白紙の山 ②
「ラグナちゃん! ストップ、ストッ……!」
「えっ? あっ」
ふらりと飛び出してきた人影は、ラグナちゃんの肩に触れた瞬間、木の葉のように吹き飛ばされた。
師匠たちといっぱいの荷物を背負ったラグナちゃんの重さはいっぱい重い、それがとんでもない速さで突っ込んでくるからとんでもない威力になる。
頭の中を駆け巡るのは日本で何度も見てきた交通事故のニュース、そして私たちの顔写真が乗った朝刊だ。
「あーあ、やっちまったか」
「ら、ら、ら、ラグナちゃん……自首しよう、私も出頭しますから!」
「バカピンク、よく見ろ。 お前はあれが人に見えるか?」
「えっ……あれ? そういえばなんかおかしいような」
呆れ顔のラグナちゃんに促されて吹き飛ばされた人(?)をよく見ると……なんだかおかしい。
ヒラヒラと吹き飛んだ身体はまだ地面に落ちてこない、初めは事故のショックで景色がスローモーションになるようなアレな感じだと思ったけどそういうわけでもない。
木の葉というより空気が抜けた風船、もしくは風で飛ばされたビニール袋みたいだ。 よく見ると身体も半透明に透けている。
「あれは……霊体か? 生命体に衝突できるなら相当霊気が濃い個体じゃないか」
「まあオレが聖気持ってんのもあるけどな、ここじゃあれが普通だぞ。 霊峰が近づいてきた証拠だな」
「つ、つまり人を轢き殺したわけじゃない……?」
「しかしトゥールーとはいえ魔法遣いの聖気に当てられたので、おそらくあのまま成仏するでしょうね」
「ウワーッ! どっちみち同じ!!」
「同じじゃねえだろ、すでに死んでんだからよ」
……言われてみればそうかもしれない、ビニール袋みたいに舞い飛びながらシュワシュワ消滅していく人影に動揺してしまった。
それにしてもラグナちゃんは「ここじゃあれが普通」だなんて言っていたけど、もしかしてこれから先はどんどん幽霊の当たり屋が増えていくんだろうか?
「ラグナちゃんラグナちゃん、そろそろ教えてくださいよ。 白山レイホーってなんなんですか?」
「教えてやるから引っ付くなバカ、ってか“霊峰”って言ってんだから気づけ」
「わかんないです」
「せめて考えるフリぐらいはしてほしいっすね」
「いいか? 霊峰ってのは簡単に言えば聖なる山、神が御座る場所ってことだ。 魔法遣いにとっちゃいい修業の場にもなる」
「ほへー……だから幽霊も一杯集まってくるんですか?」
「ああ、半端に成仏できねえ連中はあの山に集まって自然と消滅するのを待つんだよ。 もしくは今みたいに自分からチャンスを掴みに来る太ぇ輩もいる」
「はた迷惑ですね!?」
つまりさっきの衝突は不運な交通事故ではなく、ラグナちゃんを狙った当たり屋だったということだ。
自分から成仏するために突貫してくるのはなかなかすごい覚悟だけど、当たって砕かれるこちらとしてはなんともいえない。
「しかし聖女ではなくラグナに突撃してくるとは、血の気を多さを看破したのかな。 なかなかお目が高い霊体じゃないか」
「ンだとコラ、あんま褒めんなよ照れるじゃねえか」
「全然褒められてないですよラグナちゃん!」
「それとポコピン、人に注意する前に自分が前方注意した方がいいっすよ。 ここから先は今みたいなやつもどんどん増えてくるはずっす」
「えっ、増えるってどのぐらいですか?」
「トゥールーとアスクレス、それもトップクラスの魔法遣いがそろい踏みだ。 成仏したい連中がわんさか集まって来るだろうな」
「ひ、ひえええぇええええぇえぇぇええぇ!!!」
師匠の言葉通り、私たちが霊峰にたどり着くまで多種多様な幽霊が立ちふさがってきた。
みんな成仏したいだけでとくに害らしい害は与えられてないけど、走っている途中で幽霊が飛び出してくるのは心臓に悪い体験だった。
――――――――…………
――――……
――…
「ふぅー……ふぅー……! や、やっと着いた……!」
「まあまだ麓に触れたくらいだけどな、今日はここまでにしとこうぜ」
「っすね、夜も更けてきたしこれ以上は危険っす」
それからどれぐらいの時間を走っていたか覚えていない、幽霊とラグナちゃんの交通事故に驚き続けていたらもうとっぷり日も沈んでいた。
気づけばたどり着いていた山の足元、どこかひんやり空気は如何にも“出る”感じの雰囲気を漂わせている。
「……なんだここまでくると逆に見かけないですね、幽霊」
「あらかたそこの脳筋が蹴散らしてくれたからな、自我が強い霊体ほど上に登っているんだろう」
「山の上には何があるんですか?」
「さあな、僕も登ったことはないからわからない。 それより飯の支度にしよう、何か食べておかないとここから先はキツいぞ」
「わかってる……ラグナ、火を頼む……ペストは先に手を洗え、オタンコは鍋を引っ張り出せ……」
「はい、すぐに食べましょうそうしましょう! お腹ペコペコですよもー」
走っている最中も干し肉やカチカチのパンは齧っていたけど、あれぐらいじゃ全然食べた気にならない。
やっぱり人間ちゃんと温かい物を食べないとダメだ、黒パンを浸したスープが今はとても恋しい。
「いやー、ノア姉のおかげで水の心配がないのが助かるっすね。 おかげで荷物の嵩もかなり減らせたっす」
「誉めても水しか出せないぞ……ふっ、そうだな……今の私は池の噴水程度の価値しかない……」
「自分で言って自分で勝手に落ち込んでんじゃねえ、ほら食料配るから皿回せ皿!」
ラグナちゃんが金属製のお皿を全員に行き渡らせると、次にペストちゃんが器用に切り分けたお肉やチーズを配っていく。
そうこうしている間にノアちゃんが煮込んだスープからもいい匂いが漂ってきた、姉妹だけあってさすがのコンビネーションだ。
「はい師匠、お代わりもあるからいっぱい食べてくださいね」
「君は少し控えろよ、食糧だって無限にあるわけじゃないからな」
「そういう事でしたらわたくしの分のお肉は結構です、代わりにこの豆のスープを多めにいただければ」
『ンン、ロッシュ殿はもう少し食べた方が健康的だと某思う所存』
『わっふ、わっふん』
「なら肉はオレがもらうわ。 おいペスト、お前三度の飯よりチーズが好きだったよな?」
「初めて聞くっすねぇ!? 自分の肉は渡さないっすよ肉は!」
「2人とも……ケンカするな……スープをこぼすぞ……」
「やあ、おいしそうだね。 私も貰っていいかな?」
「いいですよ、はいどうぞ!」
人数が多いと賑やかで楽しいけどご飯の準備も大変だ、やっと全員に行き渡っ……行き……あれ?
「うん、素朴な味で大変よろしい。 パンを浸すと美味しいんだよねこういうのは、とてもお酒が欲しくなるなお酒が」
「うん……うん?」
ひぃ、ふぅ、みぃ……焚火を囲んだ人数を指折り数えて、9人。 やっぱり1人多い。
あれ? この美人なお姉さん、いったいいつの間に入ってきたんだろう?