天の門 ③
「ハァ……ハァ……当たり前だけど……まっっっっったく効いてないわね……!」
『やれやれ、我が姉妹たちながらまったくもって無駄な努力ご苦労様ってところだネ』
土煙が晴れた中、もはや胡坐すらかかずにあくびをしながら寝転がったヌルの姿が現れる。
相変わらず癪に障る妹だ、いくら私とラグナとウォーの3人がかりでもこうものらりくらりとされたんじゃ嫌になる。
「クソがよォ……こんだけ殴ったんだからちったあ喰らってろよ!!」
『ぐわーやられたーイタイイタイこれはピンチだよボクゥー』
「ぶっ殺す!!!」
「落ち着くのです、感情的になるとヌルの思うツボなのですよ。 ラグナ、お前の悪い癖なのですよ」
「あ゛ぁん!? 喧嘩売ってんのか、先にタイマン張ってやろうか!」
「落ち着きなさい、今私たちがケンカしたところで何の意味もないってば。 総員、何か妙案は?」
「「ない(のです)」」
「そうよね~私らそこまで考えて力ぶん回すことなかったからっておバカ!!」
『なーにコントしてるのサ、言っておくけど手加減する気はさらさらないからネ?』
呆れ顔のヌルが指をくるりと回すたび、空間に開いた穴から様々な凶器が顔を出す。
それが剣や砲弾ならまだマシだ、たまに飛んでくる見たこともない異世界の兵器は何が起きるのか読めないから困る。 自走する爆弾やら電磁力で質量弾を放つ銃器やら、楽に対処できる代物がない。
対兵器に秀でたウォーがいなければ物量でとっくに押されていただろう。 昔は近距離のワープホールを作るだけで精いっぱいだったってのに、ずいぶん可愛くない妹に育ってしまった。
『ヒヒヒヒ! なんだァ結構頑張るネ、何のためにそこまで身体張っちゃうのサ!』
「あんたの言い分が気に食わないからよ! この世界の神は死んだから他所から連れてくる? 連れてきた神がまた死んだら同じことを繰り返すって言うの!?」
『そうだヨ、何度だって繰り返せばいいのサ! それでボクらはお役御免、この世界の人間たちだって救われるからネ!』
「なるほどなぁ、お前なりに考えた結果なんだろうが……オレが気に食わねえから却下だ」
『そんなにあのピンクちゃんのこと気に入ったのカナ? 人類の敵とあろうものがなっさけないネェ』
「「「取り消せよぶっ殺すぞ」」」
『えぇ……』
思わず姉妹3人仲良しこよしで声が揃ってしまった。
私たちが? あのあっぱらぱーの妄言に?? ほだされたとでも??? いくら身内とはいえ言っていい冗談と悪い冗談がある、危うく姉妹の縁を切るところだった。
「……別にあのアホの戯言はどうでもいいのですよ。 ただ我々のやることは変わらないのです」
「人類を殺せ、そして人類を守れ――――あんたのやろうとしていることは“守れ”の使命に反しているわ」
『へぇ、この世界の外すら守護の対象だとでも? だったらボクたちはあらゆる世界の人類を皆殺しにしなきゃいけないネ、無間地獄だよそんなのはサ』
「だがお前の描いた笑えねえ冗談よりはずっとマシなのですよ。 どこぞのピンクのほうがずっと面白かったのです」
「ああそうだな、だからテメェの理想よりあのバカの空想を後押ししてやる。 ヌル、テメェの悔しがる面が見てえからよ!」
『――――……へぇ』
ラグナが切った啖呵をじっくりと聞き入ったヌルは、笑った。
それは嘲笑でもなく、余裕でもなく、ただ――――嬉しそうに笑ったのだ。
「……ヌル? あんたまさか」
『じゃあどうするか見せてヨ、まあ3人ともボクに手も足も出ないのにピンクちゃんが還って来るまで生きていられるか――――』
「――――わあああああああああ!!!!!!!!っす!!!!」
『うっぎゃあ!!!?』
余裕しゃくしゃくという態度を崩さない、悪く言えば油断にまみれたヌルの耳元にペストの絶叫が突き刺さる。
そうか、そこにあるのは虚像だけど会話が成立するなら「音」は通じる。 さすが私たちの末妹、素晴らしい発想力だ、賢い、大天才。
「うおー! やってみたけど効いたっす!! じゃ、後は頼むっすよ姐御!!」
「おう、やってくれたなぁペストォ! あとでぶん殴ってやる!!」
『く、くああぁあぁ~~~! や、やってくれるじゃないのサぁ……人が話してる途中で……!』
「おいおい、オレたちは“人”じゃねえだろ? それに攻撃は相変わらず通じねえが、嫌がらせの方法はこれでわかったな」
「そうね、あんたは落雷で私は咆哮。 ウォーは……」
「爆発音ならいくらでも作れるのです。 では、我々のやることは決まったのですね」
『お、おいおいおいおい……ちょっと待つのサ、せっかく死に別れた妹との再会だヨ? もうちょっと加減ってものを……』
「「「聞こえないねえ!!!」」」
『う、う……うぎゃあぁー!!?』
――――――――…………
――――……
――…
「うわー! すごいです師匠、無重力です!! 初体験!!」
「なんだこれは、魔術が働いているのか?」
宇宙を飛ぶコウテイさんロケットの中、私たちの身体はプカプカ浮いていた。
なんだか体の芯がどこか行っちゃったみたいで落ち着かないけどなんだか楽しい、師匠なんか髪がぶわーってなって毛むくじゃらのお化けみたいになっている。
《星の重量圏から外れた証拠でござるな。 モモ殿なら知っていると思うでござるが……》
「オタンコが……知っているとでも……?」
「ひどい!」
さすがの私でも宇宙に重力がないことぐらい知っている、理由は……理由は何だっけ……?
たしか宇宙にはリンゴがないからだ。 リンゴが落っこちないと重力が見つからないって昔の人も言っていた気がする。
「なにやらモモ君が信じがたいことを考えている気がするがそこはひとまず置いておくとして、この浮遊状態はいつまで続くんだ?」
「ずっとだ……バベルに到着するまで、待て……もうすぐ見える……」
「もうすぐ見えるって言われても……ウワーッ!? 師匠、窓見てください窓!!」
コウテイさんロケットで飛び立ってから、外に見えるのはどこまでも広がる星の暗闇ばかりだった。
ずっと窓に張り付いて外を眺めていた私が言うんだから間違いない、そこまで長く目を離した時間はなかった。
「バベルは……普段は星を覆う外殻に突き刺さっている……魔力を伴う迷彩で、位置は分からないようにしているが……ここまで近づけば迷彩の効果もない……」
突然だ。 本当にまばたきをした程度のほんの一瞬でそれは目の前に現れた。
宇宙空間の真っただ中、「塔」と呼んでいいのかわからないほど縦にも横にもどこまでも続く壁が、突然現れたのだ。