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Null ⑤

「…………すみません、ちょっとまだ意識があれで良く聞こえませんでした。 もう一度お願いします」


「くれヨ、ボクらにお前たちの世界をサ」


「うわーん、聞き間違いじゃなかったー!!」


 聞き間違いであってほしかった、これで全部丸く収まると思いたかった。

ヌルちゃんの協力さえ取り付ければあとは私がテオちゃんたちを連れて元の世界に帰るだけだったのに。 まさかこんなにスケールの大きいことを考えていたなんて思わなかったな、ヌルちゃんすごい。


「おうゴラァ、勝手に話進めんじゃねえ。 勝手に何とんでもねえ企んでやがる」


「そうだそうだ、そもそもモモ君に世界を取引する権限があるわけないだろ」


「そうですよ、私なんて旅の食糧管理も任せてもらえないのに!」


「大弟子ちゃん、それは猫に鰹節を預けるようなものだよ」


「そこちょっと黙ってて、ヌルも結論だけじゃなく過程から説明しなさい」


「わぁってるヨォ。 まず前提として、この世界の致命的なバグは知ってるだロォ?」


 私を含めてこの場に全員が頷く。

神様が死んで、そしてその間際に遺したテオちゃんたちへの遺言が問題なんだ。

だから「人間を殺せ」「人間を護れ」という矛盾を無視するために別の世界へ逃げてしまおうというのが私の提案だったけど、ヌルちゃんは“人”じゃなく“世界”の方をひっくり返そうと言っている。


「世界を入れ替えるなんてそんな無茶苦茶な……そもそもそんなことできるんすか?」


「できるヨ、そのための渡来人たちサ。 永い長い年月を抱えてようやく座標の特定と選定も終わったからネ」


 虚空に座るヌルちゃんが空に向けた指先をくるくる回すと、空間に小さな穴が開いてポトリと何かが落ちてきた。

ホログラムの手をすり抜けて地面に落っこちてきたのは、この世界にはあるはずがない代物……何の飾り気もない、1台の「スマホ」だった。


「渡来人は呼び水サ、何度もこの世界に招き入れてラインを繋いだ。 細い細いラインを何年もかけて少しずつ大きくして……ようやく実現できるところまできたのサ」


「なんのためにだ? 問題を解決するためならモモ君の提案でもいいだろうに」


「この世界はもうダメだヨ、システムの根幹である神が機能不全に陥っているからね。 これまでも()()()()()()()()()()()()


「滅びただと……? 僕らはこうして生きているわけだが」


「そりゃお前たちは知らないだろうネェ、だから教えてやるヨ」


「待ちなさいヌル、あんた何を――――!」


 テオちゃんの制止も聞かず、ヌルちゃんは指先で先ほどよりも大きい円を描く。

そして彼女の頭上にふたたび空間にぽっかりと開いたのは、コウテイさんすらすっぽり飲みこみそうなほど大きな穴だった。


「……なにか()()な。 ライカと大弟子ちゃん、もっとこっちに」


「コウテイ、あなたは前に出なさい。 衝撃に備えて」


《あいや心得た!》


 大師匠とコウテイさんが私たちの前に出た瞬間、“穴”から何かがすごい音と衝撃をまき散らしながら真上へ飛んで行く。

いち早く気付いたロッシュさんが結界を張って、大師匠が私たちが吹き飛ばされないように抑えてくれなかったら危なかった。


「ヒッヒヒヒ! ICBMぅー……つってもまあこの世界の連中にゃ伝わらないよネェ」


「あいしーびーえむ……ってなんですか!?」


「やあ、大陸間弾道ミサイルのことだね。 でもずいぶん明後日の方向に飛ばしたじゃないか」


「何言ってんの……明後日なんかじゃない、あの方向が一番ダメなのよ!!」


 白い煙を残しながら飛んでいくミサイルを、真っ青な顔をしたテオちゃんが見上げて叫ぶ。

手を伸ばしてもがいて、それでも届くことはないミサイルはやがて空の彼方に到達し……何かに当たって爆発――――するとほんの一瞬だけ、雲一つない空に大きなノイズが走っていった。


「し、師匠……あれって!」


「ああ、砂漠で見たものと同じだ」


「ヌル、あんた……いや、貴様ッ!!」


「ヒヒッ、これでそこのピンクちゃんたちが見たのは2回目だネ。 この星の現状は見ての通りだヨ」


「待て、ヌル……その説明だと、オタンコが理解できない……もう少しかみ砕いてくれ……」


「お願いします!!」


「えぇ、マジかヨォ……えっとネェ、この星ってサ覆われてんのヨ、天井で」


「あー、だからミサイル当たったんですね今の……うぅん?」


 なんとなく納得した後に、それはおかしいんじゃないかという気持ちが湧いてくる。

だって空に天井があるなら雲も太陽も見えないはずだし、雨だって降らないじゃないんだろうか?


「ポコピン、よく考えろっす。 1000年前の人類は今じゃ考えられない技術力を持っていたんすよ」


「その時に考えられた計画をボクらが渋々引き継いで運営していたのサ、この枯れた世界を管理するためにネ」


「ダイソン球というものかな? 惑星のエネルギーを余さず利用しようと星を天蓋で覆うんだ、私たちの世界でも机上の空論でしかなかったけどね」


「ヒヒヒッ、こっちには便利な魔力ととんでもない技術の躍進があったからネェ。 ただ……実現には星を管理する存在である“神”が邪魔だったんだ」


「だから殺してしまったと、魔法遣いからすれば卒倒するほど罰当たりな話でございます」


「まあ実際に罰は当たったヨ。 世界を管理するシステムを崩したんだ、この星はその時点で事実上死んでいるからネ、本来なら100年持たず枯れ果ててるはずサ」


「……そうよ、星全体で循環するはずのリソースは枯れ果てるしかない。 だから私がこの天蓋を動かしてギリギリの延命を続けていた」


「本当にギリギリだよネ、1000年間も繰り返してもうボロボロなのサ。 だけど――――ボクたちは人間を殺したくても見捨てることができない」


 ……やっと飲みこめてきた。 

これまで何度も突き当たってきたヌルちゃんたちが抱える矛盾、それが世界を移動するという解決策の前でふたたび最大の壁となって立ちふさがったことに。


「……この星に何も知らない平和な世界の“神”を()()するのサ。 だからちょっくら犠牲になってくれヨ、ボクらの世界のためにネ」


神様がいなくなった世界に、新しい神様を連れてくる。

そのためだけにヌルちゃんはずっとずっと永い間、2つの世界を繋げ続けてきたんだ。

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