幽利 凛という怪物 ①
「はい! はいはいはい! 質問いいですか師匠のお師匠さん!」
「やあ元気が良くて大変結構。 何かな愛しき弟子の弟子君」
「僕が知る限り最悪の組み合わせだ」
「敵ながら同情するっす」
師匠たちが何か言ってるけどよく聞こえない、それぐらい私は幽利さんに興味津々だった。
師匠のお師匠、つまり私にとっての大師匠さん。 師匠の話ではドラゴンを素手で殴り飛ばすこともあったほど豪快な人。
とても気になる、そんな人から見た師匠の話。 今の身体に替わる前の師匠の話が。
「教えてください、昔の師匠って……何歳ぐらいだったんですか!?」
「んー、まあ君よりは年下だったよ。 可愛い男の子だったね」
「僕の余力をすべて振り絞ればギリギリ刺し違えられるか?」
「すでに死んでんだろ」
「あらあら、ここまで取り乱したライカさんも珍しいですね」
「私としては昔を思い出して懐かしいけどね。 しかし昔話に花を咲かせてばかりもいられない、無茶をしたねライカ」
「…………」
幽利さんはへそを曲げた子供のようにそっぽを向いた師匠に一瞬で距離を詰めると、腕に巻かれた包帯を千切り捨てる。
ただでさえ満身創痍の師匠はされるがままで、包帯をまくった下から現れた腕は血の気のない紫色に染まっていた。
「っ……し、師匠! なんですかその腕!?」
「おい、あれってまさか」
「オタンコ……お前、包帯を締めすぎ……」
「いやたぶん違うっすよノア姉たち」
「落ち着きなさい弟子の弟子君、ただ肉が壊死しかけているだけさ。 もはや生命活動を維持するだけで精いっぱいなんだろう、よくもまあここまで涼しい顔で耐えられたものだ」
幽利さんは師匠の腕をひどく冷静に観察しながら、温めるようにその肌を撫でる。
ときにはくすぐったり、つねったりしているけど師匠は無反応だ。 もう感覚はほとんど残ってないのかもしれない。
「ふん、誰かさんのおかげで不条理に耐えることも慣れてしまったんだよ」
「なんだって? おいおい私の可愛い弟子にひどい仕打ちをしてくれたやつがいたものだ、いったいどこの誰それにやられたんだい?」
「ははは鏡を見てみろよ真犯人の太々しい面が写ってるぞボケがよぉ」
「おっとちょっと素が出てきたじゃないか、やっぱり無理してキャラを作ってたんだね」
「そ、それより幽利さん! この師匠の腕って治せるんですか!?」
「そもそも治すどうこうの段階じゃないよ、今のライカはこれで全快なんだ。 魂に亀裂が入って生命力が漏れ出しているからね、体力の上限値そのものが減っていると言えばいいかな?」
「なら上限値が上がればその分回復する余地があるってことですね!?」
「うん、君は頭が良いね。 とても理解が早い」
「「「「正気か?」」」」
「皆失礼です!!」
なんで私に対する評価だけこんなに息が揃うのか、唯一何も言わないロッシュさんだけが救いだ。
そもそもラグナちゃんたちはともかく、師匠はこんな状態でも口を挟めるなんて実は結構余裕があるのでは?
「さてさて、漫才はそこまでにしておこう。 実は結構予断は許さない状況だ、ライカも強がらずにいたいときは痛いって言っていいんだぞ? 今日は特別に君のお師匠様が添い寝してあげようじゃないか、泣いて喜んでくれてもいいんだよ」
「モモ君、今僕が死んだとしても気にしないでくれ。 おそらく死因は憤死になる」
「お二人とも、そろそろ本題に入らないと百瀬さんがしびれを切らしますよ?」
「おっとっと、閑話休題。 さて死にかけの愛弟子よ、まずは嫌がらずにこれを受け取ってくれ」
幽利さんは師匠の腕を包み込むように両手で握ると、そのまま自分の額に当てて祈るように目を閉じる。
すると二人の身体はうっすらと暖かい光に包まれ、ドス紫に染まった師匠の腕がじんわりと元の色を取り戻していく。
「……テメェ、魔術の師匠じゃなかったのか? なんで魔法が扱えやがる」
「この世界にいくら馴染んだとしても元の世界で育んだ信仰は揺るがないからね。 それにこれは厳密に言えば魔法じゃない、もっと原始的に私が存在する力をライカに流し込んでいるだけさ」
掴んでいた両手を離すと、師匠の肌は健康的な色合いを取り戻していた。
代わりに悠利さんの身体はぼんやりと薄くなり、後ろの景色が透けて見える。 まるで何か大事なものが無くなってしまったみたいに。
「おい……どういうことだ、僕に何をした」
「幽体とはいわばこの世に残存した魂だけの存在さ。 だから君に私の魂を分け与えたのさ、足りないところを埋める金継ぎのように」
「誰がそんなことを頼んだ!!」
師匠は怒りのままに悠利さんへ食って掛かり、彼女の胸ぐらを掴みかかる。
それは今まで見たこともない、割って入ることも躊躇ってしまうほどにむき出しな怒りの表情だった。
「もう一度僕に……俺にあんたを殺せというのか!? また目の前で!!」
「し、ししょ……」
「なに、私という存在はとっくの昔に死んでいるんだ。 ここにあるのはただ個人を模した残像と思えばいい」
「ぶっ殺すぞ……!」
「できるならどうぞ、言ってることが無茶苦茶なことに気づいているかい? ちなみにまだまだ君の中身は脆い状態だ、魔術を使うような無茶は控えた方がいい」
「わぁー!! ストップストップストップ!! 落ち着いてください師匠!!」
一触即発な空気に耐え切れず、勇気を出して師匠と幽利さんの間に割り込む。
体調が治っても非力なのは変わっていない、あれほどの剣幕でも引きはがすのは悲しいくらいあっけなかった。
「ラグナロクの子たちもこの方法を考えていたんだろう? 霊峰の地脈と幽体の力で無理やり魂を補強する、上手くいく保証はほとんどなかっただろうけどね」
「……チッ、その通りだよ。 だが魂の波長が合うやつなんざごく稀だ、それにほとんどの幽体は意識も薄けりゃ魂もミソッカス程度のリソースしか残ってねえ」
「その点私は量も質も一級品だ、このために温存してきたからね。 なに、弟子のためならえんやこらというものさ」
「ふざけるなよ……!」
「ただ完全に定着させるには私の全部を注ぐ必要があるのだけど、本人がこの調子じゃ難しいね。 まあ応急処置はしたんだ、もう少しだけ時間をかけて考えるといい」
すると幽利さんの身体はどんどん透けていき、いつの間にか立ち込めてきた霧と夜闇の中に融けて消えていく。
ただこれは成仏とか消滅するわけじゃなく、一時的に姿を隠すだけだ。 なんとなく消え方からそんな気がした。
「明日の夜まで待つ。 それまで覚悟とお供え物を用意しておいてくれよ、私のたった一人の愛弟子君」