死する神に祈らば死せよ ①
「―――――うぎゃああああああああ!!!?!?」
殺風景な山の景色がビュンビュン入れ替わっていく、風圧で目が痛くなってきた。
師匠の魔術で飛ばしてもらったときはこんなに息苦しくはなかった、今更だけどかなり気を使ってくれたんだと感謝の念さえ湧いてきた。
拝啓、お母さん。 私は今、ラグナちゃんのハンマーでホームランされてお山の上を飛んでおります。
「おうおう、まだ叫ぶ元気があるなら大丈夫そうだな。 あと5~6回はいけるな」
「ラグナちゃん! 飛ばした私に追いつけるなら人のことハンマーで叩く必要ないんじゃないですか!?」
「あーちょっと風が強くてよく聞こえねえや、あはは」
「うわー! 今まで一番楽しそうな顔!!」
「ははは、全力で走るには背負える重量にも限度があるものさ。 大弟子ちゃんを背負うと大幅に速度が落ちてしまう、だから君は飛ばしてしまった方が楽というわけさ」
「なるほどー、大師匠は頭がいいですね! それはそれとして当たり前のように並んで走ってるのもさすがです!!」
「受け入れるなモモ君、君はこうなるんじゃないぞ絶対に」
「ははは、喋ってるぞ舌を噛むぞライカ」
「やっぱり化け物っすよこの人ー……」
涼しい顔をしている大師匠はというと、師匠やペストちゃんウォーちゃんノアちゃんを全員背負ったうえでラグナちゃんと互角の走りを見せている。
しかも4人分の体重だけじゃなく、私たちが持ち込んだ旅の荷物もまとめて全部背負っている。
ラグナちゃんも(私をかっ飛ばすための)ハンマーは背負っているけど、総重量は大師匠とは比べ物にならないはずだ。
「チッ、オレに張り合う気かよお前はよぉ」
「やあ、別にそんなつもりはないんだけどな。 重い荷物はか弱い乙女よりきちんとした大人が持つべきだろう?」
「おいペストォ! お前はオレに乗れ、ちったぁバーベル代わりにゃなるだろ!」
「意地の張り合いに自分を巻き込まないでほしいっす!」
「その短気は治すべきだと常日頃言っているのですよ、ラグナ」
「末っ子をいじめるんじゃない、ラグナ……お前は血の気が、多すぎる……」
「いや、今のはこちらのサディスティック飲んだくれが悪い。 見た目は大人だが中身は子供同然なんだ、許してくれ」
「おっと突然背中から愛弟子に刺されたぞ、お師匠ちゃん悲しい泣いちゃう」
「ははは、ほざけ」
「さすが師匠と大師匠、仲が良いですね! ウォーちゃんたちも息ピッタリです!」
「はっ、別に仲良くはねえのですよ。 とくにこいつとは」
毒づくウォーちゃんはどこからか取り出したミニスコップの柄で大師匠の頭をぺしぺし叩く。
さすがにダメージはまったくないようだけど2人の間に流れる空気はなんだか険悪だ、何があったんだろうか。
「心配しなくてもいいよ大弟子ちゃん、私と彼女の間柄は殺し殺された仲というだけさ。 私が殺された側」
「私が殺した側なのですよ、およそ1000年ほど前に」
「へー、殺し殺され……被害者と加害者ってことですか!?」
「そうだ、その話は僕も問いただしたかったぞ」
「やあ、弟子に聞かせて気分がいい話じゃないから握りつぶしたかったんだけどね。 そんなに師匠の失敗談が聞きたいのかい?」
「言わねえなら私が話すのですよ、理由は単純にこいつの存在が我々にとって不都合だったからなのです」
「不都合?」
たしかに大師匠はとっても強くてテオちゃんからも、個人的な恨みを買って嫌われている。
だけどなぜかラグナちゃんたちからも同じくらい嫌われているのだ、考えてみれば私はその理由を知らなかった。
不都合。 恨みとか怒りではなくウォーちゃんたちの都合で失われた大師匠の命、いったい大師匠は何をしてしまったのだろう。
「こいつは知ってはいけない領域まで知ろうとした、だから私が口封じしたのですよ。 まさかこんな形で蘇っているとは思わなかったのですが」
「それでも山に隠れてコソコソ幽霊生活してたんだ、君たちの活動を脅かさなかったことに感謝してほしいね」
「それで大師匠はウォーちゃんたちの何を知って、その……殺されちゃったんですか? スリーサイズとか?」
「その場合私は微塵も残さず消されてると思うなあ」
「ふん、教えてやらねえのです。 どうせもうじきわかることなのですよ」
「ラグナ……今は、何mぐらい登った……?」
「オレの肌感覚じゃ3000m超えたな、空気が薄くなってきた」
「えぇ、そういえばなんだか頭がガンガン痛むような……」
「あとで聖女に診てもらえ、彼女も煌帝に乗って追いかけてきているからな。 後ろから湯水のように放出される魔力の気配を感じる」
「すっごいロケットブースターで追いかけてきてるっすよ。 あのゴーレムどっかで見たことあるっすけどなんなんすか?」
「その正体もすぐにわかるだろ。 言ってる間にそろそろ目的地だぜ」
話しながらもラグナちゃんに何度かかっ飛ばされ、ようやくたどり着いたお山の中腹。
地面の傾斜は気をつけていないと滑り落ちそうなほどきつくなり、吐いた息が白くなるほど周りの気温も低くなっている。
何より空気が薄い、恐怖のホームランに疲れてぜーぜー息をしてもぜんぜん楽にならない。 常に全力ダッシュした後ぐらいの息苦しさだ。
「やあ、ここまで登るのも久しぶりだね。 幽霊になってからいつか頂上まで登ろうとダラダラしてたら1000年も過ぎてしまったよ」
「……なにもないな、場所を間違えていないか?」
師匠と一緒に私を周囲を見渡すが、本当に何もない。
粉みたいに細かい砂とその下から風でむき出しになった岩肌、時おりかすかに積もった雪を含めて一面真っ白だ。
生き物どころか植物の気配すらない、どこもかしこも真っ白すぎるから反射する日の光で目がチカチカしてきた。
「オレがこの場所を間違えるかよ、ちょっと待ってろ……あったあった」
ラグナちゃんは辺りの地面をガンガン蹴り出したかと思うと、おもむろに振り回したハンマーで地面を思い切り叩く。
するとガコォンと重い金属音が鳴り響き、地面の一部にぽっかりと大きな穴が開いた。
「よし、着いてこい――――お前たちに神の死骸を拝ませてやるよ」