百瀬 かぐやという怪物 ④
「あ、あたたたた……ぶ、無事ですか2人とも……?」
「オメーのせいでだいぶ無事じゃねえです……」
「なんなのこいつ……本当なんなの……」
「やあ、満身創痍だね流星の子。 そのまま大人しくしてくれると助かるのだけど」
きりもみ回転で落下した私たちの顔を大師匠がのぞき込む
その後ろには大五郎の背中に乗った呆れ顔の師匠も控えていた。 おかしいな、こんなに頑張ったから誉めてもらえる予定だったのに。
「お前……まさか、ユウリ・リン!? ここであったが1000年目!!」
「おっといいのかな、こちらには人質もいるんだぞ。 君の強力すぎる力でちゃんと加減ができるのかい?」
「ウワーッ!? やめてほしいっすテオ姉ちゃん!」
「くっ、卑怯な……!!」
テオちゃんは今にも大師匠に食って掛かりそうな勢いだけど、おネコ様抱っこで持ち上げられたペストちゃんを盾にされて拳を収める。
ラグナちゃんはとっくにハンマーを引っ込めているし、ウォーちゃんも完全に戦意を引っ込めている。
あとはテオちゃんさえ説得できれば、災厄の姉妹たちとは全員話し合いができる。
「流星の子、私たちと対話するつもりはないかな? 私はともかくとして、そこの大弟子ちゃんだ君たちとの和解を望んでいるんだ」
「冗談、いまさら人間と話し合いができるとでも?」
「モモ君は話し合いができない理由を知らない。 そして知らないままでは納得できないと駄々をこねているんだ、君が強情な態度を取るなら彼女もまた強情に迫り続けるぞ」
「そうです! ずっとテオちゃんの羽にしがみついてますよ私は!」
「くっ、バカらしいけど案外無視できないほど鬱陶しい……!!」
「諦めろよテオ、そのバカは言って聞くほど利口じゃねえよ。 一度食らいついたら死ぬまで離さねえぞ」
「オタンコは……オタンコだからな……ふっ」
「なんでノア姉ちゃんは後方から理解者面して笑ってんすか?」
「あ、あんたら……災厄としてのプライドはないわけ!?」
テオちゃんもすごんで見せるけど、妹たちに囲まれて私に背中から抱きつかれたこの状況では姉の威厳も形無しだ。
オマケに目の前には大師匠もいるし、こっそりロッシュさんも背中に控えている。 ここからテオちゃんが隕石を落としても安心できる面子だ。
「一応オレたちにも情がある、無駄死にはさせたくねえ。 お前も志半ばでくたばるのはごめんだろ、テオ?」
「っ…………まさか、こいつらに教えるつもり?」
「渡来人と死人とバベルの肉体だ、聖女も一匹ついてくるが別に問題はねえだろ」
「問題大ありよ、こいつはユウリ・リンよ! それに知ったところで無駄よ無駄、こいつらにできることはないわ!」
「だが……オタンコは何も知らないままでは納得できないと、駄々をこねている……」
「一回いうこと聞くしかねえっすよテオ姉ちゃん、自分らが圧倒的不利っす」
「ぐ、ぬ、ぬ、ぬ……!! 認めない……認めないわよそんなのー!!」
「テオちゃ……あいってー!?」
怒りに震えるテオちゃんは顔を真っ赤にして背中に生やした翼を引っ込める、当然それに抱き着いていた私は地面に投げ出される。
ついでに尻もちをついた私の頭がテオちゃんにペシコーンと叩かれた、理不尽。
「わかったわ、あんたらは好きにすればいい! だけど私は認めない、そこのダメピンクと同行なんて死んでもごめんよ!」
「ダメピンク!?」
「やあ、それなら私も少々殺生に手を染めなければならないな」
「別にこの場であんたらをどうのこうのしようってつもりはないわ。 上で待っててやるから、覚悟があるなら登ってきなさい!!」
「テオちゃ……へぶっ!?」
テオちゃんはひっこめた翼の代わりに尻尾を生やしたかと思うと、鞭のようにしならせて地面を薙ぎ払う。
巻きあがった砂埃は一瞬で彼女の姿を隠し、目隠しが晴れたころにはテオちゃんの姿は跡形もなくなっていた。
あと地面を薙ぎ払うときついでのように尻尾でビンタされた、理不尽。
「ったく、テオのやつもひねくれてんな。 どうせ上で待ってんなら結果は一緒だろ」
「姉妹そっくりっすね、姉御と一緒っすよ」
「あ゛?」
「ッスゥー……ナンデモナイッス……」
「ふむ、逃がしてしまったかな。 元気が有り余っているね、思春期かな?」
「おい、何をやってるんだ。 僕の目はごまかせないぞ、わざと逃がしただろう」
「やあ、なんのことだかわからないな。 私は万が一に備えて君たちを守るだけで精いっぱいだったよ」
「ははは面白いジョークだな、幽体でも酩酊するのか?」
「もー、ケンカしないでください。 こうなったらしょうがないです、私たちも上を目指しましょう」
たしかに彼女は言った、「待っている」と。 この山の上にある“なにか”を見せるために。
ラグナちゃんたちとの会話からしてとても大事なものだとは思うけど、いったい何を隠しているんだろうか。
私たち人間を絶対に許さないと断言するほどの何か……想像ができない。 とても気になる。
「ラグナ、お前本当にアレをこいつらに見せるつもりなのですか?」
「ああ、ここまで来たならもう引き下がらねえよ。 しかも厄介なことに人の形をしたバケモノまで味方に引き入れやがったからな」
「おやおや、言われてるよライカ。 まったく私の弟子を刺してこともあろうに化け物なんてひどい子たちだ」
「運が良かったな、体が万全ならグーが出ていたぞ」
「そうか、なら私はこれ以上何も言わねえのです……けど、大丈夫なのです?」
「ウォーちゃん? 大丈夫ってなんのことですか?」
「オタンコ、我々の目的地はおよそ4000m上だ……そんな距離を、悠長に歩いて登るとでも思ったか……?」
「えっ、じゃあどうするんですか? 飛ぶ……にしてもテオちゃんはいないわけですし」
「アッハッハ。 そうだな、これから飛ぶことにはなるな」
からからと気持ちよく笑いながら、ラグナちゃんは手に持った巨大ハンマーをブオンブオンと振るう。
そのフォームはまるで野球……いや、ゴルフのスイングによく似ている。
…………なんでだろう、とてつもないイヤな予感が私の背中をゾゾゾと走っていった。