百瀬 かぐやという怪物 ②
「――――がふっ!!」
ウォーちゃんの身体がくの字に折れて吹っ飛ぶ、生身の人体が出しちゃいけない速度で。
そのまま山の彼方へ吹っ飛ぶところだったウォーちゃんは、地面にシャベルを突き立てることで何とか停止する。
ただし立ち上がる力は残ってないのか、突き立てたシャベルにもたれかかって苦しそうな呼吸を繰り返している。
「さすがだね、私の物理的説法を食らって原形を保っているとは。 じゃあもう一発……」
「わーわーわー! 待って、ストップです幽利さん! もしくは大師匠!!」
「やあ、大師匠という呼び方が気に入ったから止まろう。 でも止めるんだい大弟子ちゃん?」
「うわー、ちゃんと弟子って呼ばれて感激です! あと殺生はダメだと思います!!」
「うーん、正論。 そしてこんな世界で旅をしてきたとは思えないほどなまっちょろい考えだ、ここまで俗世に染まらないことあるのかい?」
「ゲホッ……そいつはただの、アホピンクなのですよ……」
ウォーちゃんも無傷とはほど遠いダメージなのに、それでも私のことになると口を挟んでくるのはなぜだろう。
さては私のことが大好きだな? 私もウォーちゃんたちのことは好きだから両思いだ。
「ふっ、照れちゃいますね……」
「はっ? なのです」
「うーん、これは大物だ。 さすが我が弟子の弟子ちゃん、だけどここで彼女は見逃せないかな」
幽利さんは拳をギュっと固めると、迷いない足取りでゆっくりとウォーちゃんとの距離を詰めていく。
武器は持っていない、師匠のような魔術も使っていない。 それでもあの拳で殴られるとウォーちゃんは死んでしまうと確信できた。
「ごめんね、私は一度彼女に殺されてるし今回はライカにまで手を掛けようとした。 だから殺す、君も殺される覚悟ぐらいはあっただろう?」
「……もちろん、そこまで人類を舐めてはいないのですよ」
「だ、ダメです! ウォーちゃんももう誰も殺さないと約束できませんか!?」
「できるわけねえのです、アホなのですかお前は。 いやアホだったのです」
「じゃあ私を代わりに殴ってください!!」
「「「はっ?」」」
「ウォーちゃん、ちょっと師匠預かっててください!」
「はっ?」
「よし、さあバチコーンとどうぞ!!」
「うーん、想像以上にすごい子だ。 じゃあ遠慮なく、えいっと」
「へぶちっ!!!」
困ったように笑いながらも幽利さんのビンタは容赦なかった、一瞬首がもげたかと思った。
頭はグワングワンするし目の前には星がグルングルンしているけど、意識はある。 生きてるって素晴らしい。
「うごごごご……あ、ありごとうございますウォーちゃん……」
「えっ、あ、うん。 か、返す、のです?」
「マジかモモ君」
「いや本当すごいなこの子、この場の空気全部持って行ったよ」
ウォーちゃんに預かってもらった師匠を返してもらい、再度背中に背負いなおす。
よかった、師匠は無事だ。 いや怪我の具合からすると無事ではないけど、生きているだけで花丸100点なのでOKだ。
「あのぅ、そういうわけで今回はこれでウォーちゃんを見逃すことはできませんか……?」
「はて、君が私に殴られることと戦争の子を見逃すことに何の因果関係があるのかな?」
「師匠が殺されかけたのは私にも責任があります、もっと早く駆け付ければ何も問題はありませんでした!」
「うぬぼれるななのです、お前がいたところで結果は変わらないのですよ」
「でもたった今師匠のことを見逃してくれたじゃないですか」
「…………いや、さすがにあそこで殺すのはなんかアレじゃねえですか?」
「一理あるね」
だとしてもウォーちゃんは師匠を殺すことを躊躇った、そしてそれを大師匠は納得できると言った。
なら私たちは同じ考えを持てる生き物同士だ、殺し合いなんて物騒な話を持ち出すのはまだまだ早い。
「だが理由が分からないな、どうして君はそこまで彼女たちの味方をする? 君も危険性自体は認識しているんだろう?」
「はい、何度も殺されかけました! だけどそれは私がウォーちゃんと殺し合う理由にはなりません!」
「…………うん、そうか。 やあ、とてもいい弟子を持ったじゃないかライカ」
「どこが……?」
「あと、師匠がこんなに慕っている人に人殺しをしてほしくないです。 私のワガママです!」
「はっ? 聞き捨てならないぞモモ君、誰が誰を慕っていると?」
「師匠が! 大師匠をです!!」
「こいつ無敵なのですか……?」
たしかに私はウォーちゃんにもラグナちゃんにもテオちゃんにも幽霊船にも伝染病にも殺されかけたことがあるけど、それだけだ。
話し合いの末に殴られたり蹴られたりするだけなら、もっと私が頑張ればいい。 幸いにも私にはそれができるだけの力を与えられたんだから。
おかげでラグナちゃんたちとは和解できた……うん、和解と言っていいと思う。 だからこそ師匠をこの山に連れてきたんだ。
「……ふふ、あっはっはっはっはっは! なるほどこれはすごいな、素直に尊敬する! 私も色々な人間を見てきたけど君のような人は初めてだよ、大弟子ちゃん」
「よくわからないですけどありがとうございます! それでその、見逃してもらえたりは……」
「うん、大笑いできたから私が殺された分はチャラにしようかな。 けど君の方はどうする?」
「ふん、ここで引き下がらなければそれこそ正当防衛を主張して殺られるだけなのです。 やっぱりそこのアホピンクがいると調子が狂うのです……」
「ありがとうございます!」
「誉めてねえです! ここは大人しく引いてやるのです、次に会ったらただじゃおかねえのでさっさと下山するがいいですよ! 特にそこのピンク!!」
怒ったウォーちゃんは杖代わりに寄りかかっていたシャベルで地面を引っかき、砂埃を派手に巻きあげる。
もくもく沸き立つ煙は一瞬で視界を遮ってウォーちゃんの姿を隠す、きっと煙が晴れた時にはもうウォーちゃんの姿はそこには……
「あっ、ちょっと待ってくださいそれは困ります」
「えっ」
ここで逃げられると困るので、土煙を空に向けたパンチの風圧で吹き飛ばしてからウォーちゃんの腕を掴む。
私たちもここで撤退するわけにはいかないので、また再開したときに物騒なことをされるのは困る。 ここはみんなを集めていっぺんに問題を解決したい。
「ウォーちゃんも一緒に来てください、テオちゃんを説得します! 大師匠も力を貸してくれると大変助かるのですが!」
「は、離すのです!? はーなーすーのーでーすー!!」
「うーん、大弟子の頼みじゃ断れないな。 しかし案外容赦がないな君は、ライカもよくあの子をコントロールできるね」
「全く制御できてないが?」
「それはそれは……心中お察しするよ」
なんだか後ろで師匠たちが私を通して心が通じ合っている気がする、まあ仲良くなるのは良いことだ。
この調子でテオちゃんとも話し合いができればいいのだけども……ラグナちゃんたちは無事だろうか?




