死する神に祈らば死せよ ④
「ええっと、つまり……」
「説明が必要かい、大弟子ちゃん?」
「いえ、頑張ります! つまりラグナちゃんたちは……とても迷っているという事ですね!?」
「おう、オレたちがあれだけ説明した内容をゴミみたいな形でまとめてくれてありがとよ」
「違うんです……頭じゃわかっているんですけど言葉が追い付いてこないんです……!」
整理しよう。 まずラグナちゃんたちの生みの親はいわゆる神様という存在……現象?だった。
目的は自分たちを殺そうとする存在を倒すため、つまり彼女たちは病原体をやっつけるワクチンみたいな役割を与えられた。
だけど神様を倒そうとしているのは人間たちだった、そしてここが最大の問題だった。
「……人間を倒せば倒すほど、神様のご飯がどんどん減っていく。 だからラグナちゃんたちは板挟みになっちゃってるんだ」
「ご飯という表現はいただけないのですが、まあその通りなのですよ。 アホピンクにしてはよく理解してるのです、褒めてやるのです」
「君たちは人間を殺さなければいけない、しかし人間を減らすのは神の利益に反する。 “倒すべき敵”と“守るべき資源”が同じ故の矛盾か」
「やあ、それは面倒くさいね。 つまり君たちは人間を絶滅させたいけど絶滅させるわけにはいかないときている」
「でも……神様は死んだはずじゃないんですか?」
彼女たちが命令されて行動しているなら、もう命令した張本人はこの世にいない。
ならラグナちゃんたちは人間を殺せなんて物騒な命令に従わなくていいはずだ、もう私たちが争う理由なんてないのでは?
「厳密に言えば死んじゃいねえよ。 言ったろ? あれは現象みたいなもんだ、魔法もなんとかシステムを保っている、聖人というアンテナを媒介にしてな」
「…………」
「殺されても残留した概念がそこに存在するっす、なんというか……樽一杯の水で一滴のビールを希釈したような感じっす」
「なんともったいない話だ、一滴のビールでも酒は無駄にしちゃいけないよ」
「そういう話じゃない。 ただ存在が続いている限り、君たちには使命を果たす義務があると?」
「そういう……ことだな……なにより、これはすべて……私たちの存在意義なのだから……」
「うーん、そこを何とかオマケしてもらえないですか?」
「屋台の値引きじゃねえんだから無理っすよポコピン」
「ふむふむ、君たちの事情はわかったよ。 ……で、どうする?」
大師匠の言葉に、柔らかくなっていた場の空気がピリリと張りつめる。
ラグナちゃんたちも本当は人を殺したくはない、だけど使命だから殺さなくちゃいけない。 そんな板挟みの彼女たちが選んだのはこれまでの道のりで見た通り、人を殺すことだった。
人に祈らせ、本当に絶滅させるまで追い込むかはわからない。 それでも今まで彼女たちがやったことは見過ごせないし、これからもっとひどいことをするつもりなら止めなきゃいけない。
「……こっちはオレたちが戦う理由を全部話したぜ。 そっちは“そういうことなら譲ります”とでも言ってくれるのか?」
「私は死人だ、生者のことは生者が決めるのが筋だろう。 ライカ、君はどうするんだい?」
「僕の身体は見ての通りだぞ、止められると思うか? まあ、それでも“はいどうぞ”というわけにはいかないが」
「わたくしもアスクレスに仕える者として見過ごすわけにはいきませんね。 たとえ神が死んだとしても私の意思は変わりません」
「私も止めます! みんな、矛盾した使命なら無視しちゃってもいいんじゃないですか!?」
「悪いなバカピンク、オレたちはそんな器用な真似は出来ねえんだ」
空間に電気が迸り、ラグナちゃんの手に見慣れたハンマーが現れる。
このままじゃ結局今までと同じだ。 お互いに暴力をぶつけ合うしかできなくなる。
