天の門 ①
「……駄目です、あげられません」
「へぇ、そうかヨ」
またしてもヌルちゃんが指先をくるりと回した瞬間、私の頭上に落ちてきた何か――――を、大師匠が目にも留まらない速さで蹴り砕く。
粉々になって降り注いだ欠片は、この山には場違いなほどに人工物むき出しな鉄の塊だった。
「ヒヒッ、解体工事用の鉄球サ。 ループした空間で延々落下させて加速したやつ、ぐしゃっとドタマ潰せると思ったんだけどネェ」
「やあ、穏やかじゃないな。 君は彼女にお願いを聞いてもらわないといけない立場では?」
「別に、NOなら殺すだけサ。 何も許可取る必要なんて最初からないしネ」
「だ、だったらなんで……」
「その方があと腐れもないダロ? ボクは悪くない、許可を出したのは君だってネェ」
ケラケラと笑うヌルちゃんのホログラムを巨大なハンマーが押しつぶす。
肉体がないのでただ映像を遮っただけではあるけど、ホログラムが消えると同時にヌルちゃんの笑い声も途切れてしまった。
「バカピンク、聞く耳持つな。 やっぱりこいつは殺すしかねえ」
「そうね、世界を入れ替えるなんてハッタリもいいところよ。 大体そんなエネルギーどこから持ってくる気? あんたの空間転移だってタダで動かせるわけじゃないでしょ」
「ヒヒヒッ、向こうの世界にも形態は違うけど“神”が存在するのは確認済みサ。 それにエネルギーも問題ないヨ」
「あっ、神様いるんだ私たちの地球」
ハンマーで遮断されたところからちょっと横にずれた位置に再び胡坐をかいたヌルちゃんの姿が現れる。
当たり前だけど無傷だ、けどホログラムならどこかに実体がある気もするけど本人はどこにいるんだろう。
「モモ君、そこは今関係ないんだよ。 君の世界の神が奪われるんだぞ、もっと危機感を持て」
「はい、持ってます! だからNOですヌルちゃん、ちょっともう少しいい感じに……お互い話し合えませんか!?」
「エェー……殺されかけたってのにどんだけのんきなのサ」
「ふっ……甘いな、ヌル……これがオタンコだぞ……」
「なんでちょっと自慢げなのですか、ノア」
「ふん、でも話し合いはもう終わりだヨ。 ボクの主張は以上サ、この世界を救うにはこれしか手段がない。 それともピンクちゃんは死に絶える人類を見捨てられるのかなァ?」
「見捨てたくないです!」
見て見ぬふりをするには、私はこの世界を知りすぎた。
いろんな人と出会って、いろんな国をめぐって、ここまでの旅路をすべて投げ捨てる真似はできない。
「この山は本来この世界があるべき姿サ、あらゆるリソースが枯れ果てるんだヨ。 生きていけるのほんの一握りのしぶとい連中だけ、その中に人間は含まれない」
ヌルちゃんがまた空間に穴をあけて、適当に転がっていた岩の上に「10㎏」と書かれた大きな重しを落とす。
押しつぶされた岩はまるで固めた小麦粉のようにボロボロと崩れてしまい、風にさらわれてどこかへ消えていく。 簡単に砕けてしまうぐらい中身が乾ききっていたんだ。
「これが神の管理を外れた世界だヨ、ピンクちゃん。 世界のリソースが正しく行き渡らない、いずれ世界中がこうなるのサ」
「じゃあ……この世界の人たち全員を地球に招待する、とか?」
「モモさん、あなた方の世界はそれほどの土地と食料を提供できるほど豊かなのですか?」
「無理だね、資源はこの世界とそこまで変わりがないよ。 第一勝手にそんなことをすれば世界中が大混乱さ」
「じゃあ、えっと……じゃあその……うーん……!」
「慣れないことは止めときなって、どうせいくら考えても答えなんて出ないんだからサ!」
「モモ君、前に飛べ!」
「はいっ!!」
二度目となれば何が来るかなんて私でもお察しだ。
師匠に言われるまま前方に大ジャンプすると、背中にすごい衝撃と砂埃がベシベシ叩きつけられるのが分かる。
