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天の門 ⑤

「ぶへー……ぶへー……ぶへー……! し、死ぬかと思った……!」


「やめてくれよ、君もこんなばかばかしい死に方じゃ成仏できないだろ」


 なんとかバベルの床にへばりついた私の後を追って、何の危なげもなく師匠が無事着地する。

あわや宇宙のもずくとなりかけた数分間、まるで生きた心地がしなかった。 重力があるって素晴らしい。


「え、えっとぉ……ありがとうございました、その……」


『…………』


 明後日の方向に飛んでいきそうだった私の身体を引っ張り上げてくれた命の恩人は、さっきから目の前に立っているばかりで何も言わない。

全身真っ黒いコートにカラスのような不気味な仮面、何より師匠の倍はありそうな背丈で何も言わず見下ろされるとなんというか圧がすごい。


「やあ、久しぶりだな。 まさかこんなにすぐ君と再会するとは思わなかったよ」


「あれ、お知り合いですか師匠? 珍しい」


「珍しいってなんだ。 僕をこの牢獄から地上に突き落とした看守だよ、恨み言なら山ほどある」


「えっ、じゃあ私と師匠が出会ったのもこの人のおかげってことですか!? その節はありがとうございました!」


「礼を言うなバカ、こいつの雑な釈放で僕は危うく死にかけたんだからな」


『…………うるさい』


 目の前で私たちがわーわー喋っているのが鬱陶しかったのか、そこでようやくカラス仮面の看守さんが喋ってくれた。

だけど話した言葉はただその一言だけで、またなんのリアクションもなく黙り込んでしまう。 押しても引いても何も言わない。


「……お前、いったい……何者だ……?」


「ノアちゃん、お知り合いじゃないんですか? てっきりまた新しい姉妹の人かと」


「こんなデカい姉妹がいるわけないだろオタンコォ……こんなやつ、私は知らないぞ……そもそもこの塔は、人が住む設計ではない……」


「僕はそこに1000年投獄されていたんだが?」


『……扉を、閉めろ』


「おっとそうですね、危ない危ない……コウテイさん、全員着陸(?)したので入ってきてくださーい!」


《あいわかった! いざ変形ッ!!》


 ガッションガッション変形してなじみ深い人型に戻ったコウテイさんが最後に扉をくぐったことを確認し、内側から閉める。

開くときはハイテクな自動扉だったけど、閉めるときは人力でもいけるらしい。 かなり重たいけど私の力なら大丈夫だ。


「ふぅー、なんとか全員無事ですね。 それでここからどうします?」


「さてな、わざわざ入り口で僕らを待っていたそこの看守に聞いてみるか?」


『…………』


 師匠のチクチク言葉に刺された看守さんの機嫌を損ねてしまったのか、彼は私たちに背を向けて歩き出す。

彼……彼でいいんだろうか? くぐもってよくわからないけど、低い声をしていたので男の人だとは思う。


「師匠、あんまり嫌なこと言っちゃダメです。 看守さん怒っちゃいましたよ」


「別にぼくは思ったことをそのまま話しただけだ。 それにやつは機嫌を損ねたわけじゃないぞ、あれは“ついてこい”と言っている」


「えっ、わかるんですか?」


「君を助けたならそこには理由がある、やつにとって僕らを奥へ招き入れるだけの理由がな」


「しかし、やつだとか……看守だとか……名前は知らないのか、モドキ……」


「知らん、そもそも滅多に喋るやつじゃない。 今日は饒舌な方だぞ」


「それは結構ひどいですよ師匠……」


 1000年間でどれほど一緒にいたのかはわからないけど、絶対1日2日の間柄じゃない。 それでも名前すら知らないというのは割と失礼じゃなかろうか。

それでも肝心の看守さんは私たちのことを一切気にせずどんどん塔の奥へと進んでいく。 急いで追いかけないとこのまま置いて行かれそうな速さだ。


「しかしなんというか……中はかなり古びているというか、奥ゆかしいというか」


「言いたいことは素直に言え、オタンコ……言っただろ、元々人が住むことを想定していない……」


「カビ臭い洞窟のような場所だよ、僕らが収監されていた場所なんて藁布団すらなかった」


「えぇ、それはひどい……」


 師匠の言う通り、塔の奥へ奥へ進むほど鼻にまとわりつくカビの臭いはひどくなり、吸い込む空気がどんどん湿気を帯びていく。

出入り口の自動扉が夢だったかのように足元も床も天井もゴツゴツとした岩肌が剥き出しで、明かりも等間隔に設置された松明と看守さんのカンテラだけが頼りだ。

考えてみればここは宇宙の真っただ中、換気や日干しなんて真似はできない。 もしかして1000年間ずっと空気が籠りっぱなしなのでは……?


「……そういえば師匠、さっき()()が収監されてたって言いましたよね?」


「ああ、初めのころはこの監獄塔も囚人でにぎわっていたぞ。 どいつもこいつ精神を壊したり自死したりで最後は僕一人になったがな」


「ひ、ひえ……」


 私たちが縦一列になって進む細長い通路の両側には、たまに鉄格子で隔てられた小部屋がポツポツと置かれている。

松明の灯りが届かないので内部の様子は分からないけど、うっすら見えるどす黒い染みは……想像通りのものじゃないと思いたい。


「飯すらろくに与えられず、光も届かず、石と鉄格子しかない小部屋でただ刑期を終えるのを待つ。 そんな生活に耐えられる人間はそう多くないさ、僕は耐えたけどな」


「隙あらば、マウントを取るな……モドキ……」


「でもよく耐えられましたね、師匠。 私ならご飯食べられないだけで泣きわめきます」


「ふん、僕には目的があったからな。 それで、そろそろ君の目的についても聞かせてもらっていいか?」


『……二度と来るなと、前にも言ったはずだ』


 司書の声に反応し、前を歩く看守さんが喋り出す。

私たちがいくら話しかけても何も答えてくれなかったのに、なんだかちょっとジェラシーだ。


「悪いがこちらにも事情がある。 この塔にヌルという少女が隠れているはずだ、君は何か知らないか?」


『……この塔には、かつて多くの囚人がいた』


「おい? こっちの話を聞いて……」


『罪深い人間たちを集め、()()を繰り返した。 他の姉妹たちから逃れ、星の影響を受けぬように』


 看守さんは一変してぺらぺらと喋り始める、師匠との会話も噛み合わせずに。

けど問いかけられたことには何も答えていないはずなのに、何かとても大事なことを喋っている気がする。


『耐えられる者を探していた、私たちの肉体に耐えられる魂を。 現れるなと願っていたのに、結局すべてはヌルの思い通りか』


「……待て、ヌルの思い通りだと? それに肉体に耐えられる魂って……まさか君は」


『ああ、そうだ。 この身体なら言葉を選ぶ必要もないというのに、つい口数が少なくなる』


 看守さんの足が止まる、カンテラに照らされた彼の前方には固く閉ざされた扉があった。

石削りの通路には似合わないツルリとした鉄製の扉に彼が触れると、触れた部分がじんわり光って少しずつ扉が開いていく。


『――――私は、バベルだ。 よくもその肉体を持ってきてくれたな、バカめ』

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