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神の麓 ④

「いちまん……いちまんめーとる……って富士山何個分ですか?」


「知らねえっすよ」


「じゃあ勘で3倍ぐらいと考えます、えーっと……富士山の3倍大きいですね!!」


「トートロジーですね」


「だれかこのオタンコをつまみ出せ……」


「「任せたぞペスト」」


「えっ、自分!?」


「いやいや、何を落ち着いているんですか師匠とラグナちゃん! 1万メートルって幅じゃないですよね、高さですよね!?」


 モモ君はワタワタと騒いでいるが、よくもまだはしゃぐだけの体力が残っているものだ。

標高1万メートル、横幅だろうがとても歩きたい距離ではない。 騒ぎたい気持ちはわかるが、レグルスやフォーマルハウトの体験でもはやその程度じゃ動じない。


「我ながらイヤな耐性がついてしまったな……しかしその高さはたしかなのか? 僕が知る標高よりもずっと高いぞ」


「何百年前の情報だそれは、山だって日々成長すンだよ」


「いやいやいや」


 僕の記憶が正しければ白山霊峰はよくて4000mほどの高さだ、それでも十分高いが10000とはかけ離れている。

年月によって山肌が削れることはあっても積み木細工のように標高が足されてたまるか。


「そもそもそんな高さまで登って大丈夫なんですか……?」


「そりゃ少し息苦しいが問題ねえぞ、オレは」


「う、うーん。 ラグナちゃんは元気でも師匠が……」


「なんだそんなことか、君に心配されるようなことは何もないぞ。 見ての通り傷も治ってゴフッ」


「し、師匠ー!?」


「あらあら、仮止めしていた傷が開いてしまいましたか」


 生意気なモモ君に健康をアピールしようとした矢先に鮮血が口からこぼれる、なんてタイミングの悪さだ。

だが聖女の雑な仕事を恨んだところで体調が回復するわけじゃない、口惜しいがこのボロボロの身体では霊峰を登るのは難しいと認めざるを得ないだろう。


「……ふむ、やはり魔法の効き目が悪いですね。 濡れたガラスを糊で接着しているような感覚と言いましょうか」


「ロッシュさんですら治せないって、それほど師匠の状態は悪いんですか……?」


「まあ魂が砕ける寸前っすからね、元々身体に備わっていた生命力も魔力と一緒にズタボロになっているんすよ」


「生きるための力や機能が……がた落ちしているんだ……このまま放っておけば、肉体がグズグズになって……どのみち死ぬだろう……」


「やだ! 絶対師匠を助けます! ラグナちゃん、山に登るのは私だけじゃダメですか!?」


「ダメだ、本人が行かなきゃ意味がねえ。 どのみちこのままじゃ死ぬんだ、いっそ賭けでも悪かねえだろ」


「それは大変分の悪い賭けでしょう、わたくしがいなければ」


 聖女が三度祈ると、口内に蔓延る鉄臭い味がとたんに引いていく。

認めたくないが彼女の実力は魔法遣いとしても一流だ、聖人聖女の中で比べても上位に位置するかもしれない。

それほどまでに一瞬で傷も痛みも消し去る魔法の腕はすさまじく魅力的……なのだが。


「クッソ怪しいなァおい、どうすんだモドキ?」


「できれば丁重にお断りしたいが体のいい理由が見つからない」


「まあ、わたくし悲しいです。 よよよ……」


「コラー! 師匠もラグナちゃんもロッシュさんをいじめちゃダメです!」


「「だってなぁ……」」


 ロッシュ・ヒルの存在は心底怪しいし胡散臭い。 こんなタイミングで現れておいて疑うなというのも無理な話だ。

十中八九何か裏がある、だがその考えが読めない。 わざわざ彼女の思惑通り連れて行くのはしゃくだが、代案もなく意固地になればただこのまま死ぬだけだ。


「……わかった、どうせ断ったところでモモ君がごねるだけだ。 君に助けてもらうしかないな」


「ええ、助けますとも。 そこに命がある限り」


 わからないなら読み解くしかない、聖女の本性が白でも黒でも警戒して損はないはずだ。

それに彼女には聞きたいことも山ほどある、どこまで聞き出せるかわからないがただでは逃がさない。


「で、いつ出発するんすか? 自分はこの辺でお暇したいんすけど」


「何言ってんだ今すぐ行くんだよ、テメェもついてこいペスト」


「このまま手ぶらで帰ったら……テオたちに怒られるぞ、お前……」


「うっす……ついて行くっす……」


「まあ時間がないからしょうがないな、それではよろしく頼むぞ聖女サマ」


「ええ、こちらこそ善き旅路とならんことを」


 互いの腹の内は定かじゃないが、ともあれ現状表向きは味方同士だ。

だからこうして握手を交わすのも何ら不自然ではない……ゆえに聖女ものこのこと手を差し出してくれた。


「では早速君に頼みたい仕事が1つある、そこの出入り口でにらみを利かせている主治医を説得してくれ。 善良な医師である彼は重傷人を連れ出すことにひどく抵抗があるようだ」


「えっ」


「おうおうおう、黙って聞いてたらずいぶんおもしれえこと企んでくれてんなァ、今日はお山でピクニックってかァ?」


 ずっと扉を背にしていた聖女からは見えなかったのだろう、扉の前で仁王立ちする修羅(ノグチ)の姿が。

仕事中毒者である彼の基準で言えば僕の容体は絶対安静、病床から離れて山に登るなど言語道断だ。

どうやって説得したものかずっと悩んでいたがここにちょうどいい人身御供が現れたのだ、利用しない手はない。


「さ、どうにか仕事の鬼である彼を説得してくれ。 出なければ善き旅路もなにも始まらない、神の教えを説く弁舌が今こそ生かされる時だぞ」


「すっげえ生き生きしてるっす」


「こいつはな……悪いんだ、性格が……」


「中身はバベルと似ても似つかねえな、マジで」


「モモ君、君は物資の調達を頼む。 相手は標高1万mの大山脈だ、ちょっとやそっとの備えじゃ太刀打ちできないぞ」


「わかりました、どうにか集めてみます! 1万メートル分のご飯を!!」


「……ノア、監視を頼む。 いざという時は冷や水をぶっかけてくれ」


「人選の……采配ミスだろ……」


 仕方あるまい、誰かさんのせいで大混乱のラサルハを駆けまわる馬力があるのはモモ君くらいだ。

聖女がいれば事態の収拾にも目途がつく、僕が動けない以上とにかく使える手はなんだって使わなくちゃなるまい。


「まったく面倒っすね、いったい誰のせいでこんなことになったんだか」


「ラグナ、そこに姿見が置いてあるから見せてやれ」


「うっし、歯ぁ食いしばれよペストォ」


「姐御! 鏡は人に向けてフルスイングするもんじゃねえっすよ姐御!!」


 それからノグチを説得し、交換条件として重症者の浄化を終えるまでおよそ5時間は過ぎただろうか。

山盛りの物資を背負ったモモ君が戻ってきたころには、すでにとっぷりと日が沈んでしまっていた。

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