おそるおそる振り返ってみると、今度は「100kg」と書かれた鉄球が地面にズブズブ埋まっていた。
「ヒヒヒッ、寝ぼけてんなら覚ましてやるヨ! ここでYESと言えなきゃ死ぬだけってことをサ!」
「テオ、ウォー、戦るぞ。 ペストとノアは下がってろ!」
「チッ、なんで二度も妹を殺さなきゃならないのよ!」
「そもそも殺せるものなのですかね、あれは」
「ま、待って待って! 喧嘩はダメです!」
「じゃあオレたちがあいつ止めてる間にお前は何か妙案でも考えてろ!!」
すでにやる気満々だったラグナちゃんを筆頭に、3人がヌルちゃんへと飛び掛かっていく。
切っても殴っても叩いても効果はないけど、一応ホログラムと視界を共有しているせいなのか、攻撃を食らうたびにヌルちゃんは鬱陶しそうな顔を見せた。
それに視界がままならないとどうやら今のように時空をパカーってして重しをズドンする攻撃もうまくできないらしい、3人の猛攻は足止めとしてしっかり機能している。
「大弟子ちゃん、説得は無駄だぞ。 ヌルは君たちの世界を乗っ取るのが目的だ、妥協点はない」
「ほ、本当にそうですか……? だって、絶対に奪いたいなら私にいちいち交渉なんてしないはずです」
「それはまあ、そうだが。 なら君の考えは何だい?」
「ヌルちゃんはまだ私たちに隠していることがあります、私はまずそれが知りたいです!」
「ふむ……ライカ、君はどう思う?」
「正直このままスパッと倒してしまうのが一番だと思うけどな、ただ決め手がないのも事実だ。 相手に実体がないんじゃ倒せない、聖女はどうだ?」
「あれは霊体ともまた違う存在なので浄化も不可能ですね、ただ……魂すらこの場に存在しない、というのはあり得ません。 必ずどこかに“核”はあります」
「急所をどこかに隠しているというわけか、まるでRPGのラスボスだね。 そこの2人、隠し場所について心当たりはないのかい?」
「へっ!? じ、自分っすか!? そんなこと言われてもヌル姉と会うのも久しぶりだし……」
「――――ある。 やつの協力者に、バベルがいるなら……隠し場所は1つだ……」
目を泳がせるペストちゃんの隣で、ノアちゃんが力強く断言する。
そういえばそうだ、ヌルちゃんのほかにまだ見ぬバベルちゃん……師匠の身体の持ち主が控えていた。
そして私たちは、バベルちゃんの名を持ったとっておきの隠し場所を今までさんざん見てきたじゃないか。
「……塔、だ。 バベルの塔……この世界で最も安全な場所は、あそこだ」
「そ、それで塔はどこにあるんですか!? 私たちもこれまでずっと見てきましたけど……」
「…………」
ノアちゃんは何も言わず、今度は渋い顔をしてピンと立てた人差し指をスッと真上に上げる。
釣られて見上げてても……そこにあるのは満天の星空だけだ。
そう、満天の星空ばかりで――――四方八方どこを見渡してもあれだけ目立っていたバベルの塔は見つからない。
「……ポコピン場所が分かってもたどり着けねえっすよ。 だってバベルはこの山の真上、宇宙にあるんすから」
「ほ、星の外……って、宇宙!?」
それは、もう……なんというか、いくら歩き回ってもたどり着けないわけだ。
この世界には宇宙船も宇宙服もない、師匠のような魔術師でも宇宙まで飛ぶのはさすがに無理だ。 空気が無ければ死んでしまうなんて私でもわかっている。
どうしよう、山のてっぺんからがんばってジャンプすればもしかしたら届くかも……それにちょっとぐらい頑張って息を止めれば行けるかな?
「モモさん、お願いですから無謀な真似はやめてください。 あなたを犬死させたくありませんので」
「ロッシュさん、でも何も方法が思いつかなくて……」
「いえ―――――方法ならありますよ、たった1つだけ」