いざアルデバラン ②
「ふふ、ようこそわれらアルデバランの箱舟に」
「おじゃましまーす……ところでロッシュさんは何しているんですか?」
「ただいまお説教を受けております」
「聖女が説教されるのか……」
モモ君と共に昇降口から乗り込んだ先、玄関に当たるだろうフロアのど真ん中では聖女が正座させられていた。
その脇を気まずそうに乗組員が横切る中、修羅のオーラを纏って聖女を見下ろしているのは年端も行かぬ少女のように見える。
「姫様、言いましたよねぇ!? 護衛も連れず勝手な行動は慎めと!!」
「違いますよアステラ、わたくしは皆さんが迷子になったから探していただけです」
「姫様が迷子になったんですよこのすっとこどっこい!! あっ、モモセ様とライカ様ですね、お話は姫様から聞いてます!!」
「こんにちはー、教会って結構ラフなんですかね?」
「モモ君、これは特殊な例だと思うから参考にしない方がいいぞ」
「そうですとも、姫様は多少というかかなり強く言い聞かせないとすぐフラフラしちゃうので! 申し遅れました、自分は姫様の教育係であるアステラ・ロットでございます。 以後お見知りおきを!」
モモ君に負けず劣らずの快活さと声量で自己紹介を終えると、少女は帽子を外して深々と頭を下げる。
その髪は若草を思わせる特徴的な緑色に染まり、短く切り揃えられている。
見た目の年齢に不相応な聖女の教育係という大役といい、なるほど彼女は人間ではない。
「君はハーフリングか、旅人気質の種族だったはずだがこんな所で見かけるとは」
「むっ、如何にもでございます。 もしやライカ様もご同族で?」
「いいや、悪いが少し事情が複雑なただの人間だよ」
ハーフリング、ホビットとも呼ばれる旅と歌をこよなく愛する小人たち。
成人しても人間の子供にしか見えず、好奇心故に長生きする個体も少なく正確な寿命は本人たちも把握していないいい加減な種族でもある。
その生態からもしや1000年の間に滅びてしまったかと危惧していたが……意外な形で遭遇するものだ。
「お話は聞いております、ところで姫様は何かご迷惑をおかけしては……」
「とんでもない、むしろ私の腕を治してもらって助かっています!」
「その言い方からするとずいぶん苦労しているようだな」
「ええ、ええ……この人は本っっ当に自分の政治的立場をまったく理解もせずあっちにフラフラこっちにフラフラと……!!」
「本当に苦労しているようだな……」
まさかハーフリングの口から風来坊を窘めるような言葉が聞けるとは。
人間と婚姻関係を結んだエルフのギルド長と言い、長生きすると何があるか分からないものだ。
「煌帝が付いておりましたからわたくし一人ではなかったのですが」
「お黙りやがれ!! すみません、自分は少々この人にドぎつい灸を据えないといけないので!」
「ああ、しばらく船内を散歩でもしてるよ。 行こう、モモ君」
「い、良いんですかね……?」
「じぃー…………」
目をつむったまま器用にSOSの視線を送る聖女を無視しながら、その横を通り過ぎる。
離陸まではまだ少し時間もかかるらしい、その間はぜひともこの未知の魔導飛行艇とやらを調べてみようじゃないか。
「何か楽しそうですねー、師匠」
――――――――…………
――――……
――…
「申し訳ない、ここから先は部外者の方は通せない決まりで……」
「なんだとー!?」
意気揚々とこの船の心臓部へ向かうが、目的地を前にして屈強なアスクレス信者たちによって止められる。
目的地は目と鼻の先だというのに、抑えきれぬ好奇心を抱えてはるばるやってきた結果がこれか。 なんという仕打ちだ。
「しょうがないですよ師匠、セキュリティが固いのは良いことじゃないですか」
「チィッ……仕方ない、楽しみは後回しにしてやる」
「何度来ても駄目なものは駄目なんですよ師匠?」
巨大な鉄の塊である飛行艇を動かすほどの出力源だ、警備が厳重なのは理解できる。
だがこの膨れ上がった知的好奇心は納得できない、ここまで足を運ばせておいてなんという仕打ちだ。
一体どんな術式を構築して動かしている? 動力の規模は? 魔力の運用効率はどうだ? 気になることが山積みで仕方ない。
「クソッ、あの聖女に抗議だ抗議!」
「もーどうしてロッシュさんをそこまで目の敵にするんですか、良い人ですよあの人!」
三角巾で保護された腕を振り上げ、モモ君が怒りの意を示す。
治療が不完全であるが故の措置だが、こうも簡単に振り回せると逆に悪化しないのだろうか。
「君も前回の出来事は忘れたわけじゃないだろうな、危うく洗脳されかけたんだぞ」
「それはほら、色々偶然が重なった思い違いでしたー、とか?」
「君なぁ……」
「ご、ごめんなさい……でも師匠もロッシュさんもいい人にしか見えなくて」
「はっ! 僕のような悪辣非道な魔術師を差して良い人とは、お人よしもここまで来るなら病的だな!」
「えー、どう思います警備員さん?」
「いやー面白い子だ、アメちゃんいるかい?」
「師匠及び客に対する礼儀と敬意が微塵も感じられないなあ!?」
駄目だ、いくら脅そうともこの見た目と背丈では脅威度も9割減だ。
忌々しいあの監獄め、最後の最後にこんな不便な体を押し付けるとは。
「はぁ……もういい、怒るのも体力を使う。 今回の所はこのアメで勘弁してやろう」
「アメちゃんは貰うんですね」
「うるさい、大体君はなぁ……」
「――――イッテェ! もっと丁寧に扱いやがれ、逃げやしねえよ!」
長い通路を反響しながら、どこかで聞いた覚えのある野太い声が聞こえてくる。
隣のモモ君を見ればやはり彼女も心当たりがありそうな顔だ、2人揃って聞いた覚えがあるということは……
「警備員さん、今のって何ですか?」
「ああ、聖女様が確保した悪人をアルデバランまで護送するんだ。 なんでも小さなを村を食い潰しかけた盗賊団だとか」
「「……ああ!!」」
2人声を揃えて思い出す。
そうだ、僕とモモ君が出会ったきっかけでもあるあの村での出来事だ。
「離しやがれ! 俺は泣く子も黙る核熱のノヴァ様だぞ!!」




