百瀬 かぐやという怪物 ①
「……ありえんのです、1000年も過ぎたというのに。 幽体としての個を保っているとでも?」
「やあ、君の目の前に存在するものこそ事実じゃないかな? 久しぶりだね、戦争の子」
忘れるわけがない、間違えるわけがない。
何度も見た背中だ。
何度も届かなかった背中だ。
何度も守られてきたあの背中だ。
僕の才能では髪の毛の先ほどにも届かず、1000年という邪法を使ってもまるで追いついた気がしなかった怪物の背中だ。
粗野でぶっきらぼうで向こう見ずで酔っ払いで喧嘩っ早いくせに、決して僕を突き離さなかったあの背中に、また守られるのか。
また何もできずに、彼女の死を見届けるしかないのか。
「さて、生きているかな私の愛弟子? 今だけは君の憎まれ口すら愛おしいよ」
「……ずいぶん都合が良いところに現れるじゃないか、僕が殺される寸前まで待っていたか?」
「あはは、手厳しいなあ。 お得意の小言はあとにしてくれよ、私は今から彼女と逢瀬の約束がある」
「鳥肌が立つ冗談は止めるのです、殺すのですよ」
「わあ手厳しい」
「ふん。 けどその軽口は偽物とは思えねえです、何者なのですかお前」
「何者も何も、見ての通り私はただの人間。 君に殺された幽利 凛その人だよ」
「…………は?」
ウォーにやられたせいで耳がおかしくなったのかと思いたかった、今こいつは何と言った?
ウォーの手で殺されただと? 1000年前に? そんなはずが――――どうやって――――? 1000年の死因は――――銃で撃たれて――――……
……銃は、紛うことなき「兵器」じゃないか。
「ふん、お前を撃ち抜くのは苦労したのですよ。 かつての人類史より一歩先の武装を使わなければならなかったのです」
「いやあさすがにあれは痛かったよ、今日も持ってきているのかな?」
「あいにくとアレは魔導に触れ始めた今の人類ではそこまで普及していないので、今日はこちらで相手するのです」
そういいながらウォーが自らの袖に手を突っ込むと、そこから明らかに袖の隙間を超えた大きさの武器を引き抜く。
取っ手がついた棒の先端に取り付けられた鋭い金属の板。 体重をかけて足場と土を掘るためにへこんだ金属板の形状は、これまでの旅路でもちらほら見かけることがある品物だ。
「……うん、スコップだね」
「シャベルなのです、二度と間違えるな。 ただ土いじりに使う道具と思うななのですよ」
「なるほど、たしかに鋭利な先端は脅威だ。 体重をかけて振り下ろせば骨ごと肉を断てるかもしれない、耐久性も折り紙つきだろう。 すなわちそれは――――」
「――――“兵器である”」
まるで打ち合わせしていたような淀みないやり取りを終えた瞬間、両者は激突する。
ウォーが兵器と宣言したシャベルの一撃は重く、余波だけで地面に大きな斬撃痕が刻まれる。
僕が直撃すれば間違いなく真っ二つ、モモ君ですら正面から受け止めればただでは済むまい。 ……だが、そんな常識など踏み潰していくからユウリ・リンはユウリ・リンなのだ。
「――――うん、痛いな。 腕がしびれたのは久々だ」
「っ……相変わらず化け物なのです」
全力で振り下ろされたシャベルに対し、彼女は片手で受け止めた。
指一本で止められたラグナのハンマーに比べれば恐るべき進歩に違いない、それでもまだ片腕なのだ。
ただでたらめな量の魔力を固めただけの雑な防御を誰も崩せなかった、つくづく1000年前になぜ死んだのか今でもわからない。
「だが、痛みがあるなら効いている証拠……今度こそその幽体ごと確実に息の根を止めてやるのです!」
「息はとっくに止まっているんだけどな、骨ももうとっくに風化してるんじゃないかな? そこらへんどうかなライカ、私の遺体は火葬してくれた?」
「いいから前を見ろ、油断できる相手じゃないぞ……!」
「そうなのですよ、いくらお前が強くてもそこのお荷物が弱点になるのです」
一度鍔迫り合いの状態から距離を取り直したウォーは、振りかぶったシャベルを再び全力で振り下ろす。
距離を取った以上、その短いリーチでは当然攻撃は届かない。 だが空を切り裂いた斬撃はそのまま地面を抉りながらこちら目掛けて飛んでくる。
「やあ、下手な風魔術より見事なカマイタチじゃないか。 そこらの魔術師が泣いて逃げ出すぞ」
「ではお前も逃げればよろしいのです」
「うーん……それはできないな、残念ながら」
魔力も伴わず、目に見えない斬撃はたしかに脅威だが、それでも彼女なら回避も迎撃も余裕……そのはずだった。
だが彼女は身を守ることもせず、ただ両腕をだらりと垂らしたままに真正面から斬撃を受け止めたのだ。
「……!? おい、何してる!」
「やあ、心配しないでくれライカ。 君のお師匠様はこの程度で倒れるほど柔じゃないさ」
だとしてもだ、無防備なまま攻撃を受けて無傷とはいかない。
なぜ避けなかった? されるがままに斬撃を受ける意味が分からない、何か理由があるとしたら……
「……僕のせい、か……?」
「ふん、気づくのがおせえのです。 まあ、こちらとしてはお前がいてくれて助かったのです」
もしも今の斬撃を避けていたら、間違いなく僕に直撃した軌道だった。
この思うように動かない身体が彼女の足を引っ張っているのだ。 ユウリ・リンは不出来な弟子をその身体でかばっている。
「見捨てろなんて言うなよ? 私がここにいるのは君がいるからさ、可愛い弟子を見殺しにしちゃ意味がない」
「泣ける師弟愛なのですよ、こちらも全力で悪用させてもらうのです。 もしこちらの攻撃を防ぐそぶりを見せればお前の弟子の命はないと思うのです」
「うーん、悪い子だ。 参ったな、考え無しに飛び出したのが全部裏目に出ちゃった」
何をやっているんだ、完全に足手まといじゃないか。
舌を噛み千切ってしまいたくなる衝動を唇を噛んで堪える。 自害しても意味はない、それはユウリ・リンの勝利条件ではないからだ。
ならばどうする? ここでただ彼女が嬲られる様を見ていることしかできないのか? また彼女の死ぬ様を見届けろとでもいうのか?
「さて、人質を取っても近づくのは危険なのです。 苦しませて申し訳ないのですが、この安全圏からズタズタに切り裂いてやるのですよ」
「やあ、敵である私を気にかけてくれるなんて優しいね君は。 だけど一つ忘れてないかい?」
「……なに?」
「この山にいるのは君と私たち、3人だけじゃないという事さ。 そんなに距離を離して間に合うのかな」
「―――――師匠おおおおおおおおおお!!!!」
張りつめた空気を突いて砕くバカの声が、僕の身体を横から掻っ攫った。
勢い余って地面を滑りながら、それでも僕の身体を抱きしめて離さないピンク髪の少女。
何度突き放しても鬱陶しいくらいついて回るバカ弟子は、今日もまた逃げる僕を追いかけてきたのだ。
「師匠! 無事……じゃないですね!? 遅れてごめんなさい、今から全力で守ります!!」
「っ……!! お、おま……お前ぇ!! ピンクお前!!!」
「はっはっは、良い弟子を持ったねえライカ! ……さて、それじゃ形勢逆転と行こうかな?」