師匠はもうボロボロだけどやる気満々、大師匠も後ろでシャドージャブを始めている。 なんだか負ける気はしないけど絶対にお互い無事じゃすまない。
「ま、待った! ラグナちゃん待った! 作戦タイムが欲しいです!!」
「ここまで散々待っただろバカ! 俺たちは人類を殺すための存在だ、だから殺す! ペスト、お前たちはどうする!?」
「まあ、自分はどっちかというと……姐御の味方っすね」
「ま、譲歩した方だと思うのですよ。 これ以上そこのピンクたちに付き合う義理もねえです」
「…………オタンコ、逃げるなら……今の内だぞ……」
「う、ううぅうぅうぅ……みんなの裏切り者ー!!」
「やあ、元はと言えば彼女たちが一瞬でもこちらについていたのが奇跡みたいなものなんだけどね?」
「大師匠! そして師匠! どうしたらいいですか!? ここまで一緒に頑張って来たのに私ラグナちゃんたちと戦いたくありません!!」
「だったら君はノアの言う通り回れ右して逃げればいいさ、僕は残るけどね」
「いやあ、私としてはライカにも一度避難してほしいんだけどね。 いても邪魔だよ君は」
「煌帝、戦闘準備を。 防御と回復はわたくしにお任せください」
「うわー! 全員好戦的すぎます!!」
どうしようどうしよう、師匠も大師匠も戦闘狂が過ぎる。 止めなきゃいけないのに、止めたいのに何にも思いつかない。
考えろ私考えろ。 ラグナちゃんたちは神様の命令に従っているだけで、矛盾していることに苦しんでいる。
本人たちも口ぶりからして辞めたいんだ、そうでなくちゃわざわざこんな話を教えてくれない。 だけどどうやって止めたらいいんだろう? それこそこの世界が無くならなくちゃ……
「…………あーーーーー!!!!! そうだ、そうしましょう!!!」
「うるせえっすね!?」
「もはや一種の音響の兵器なのですよ」
「なんだバカピンク! また妙なこと思いついたってんならただじゃ済まさねえ……」
「ラグナちゃん、みんな! 私と一緒に日本へ行きましょう!!」
「「「「「「「…………は?」」」」」」」
その場にいた私以外の全員が声をそろえた。
だけどそんなの気にしない、気にしていられない。 それほどまでに私は興奮していた。
「うーん4人……いやテオちゃんも含めて5人かな? 師匠と大師匠も来るなら7人、なんとかなると思います! 何とかならなくても何とかするので、一緒に日本で暮らしましょうよ!」
「…………な、何言ってんだテメェ……?」
「日本には神様もいっぱいいます、神様を殺した人なんて誰もいません。 そもそも世界が違うんだから、使命とか役割とか気にしなくていいはずです!」
「いや、さすがにそれは暴論じゃないかモモ君……?」
「細かいことはいいんですよ! 私はみんなに苦しいことを辞める理由をあげます!」
ハンマーを構えるラグナちゃんに掌を差し出す。 殴るためじゃなく、掴んでもらうために。
彼女たちだって戦いたくはないはずだ、だってみんな姉妹思いで良い子たちなんだから。
「……で、できるかよそんな真似!! オレたちがこの世界でどれだけ……」
「許します、私が勝手に代表してみんなの悪事を許します。 この世界の罪は、異世界じゃ関係ないんです」
「それは傲慢なのですよ、お前……」
「きっと神様だって許してくれますよ、そもそも神様が変な命令を出したのが悪いんです。 そうです、親の責任ですよこれは! だから一緒に逃げちゃいましょう」
「逃げる……オレが……? もう、終わっていいのか……?」
ふらふらと、光に釣られるようにラグナちゃんの手が伸びる。
大丈夫だ、きっと救いはある。 私たちがこっちの世界に迷い込んできたように、こっちから元の世界へ戻る方法も絶対にある。
だからこんなひどい真似は止めて一緒に帰ろう。 私が責任をもってみんなの面倒を見るから―――――
「――――認めないわよ、そんな真似えぇ!!!」