天の門 ②
「……ロッシュさん、今何と?」
「ありますよ、方法。 宇宙ですよね?」
あまりにもあっさりと言ってくれたたものだから、私の耳がおかしくなったんじゃないかと思った。
それでもロッシュさんは繰り返し、今度はハッキリと聞こえるようにまた同じ言葉を繰り返してくれる。
宇宙に飛ぶ方法はある、と。
「お、おおお教えてください! どうすればいいですか、私思いっきりジャンプすれば届きますかね!?」
「やあ、さすがにそれは無謀じゃないかな大弟子ちゃん」
「いくらなんでもそれは引くぞモモ君」
「どうして……どうして……」
「まあまあ、モモさんがそこまで体を張る必要はありませんよ。 煌帝」
《うむ、出番でござるな! いざ変形!!》
「「「えっ?」」」
ロッシュさんが手を叩いて合図を送ると、コウテイさんの身体がガッションガッションと変形を始めた。
いろんなパーツが展開したり収納されたり、頭以外のあらゆるところが変形しながらどんどんそのサイズが大きくなる。
そのままなんだか質量保存のなんとかかんとかがおかしいような変形を続けていくと、最終的にコウテイさんの身体は人をすっぽり飲みこめるサイズの細長い筒状になってしまった。
「できました。 煌帝・宇宙進出形態です」
「宇宙進出形態です!?」
「やあ、まるでミニサイズのロケットだ。 まさかこれが人を乗せて飛べるのかい?」
「ご安心を、神の加護が付与された煌帝の装甲は宇宙圏を耐えられます。 わたくしが実証済みです」
「実証済みって……ロッシュさん宇宙行ったことあるんですか!?」
「はい、以前に1度だけ。 このようにぴんぴんしておりますとも」
細い腕にぐっと力を込めて力こぶを作って見せ……いや全然作れていないロッシュさん。
だけどいたって健康なのは目に見えてわかる、彼女の話が本当ならコウテイさんロケットモードの性能は本物だ。
「待て、空にはテオが管理する“蓋”があるんだろう? どうやって突破した」
「うふふ、あの外殻には隕石を墜とした際に“穴”ができます。 自己修復してしまうわずかな時間を突けば、外に出ることも可能です」
「な、なるほどー……戻るときは隕石と同じく力業でバリンと行くわけですね?」
「ええ、そして私はこの惑星を外から観測しました。 空におわすと言われた神の不在をこの目で確認し、真実を知ってしまったのです」
「神の死亡……か」
「ええ、この煌帝も過去の人類の遺物でございます。 鹵獲した神から魔法の力を再現する機構を手に入れたゴーレム、実に罰当たりでしょう?」
「どこでそんなものを……いや、今は良い。 問題はこれ、何人乗れるんだ?」
扉を開いてコウテイさんの中を覗き込んだ師匠が訝しげな顔をする。
内部スペースはどうみても私たち全員が乗り込めるほど広くはない、師匠たちこども組はともかく私が乗り込んだとすると……
《大人2人、もしくは子供含めてどう頑張っても3人が限度でござるよ。 それ以上は重量オーバーでござる!》
「ちなみに私はこの山に縛られた霊体だからね、おそらく宇宙は活動圏外だ」
「えっと、つまり私と……」
「僕も行こう、君だけで行かせるなんて自殺行為にもほどがある」
「なら……私もついて行くぞ……どうせ、ここにいても足手まといにしかならない……バベルの構造を、知っている者も必要だろう……」
「ノアちゃん、手伝ってくれるんですか?」
「ふん……ここまできたら、ついでだ……お前がどこまでオタンコなのか、見てみたくなった……」
初めに師匠が乗り込み、その背中を追うようにノアちゃんがコウテイさんへ乗り込んでいく。
残るスペースは1人分。 私は大きく息を吐き出し、ゆっくり吸い込んでから……宇宙への一歩を踏み出した。
「……大弟子ちゃん、怖いなら残ってもいいんだよ。 代わりに聖女様が乗り込んでもいい、だろ?」
「そうですね、わたくしなら煌帝の機能についても熟知しておりますが。 その場合地上の守りが手薄になりますがよろしいですか?」
「ちょっとあんたたち! そこでくっちゃべってる暇あるならこっち手伝ってくれないかしら!?」
私たちがコウテイさんに乗り込んでいる後ろでは、今もなおテオちゃんたちが激戦を繰り広げている。
攻撃がすり抜けるヌルちゃん相手に目くらまし、3人がかりだけど有効打が一切ないから状況は悪くなる一方だ。
死角に開けられた空間の穴から飛び出してくる凶器の数々をロッシュさんが片手間に防いでいなければ、もしかしたらすでに3人もやられていたかもしれない。
「……いえ、行きます。 師匠がついているから怖くないです、へっちゃらです!」
「やあ、ずいぶん懐かれているじゃないかライカ。 師匠として羨ましい限りだよ」
「…………ふん。 乗るならさっさとしろモモ君、テオたちが倒れても気にしないなら結構だがな!」
「わー乗ります乗ります! それじゃコウテイさん、よろしくおねがいします!」
《うむ、しっかり掴まっているでござるよ! 発射まで参! 弐ぃ! 壱ッ!》
「それでは、良い旅路を~」
エンジンを点火したコウテイさんの身体が振動し、だんだんと機体が地面から遠ざかっていくのが分かる。
窓越しにヒラヒラ手を振るロッシュさんに見送られながら、私たちは宇宙へと飛び立った。
「まさか修学旅行より先に宇宙行くことになるなんてなぁ……」
「相変わらずのんきだな君は、しかしこんなハリボテみたいな装甲で本当に飛ぶとは」
《んん、まだ信用されていなかったとは悲しいでござるな! とはいえご安心めされよ、某の身体にはアスクレスの加護が詰まっているでござる!》
「人間が生存できる環境を維持する奇跡、か……それなら心配ない、が……オタンコ」
「はい、なんですか?」
「仮に、バベルでヌルの本体が待っていたとしよう……その場合、お前はどうする?」
「物騒なことはしたくないです、まずは説得できないか交渉します」
ノアちゃんも師匠もとてもじゃないが戦えるような身体じゃない。
だからもし、最悪の場合は私が……いや、そんなことにならないためこれから頑張るところなんだ。 あまり後ろ向きに考えてちゃダメだ。
「待っててくださいねヌルちゃん、もしもの時は私が……全力でデコピンします!!」
「首が飛ぶぞ」
「私は……姉妹の死をこの目で見届けねばならないのか……?」
どんどん空が昏くなって、星が近づいてくる。
あれほど届かなかったバベルまでの距離は近い。 そして……私たちの旅が終わるのも、もう少しだ。