、オタンコ……あいつら2人の目的は、途中まで一致している……」
『お前たちが神の呪縛を解放するという我々の目的を邪魔するなら当然敵だ』
「どうして……どうしてぇ……」
ヌルちゃんたちも言ってしまえば被害者だ、ようは不完全な命令を下した神様が悪いのに。
この世界に生きる人たちも、ヌルちゃんたちも、師匠も何も悪くないのに。 なんで誰かが犠牲にならなくちゃ歯車が上手くかみ合わないんだ。
どうしてみんな仲良くする方法が無いんだ、何もいい方法が浮かばない頭が憎くて仕方ない。
「泣き言を言うな。 ヌル、君たちの目的はモモ君たちの世界を犠牲にすることでしか果たせないのか?」
「……別に、犠牲にする世界は何だっていい。 ただ死滅した神を代用できる存在がある世界ならネ」
「ならわざわざモモ君の世界を選ぶのは止めてくれ、探せば他の世界があるんだろう?」
「いやだと言ったらどうするのサ?」
「……この通りだ」
「し、師匠!?」
何をするのかと思ったら、師匠は床に両手と膝をつき――――そのまま頭を押し付けるように下げた。
長い髪の毛が埃っぽい床に汚れることも気にせず頭を下げるその様は、いっそ美しいと思えるほど見事な土下座だった。
「や、やめてください師匠! そんな真似してほしくないです!!」
「このままじゃ君の帰るべき世界が無くなる、それは僕の本意じゃないんだ。 ヌル、神が無くなった世界はどうなる?」
「……そのうち立ちいかなくなるヨ、今まで流れていた水が急に滞るようなものサ。 流れない水はいずれ腐って死ぬ」
「その末路が白山霊峰の有様、か?」
「そうサ、何もなかっただろ? 乾ききって草木も命も何もない、あるのは1万mまで積み重なったかつて神だったものの死骸ばかりサ。 いずれ世界全体がああなる、100年200年ほどかけてネ」
「で、でもこの世界はずっと豊かじゃないですか! 1000年前からずっと、何も変わらずに!」
「――――その何も変わらないのが問題なのサ、ピンクちゃん」
顔から笑みを消したヌルちゃんがパチンと指を鳴らす。
すると頭上に映っていた東京の景色が消え、天井にはまた満天の星空が広がり出した。
……ただし今度はそのどこまでも広がる黒い空のほとんどを埋め尽くす、とても巨大な隕石を添えて。
「な、な、な……なんですか、あれ!?」
「リセットボタンだヨ。 この世界はいずれ枯れ果てる、だからその前に何度もボクたちは強制的に世界をやり直してきた」
「……ヌル、どこまで話す気だ」
「キヒヒッ! こんなところまできて日和るなヨ、お姉ちゃん! バカでかい隕石を外殻に落とし、そのエネルギーを余すことなく内部の惑星に伝えて星の有様をやり直す! それを1000年間繰り返してきた!!」
「……そうか、どおりで1000年前から魔術も魔法も魔導もほとんど進捗が無いわけだ」
「ああ、正確には起点になる白山霊峰以外の世界だけどネ。 ……さて、話を戻して君の提案は受け入れてもかまわないんだヨ、そこのピンクちゃんの世界の代わりを探すのは構わない」
「えっ……?」
「ただ、時間がかかる。 同じ条件を揃えた世界なんてそうそう存在しない、ボクが必死こいて探したとしてもこの隕石をもう一度落とすぐらいの時間はかかるだろうサ」
隕石を墜とす。それはつまり、今あるこの星の有様をリセットしてしまうということだ。
建物も、文化も、歴史も……私たちがこれまで旅をして出会ってきた人たちも、全部0に戻ってやり直しになる。
無事にリセットが済んだあとの世界に、ロッシュさんたちはいるのだろうか?
「……ピンクちゃん、君の世界をボクたちにくれるならこの世界はもうやり直さなくていい。 不出来で歪んだ罪の清算が済むのサ」
「うあ……ぁ……」
「だけど、君の世界を見逃すなら……この世界にはもう一度犠牲になってもらうしかないネ」
こんな……こんなの、板挟みじゃないか。
どっちを選んでも大切なものを失ってしまう、私はどっちも選びたくない。
「さあ、君に選ばせてやるヨ――――世界の命運ってやつをサ」




