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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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はんにんさがし ⑤

「……酷い臭いだな、これだからオーカスは嫌いなんだ」


「し、師匠ぉ~~!!」


 濁った空気を吹き飛ばす風と一緒に降りてきた、澄んだ銀色の髪。

見間違いや幻覚なんかじゃない、本物だ。 本物の師匠だ。


「近づくな、下がってろ。 君は後で説……教……」


「……? 師匠、どうかしました?」


「…………その腕はどうした」


 眼を見開いた師匠に指摘されて、自分の腕の異常を思い出す。

ミーティアさんのナイフが掠めた部分はブヨブヨのグショグショになって膿が噴き出していた。

痛みはすでにない、多分神経がもうダメになっているんだ。 握力もかなり弱くなっている。


「う、うわぁー……これは、もう……」


「うふ、うふふふふふ。 ねえ、その腕はもうダメよねぇ? 不便だわ、邪魔だわ、欠陥だわ欠損だわ不完全だわ! そんな肉体、捨ててしまわない?」


 クスクスと笑いながら左手でナイフを握るミーティアさんの目は、すでに正気ではなかった。

それに彼女の右腕もあらぬ方向に曲がり、糸が切れた人形のようにぶら下がっている。

掌はもっとひどい、指は全部違う方向を向いて骨まで見えている。 あれは全部、私がやったのか。


「ねぇ、死にましょうよ! 腐った体なんていらない、みんなみんな同じになって」


「黙れ」


 パァンと乾いた音が響き、ミーティアさんの上半身が大きく後ろにのけぞった。

師匠お得意の空気弾だ、しかし彼女は何事もなかったかのようにケラケラと笑っている。


「アハ……アハハハハ!! 酷いわぁ、なんて酷い!!」


「み、ミーティアさん……もうやめましょうよ、腕だってそれ、大怪我ですよ? ねえ……ねえ!」


「モモ君、君は上に戻れ。 あれは僕が終わらせる」


「終わらせるって、何をするつもりですか!?」


「決まってるだろ、話し合いで済むような生易しい時間はとっくに終わっているんだ」


 師匠はあくまで淡々と話しながら、視線は目の前のミーティアさんから離さない。

その目は今まで見たこともない、ぞっとするほど冷たい目だった。


「……さて、一応最後通知だ。 この期に及んで甘ったるい事をほざくモモ君に免じて投降する意思はあるか?」


 師匠の言葉に対する返事はなく、代わりに投げ返されたのは無数のナイフだった。


「そうか、残念だよ。 なけなしの良心がこんながらくたで返されるとはね」


 ブチブチと嫌な音を立てながら、身体の限界を無視したような力で投げられるナイフ。

しかしそのすべてが師匠の目の前で不自然に曲がり、壁や地面に突き刺さった。

そして手元の武器を投げ捨ててしまったミーティアさんに、もう抵抗する手段はない。


「師匠、待っ――――!」


「“断ち切る4番”」


 私が止めるよりも早く、短く唱えた師匠の言葉と共にミーティアさんの首が刎ねられた。


――――――――…………

――――……

――…


 おそらく痛覚神経はとっくに腐らせて麻痺されていたのだろう、オーカス信者が兵士を作るためによく使う手段だ。

正気なんてはじめから残っていなかった、むしろ良く今まで隠し通せていたものだと感心すら覚える。

この狭い空間で負傷したモモ君を庇いながら戦いたくはない相手だ、早急に仕留めた判断は間違えてはいない。


「……なんだ、その顔は。 邪教徒はこの通り討滅したぞ」


「どう、して……」


 だとしてもモモ君は納得していない、彼女の目的はこの期に及んで「平和的な解決」だった。

たった今首を刎ねた邪教徒を拘束し、説得し、正しい法の元で裁きを受ける。 それが彼女の望んだ結末だろう。

なんとまあ、彼女の生きた世界とやらは優しくて易しくて反吐が出そうだ。


「なぜ殺したのかだって? 遅かれ早かれだよ、オーカス信者に死罪以外の末路はない」


「だとしても、こんな……!」


「なら君が納得する代替案はなんだ? そしてどうしてそれが実行できなかった? それとも本気で誰も傷つかない方法があるとでも思っていたか?」


 「たら」「れば」を探せばいくらでも見つかるだろう、だがその先にモモ君が納得する結末はない。

僕らがこの街に来る前からミーティアという女性は狂っていたのだ、たとえスペクターの事件を未然に防げていたとしても根本的な問題は変わらない。

今回のように暴走し、あるいは誰かを巻き込み、自分の独りよがりのためだけに多くの命を巻き込んで自滅していたことだろう。


「……それでも私は、納得ができないです」


「そうか、だが君の勝手な行動で被害が広がりかけていたことは覚えておけよ。 僕が来なければ君は今頃スペクターの餌だ」


「…………はい、ごめんなさい」


 力ない返事を返したモモ君は、フラフラとした足取りで頭を失った亡骸に歩み寄る。

そのまま膝をつき、亡骸の手を握ろうとするが、触れた端から肉がボロボロと腐り落ちてたちまちに融解していく。


「オーカスの呪いだな、信者の死体は骨すら残らず風化する。 何があるか分からないからそれ以上下手に触れるな」


「……弔うことも許されないんですか」


「彼女達にとっては死ぬことで本当の生を授かるんだ、そもそも弔われる気もないだろう」


 するとモモ君は空を掴んだ手を強く握り、目に涙を浮かべた。

分からない。 昨日今日の付き合いだろうに、自分の腕すら顧みず、自業自得で死んだ人間を悼むなど。


「そろそろ上に戻るぞ、臭いが染みつきそうだ。 君の腕も治す必要がある」


『おーい、モモ殿ー! 無事でござるかー!!』


 聖女たちも子供たちをどうにか片付けたのか、上方からゴーレムの声が響く。

並の医者なら匙を投げる重傷だが、彼女達ならモモ君の腕も何とか直せるかもしれない。

あの聖女に借りを作るのは癪だが、背に腹は代えられないというやつだ。


「今日の事は忘れるんだな、君にとって嫌な思い出になるだろ」


「……嫌です、忘れたくない」


「ならせめて糧にしろ、自分に力がなかったからこうなったのだと噛み締めろ。 しばらくの課題は報連相の徹底と魔術の体得だ」


「はい……はい!」


 涙ぐんだ返事を返すモモ君を連れ、風の力で腐臭漂う洞穴から脱出する。

まったく、成り行きとはいえ面倒で手のかかる弟子を抱えてしまったものだ。


――――――――…………

――――……

――…


「ああ、駄目ですねこれ。 治せません」


「「ええー!?」」

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