いざアルデバラン ①
「どういうことだ、君の技量でも難しいのか? 二度と治らないのか?」
「や、やっぱり異世界でも腐っちゃった腕は治らないものなんですね……」
「まあまあ、落ち着きましょう。 ここでは治せないだけです」
「……ここでは?」
聖女の言葉を反芻し、頭に昇りかけていた血がすっと降りてくる。
この場所では治せない、つまり設備が整った場所でならモモ君の腕を治療することができるのか。
『むしろこの程度で止まっているとは運が良い、最悪被害広がる前に斬り落とす必要もあったでござるよ』
「ひ、ひえぇ……」
「これもまた神の恩寵あっての幸運でしょう、ともあれ腐敗の具合が酷いのでひとまずこの程度が限界です」
ロッシュが祈り、モモ君の腕を優しくなでる。
すると、掌が触れた端から腐敗した部分がはじめからなかったかのように消えていく。
見た目だけなら完璧に治ったようにも見えるが……
「百瀬さん、手をこう……グーパーしてみてください」
「……う、腕に力が入らないです……!」
モモ君が眉間にしわを寄せるほどに力むが、彼女の腕は震えて十分な力が伝わっていない。
「まず壊疽した患部を回復しました、ただしまだ完全に治したわけではありません」
「なぜだ、一息に治すことは出来ないのか?」
「これ以上大きく肉体を再構成すると完璧な復元が難しいからです、ある程度は自然治癒に任せてその流れに合わせて治癒を与える方針がよろしいかと」
「なるほどぉ、なるはやでシクヨロすると出来が悪くなるって事ですね!」
「君の言葉はたまによく分からない時があるな……まあ大体は理解できたが」
聖女の魔法が強力だろうと、重傷を瞬時に治すと後遺症が残ってしまうということか。
難儀なものだ、しかし余計な瑕疵を残さずに治せるならそれに越したことはない。
「ふふ、ご理解頂けて何よりです。 それでは行きましょうか」
「行きましょうかって……どこにです?」
「もちろん我々の本拠地、アルデバランです」
――――――――…………
――――……
――…
「以上が事の顛末だ、僕らは誠に不本意ながらアルデバランへ向かう事になる」
「……ちょっと情報を整理する時間をくれるかい?」
ギルドへ戻り、一通りの報告を終えるとステラは酷く疲れた顔でこめかみを抑えてしまった。
エルナトにやってきてまだ2~3日だというのに、オーカス信者を討伐してアルデバランの聖女と共に凱旋。 こんな話を聞かせられては頭痛も酷くなるというものだ。
「ちなみに孤児院の子供たちは……」
「ああ、しばらくはギルドで面倒を見るよ。 オーカス信者が育てた子だ、慎重に経過を見る必要はあるがね」
「そうかい、まとめて火あぶりにしないとは優しいな」
「ギルドはそこまで鬼じゃないよ……?」
危険分子なのは変わりないが、おそらくあの子たちはミーティアの隠れ蓑にされていただけに過ぎない。
ミーティアに毒されていたのなら、操り人形として使役する必要もない。 モモ君だってもっと戦いにくかったはずだ。
「はぁ、とにかく後処理についてはこっちに任せな。 それよりアルデバランに向かうってのはどういうことだい?」
「モモ君の治療に必要でね、オーカスの不浄を取り除くため継続的に聖女様の魔法をかけなければならない」
「なるほど、いつまでもこの街に滞在してもらうわけには行かないからね。 あんたたちもついて行くって訳か。 いつ出発する気だい?」
「今から出る」
「今から!?」
自分の手荷物はほとんどない、宿に戻ってモモ君の荷物を回収すればそのまま旅立てる。
オーカス事件が解決した以上、あの聖女も長居する理由がない。 あとはいつでも出発できる状況だ。
「はぁー……正直な話をするとね、あんたらを逃がしたくはない」
「買いかぶりだ、二つ星の冒険者だぞ?」
「ああ、それだけど三つ星に昇格されてるよ。 アルデバランのギルドに話通しておくから手続しときな」
「なんだそれ、聞いてないぞ」
「今話したからね、この短期間で三つ星まで上がるなんてそうそう無いよ。 惜しいねえ……」
テーブルの紅茶を一口含み、ステラはこれ見よがしに大きなため息を零す。
冗談という訳ではなさそうだ、ギルドはずいぶん僕らを買ってくれているらしい。
「ただ出る杭は打たれやすいからね、向こう行っても気を付けるんだよ。 いいね?」
「なんだ、引き留めるわけじゃないんだな」
「相方の子が大変なんだろ? しっかり治してきな、戻る戻らないはその後決めたらいいさ!」
「相方ではないけどね、とはいえ後腐れないのはありがたい。 そろそろ行くよ」
「ああ、いってらっしゃい。 ところでアルデバランまでは結構遠いけど、馬車でも使うのかい?」
「それがね、なんでも空飛ぶ船を使うらしい」
――――――――…………
――――……
――…
「報告は終わったぞ、事後処理は向こうで片付けてくれるらしい」
「あっ、師匠おかえりなさいー。 飛べるのって便利そうですね」
「魔力効率はそこまで良いもんじゃないぞ、船の支度は出来ているのか?」
エルナトから少し離れた平野、殺風景でなにもない場所だが、今だけはちょっとした人だかりができている。
よくもまあ物見遊山の野次馬たちが集まるものだ、皆暇なんだろうか。
『はいはいこの線よりこっち側は入っちゃ駄目でござるよ、見物料はそちらのカゴに入れて』
「お金取るんですね」
「それだけ珍しいんだろ、この飛行艇とやらは」
平野のど真ん中に堂々と佇んでいるのは、楕円形をした気球の上部に船を括りつけたような奇妙な乗り物だった。
なんでも魔導式飛行艇という代物、わざわざ聖女様のお付き部隊が用意した特注の乗り物とのことだ。
「すごいですよねー、飛行船みたいです! 私が知ってるデザインとちょっと違いますけど」
「動力からして違うだろうな、なるほど魔導学とはこういうものか」
外観からはざっくりとした魔力の流れしか分からないが、それでもどうやって空を飛ぶのかはなんとなくわかる。
ぜひとも中身を拝見して1から10まで分解してみたいものだ、おそらく魔術とも魔法とも違う法則で動いている。
「……師匠、なんか悪い顔してますよ」
「おっと失礼、それじゃそろそろ乗り込もうか。 君の腕を治すためにな」
アルデバラン、不本意ながら乗り込む事になってしまった聖女の本拠地。
さて、踏み込んで出てくるのは一体どんなゲテモノか。
……少なくとも、楽な船旅にはなる気はまったくしない。




