白紙の山 ①
「あー……頭いったぁ」
「おはようなのです。 ずいぶん眠っていたのですね、テオ」
暗く冷たい部屋の中で2人分の影がうごめく。
ぼんやりと明かりが灯された部屋に浮かび上がるのは赤と青の二色。 それはラグナたちの姉であり人類の抹殺をもくろむ災厄、テオとウォーの2人だ。
「砂漠の一件でずいぶん力使っちゃったからね、空の修復も時間食っちゃったし……」
「幸いにもノイズはほんの一瞬、人間のほとんどは見ていないか気のせいと思い込むのですよ」
「ほとんどでしょ? ダメなのよ、少しでも懸念の目があるなら摘まなくちゃいけない、ウォーもわかってるはずよ」
「…………」
「私たちは私たちの存在価値を執行する、たとえそれがどんなに歪んでいたとしても。 そのためにも出た芽は潰さなくちゃならない」
「わかっているのですよ、長姉。 我々は人類のために人類を滅ぼし続ける」
「ええ、頼りにしてるわよ。 それでラサルハだっけ? 殲滅に行ったペストたちはそろそろ帰ってきたのかしら」
「それなのですがちょっと面倒なことになったのです」
「なに、トラブル? ラグナも飛んで行ったはずよ、2人がかりでもどうにもならない問題?」
「……例のアホピンクと一緒に現在進行形でこっちに向かっているのです」
「……………………は?」
――――――――…………
――――……
――…
「……ってことで、一番上の姉ちゃんはテオ姉っす、その後ろのウォー姉、ノア姉、ラグナの姐御、最後に自分っす」
「ふーん、あれだけ威張り散らかしてた割にはずいぶん後ろの方なんだな君は?」
「いい度胸だなモドキ、今テメェの生殺与奪はオレが握ってること忘れるなよ」
「ハッハッハ、まさか幼気で無抵抗なケガ人を一方的に嬲り殺すなんて真似を敬虔なトゥールー信者がするわけないよな?」
「おいバカピンク! 向こうにいい滝あるからちょっと滝行していこうぜ滝行! ついでにお前の師匠の腐った性根も多少は洗い流してやるからよォ!!」
「もー、ケンカしないでください2人とも!!」
白山レイホーを目指す最中、師匠とラグナちゃんはずっとこんな調子だ。 ケンカしていない時間の方がずっと短い。
ラグナちゃんも私と並んで全力疾走しているはずなのによく師匠と喋る余裕があるなと感心する、やっぱり子どもって無限に元気があるんだなあ。
「おいピンク、お前なんか今腹立つこと考えてなかったか?」
「いえいえ全然まったくこれっぽちも! ラグナちゃんは可愛いなあって思ってただけです!」
「やっぱりムカつくこと考えてたじゃねえかテメェ!!」
「なんでぇ!?」
「あー、姉御に可愛いとかは禁句っすよポコピピピピピンピンッイピピピ!? 姐御、こっちまで感電するからやめてほしいっす!!」
どうやら師匠との戦いで背負ったペナルティというのはもう治ったらしい、ラグナちゃんが怒るとバチバチと電気がはじけるのが見えた。
感情がカッとなると無意識で放電してしまうのか、背中に負ぶったペストちゃんも涙目でしびれている。 それでも師匠には電気が流れていないのはすごい、これもトゥールーの矜持というものだろうか。
「あらあら、大丈夫ですか? もしけがをした場合はすぐに治療するので」
「ペストォ、まさかアスクレスの施しなんて受けるわけねえよな?」
「姉ハラっす! 妹に理不尽な圧かけてくるっすよこの姐御!!」
「まあまあ、ケンカばかりしていると体力も持ちませんよ。 コウテイさんは大丈夫ですか?」
『ガハハ! なんのこれしき、この調子ならあと3日は飛べるでござる!』
全力疾走する私たちの後ろからは、ロッシュさんとノアちゃんを乗せたコウテイさんが飛びながら追いかけてきている。(ついでに大五郎も小脇に抱えてもらっている)
さすがロボットだけあってブースターは標準搭載だ、足が変形してジェット噴射を始めた時は私の心もすごくダンシングした。
きっとコウテイさんならロケットパンチも装備しているはずだ、機会があればぜひとも見たい。
「本当に……なんなんだ、このゴーレムは……聖気を、ここまで冒涜的に使うとは……」
「知らないのか? 君たちなら彼の外見について何か知っていると思ったのだが」
「あぁん? そういやなんかどっかで見たことあるな、このゴーレム」
「あー、これもしかしてあれじゃないっすか? ちょっと前までよく見かけた」
「「あー……」」
「いや君たちの間だけで納得されても困るんだが?」
ラグナちゃんたちはコウテイさんに対する既視感に納得したみたいだけど、私たちは何のことだかさっぱりだ。
そもそも彼女たちにとっての「ちょっと前」ってどれぐらいの感覚なんだろう。
「おや、そんなことより見えてきましたよ。 あれが白山霊峰ではないですか?」
「えっ、もうそんなに……ってデッカ!!」
ロッシュさんが指で示した先にぼんやり見えてきたのは、霧がかかった巨大な“壁”だ。
いや、壁じゃない。 あまりにも大きくて遠近感がおかしくなりそうだけど、それはたしかに「山」だった。
雲を突き抜けてどこまでも伸びていく針のように鋭い山、霧に包まれて青い空に溶け込むような山の肌は真っ白で、白山なんとかという名前も納得しかない。
「ひえぇ……あ、あとどれぐらいで到着ですか?」
「んー、この距離ならあと一昼夜走ってりゃ着くだろ。 ヘバんなよ」
「あ、あんな大きく見えるのにまだそんなに遠いんですか!?」
「1万mなめんな、足止めてもいいが時間がねえこと忘れるなよ」
「う、うぅ……」
正直疲労はある、疲れたそばからロッシュさんが癒してくれるとはいえずっと走っていると心が疲れてくる。
だけど今辛いと言って立ちどまってしまえば、休んだ時間のせいで師匠の治療が間に合わなかったら、私は死ぬほど後悔する。
同じ後悔なら、全部終わった後に「ああちょっとぐらい休んでも間に合ったなぁ」って言って師匠に怒られる方がずっとましだ。
「……ロッシュさん、荷物の中に干し肉あるので投げ渡してください! あとお水も!」
「ハハッ、その意気だぜバカピンク! それじゃもうちょっとギア上げていくか、遅れんなよ!」
「待て、飛ばしすぎると背中の僕たちが耐えきれないんだ。 もう少しいたわってくれ」
「あぁ? ンだよ面倒くせえな、チンタラしてたら死んじまうんだぞ」
「だとしてもこれ以上のハイペースはモモ君が潰れてしまう。 それにそろそろ教えてくれてもいいんじゃないか、あの山で君たちは何をするつもりだ?」
「あー……まあ別にいいか。 いいか、あの山にはなぁ」
「ちょっ、ラグナちゃん前! 前!!」
いくら生身で走っているだけとはいえ、体感で新幹線を超えたスピードの身体は凶器に変わる。
背負った師匠との会話に気を取られてわき見運転なんてもってのほかだ。
……それもラグナちゃんの前にふらりと飛び出した人影が無ければ、ちょっとした注意で終わった話だったのに。