神の麓 ③
「……おい、なんでここに君がいるんだ」
「うふふ、さてなぜでしょうね?」
疲れからくる幻聴と思いたかったが、2度も聞こえてしまえば否定もできない。
自分で言うのも何だが僕の身体はかなりボロボロだ、それを扉越しという雑な治癒で癒せるような人間など1人しか知らない。
「ろ、ろ、ろ……ロッシュさん!!」
「ええ、お久しぶりですね百瀬さん。 息災で何よりでございます」
「ロッシュさん、そっち壁です」
「あらあらうふふ、これは失礼」
制止する暇もなく扉を開けてズカズカ入室してきたのは、やはり予想通りの人物。
治癒と再生の象徴たるアスクレス神を信仰する魔法遣いのトップ、聖女ロッシュ・ヒルだ。 ……なぜか目隠しを巻いて壁に向かって挨拶を交わしているが。
「面妖な格好で失礼いたします、どうもラサルハには目に毒なものが多すぎるもので」
「たしかに魔法使いにとっては天敵のような環境らしいが……君なら見えてるだろ?」
「あら、バレていましたか?」
指摘するやためらいもなく目隠しをほどき、聖女は舌を出しておどけてみせる。
彼女の目は生まれつきの特別製だ、常日頃から見えすぎてしまうからと自己封印するほどに。 布切れ一枚の目隠しなどないに等しい。
……逆に言えば、魔法の神秘性が瓦解するほど発達したラサルハの現状の中で平然と魔法を使っているわけだが。 相変わらず食えないやつめ。
「な、なんすかこの美人さん……なんか同じ空間に居るだけでシュワシュワ浄化されそうっす……」
「ペスト……お前は離れてろ……聖女だ、それもアスクレス……呪いを帯びた私たちでは相性が悪い……」
「あらあら、可愛い女の子が増えましたね。 姉妹ですか?」
「非常にややこしい間柄だが違う、というかそろそろこちらの疑問に答えろ。 なんで君がここにいるんだ、聖女」
「あらあらうふふ」
「笑ってごまかすんじゃあない、こんな場所で一人行動できるような立場じゃないだろ君は」
「そうですね、頑張って撒きました。 あなた方とこうして巡り合わせたのも神のお導きですよ」
わざとらしく両手を組み、聖女はこれ見よがしに神へ祈祷して見せる。 ただのポーズでしかないのに祝福らしい光が降り注いでくるから何とも理不尽だ。
勝手気ままな振る舞いに場の空気が全部持っていかれてしまった、全員あっけにとられた顔をしてラグナに至っては脂汗を流し……
「……って、どうしたラグナ。 すごい汗だぞ」
「いや、お前……あいつ知り合いなのか? ンだよあの目、気持ち悪ぃ……」
「おや、そちらのいかにもトゥールーな子はずいぶん感覚が鋭いようですね」
「ア゛ァ゛!? なんだこいつ、ぶん殴っていいか!?」
「いいぞやれやれ、できれば相打ちが最高だな」
「煽らないでください師匠! けどロッシュさん、本当にどうしてここへ?」
「それはですね……」
こいつ……あれだけ渋ったくせにモモ君相手にはすらすら喋るのか。
「わたくし、百瀬さんたちのことがずっと心配でした。 リゲルで別れの言葉もなく別れてから毎日不安で8時間しか眠れず」
「ぐっすりスヤスヤじゃねえっすか」
「これでもわたくし毎日12時間は寝て過ごしたいものです」
「おい欲まみれだぞこのアホ聖女」
「そしてわたくし、追手を振り切りながら2人の痕跡を追いかけました。 レグルスの王にスカウトを受け、フォーマルハウトでは無念を残してこびりついた呪詛を片っ端から浄化して……」
「そこからよくラサルハにたどり着けたな、あの飛行船でも引っ張り出してきたか?」
「いえ、煌帝を酷使して渡りました」
「フットワーク軽すぎないですかロッシュさん?」
簡単に言ってくれるが幽霊船の脅威が消えたとはいえ、目印もなくゴーレム一機で海を渡るなど自殺行為だ。
この時代に海図なんてものはない、それに食料や水が尽きれば補給手段もほぼゼロだ。 だというのに目の前の聖女は疲弊した様子を微塵も見せていない。
つまりこの聖女は僕らが数日かけて渡った海を長く見積もっても一日前後で駆け抜けたことになる。
そもそもそこまで僕やモモ君に執着する理由が彼女にはない、「心配だから」なんていかにも聖女らしい理由なんてどこまで信用できるものか。
救済が目的なら僕らより困窮した人間なんていくらでもいる、それこそテオという災害に見舞われたレグルスや、呪いに侵されたフォーマルハウトなんて引く手あまただろうに。
それでもロッシュ・ヒルは僕らを追いかけることを優先した。 その結果――――
「――――そして、ようやくお二人に追いついたと思えば流行病の渦中とは。 これもまた神の思し召しですね」
聖女という人材が最も輝くだろう災禍の真っただ中へ、この女はたどり着いたのだ。
これが神の思し召しというならアスクレスの正体は邪神だろう、自作自演を疑うほどあまりにも出来すぎている。
「ペスト、まさかとは思うが君があの聖女を呼んだのか?」
「そんなわけねえっす! あんな全身天敵みたいな美人、頼まれたって連れてこねえっす!」
「おやおや嬉しいことを言ってくれますね、アメちゃん食べます?」
「それよりロッシュさん、よくこの病室が分かりましたね。 あとアメちゃんください」
「はいアメちゃんどうぞ。 まあ百瀬さんならきっと事件の中心にいるかと思いまして、それとあとは彼が教えてくれました」
『クゥン……』
「あっ、大五郎。 野口さんに続いてご苦労様です……」
ペストの血液から死斑病を解呪するために重たい機械を背負い、それからロッシュを案内するまでほぼ休みなしだったのか、こころなしかダイゴロウの顔からは疲れの色が見える。
おまけにその背中には遠心分離機なる機械の代わりに、ダイゴロウの積載限界近い量の荷物が積みこまれていた。
「さて、目的地は白座霊峰でしたね。 それでは向かいましょうか」
「待て、向かうのはいいがなぜ指揮を執っている。 君の同行は求めてないぞ」
「何をおっしゃいますライカさん、あなたの身体は継続的な治療が必要です。 私が同行しないと白山の登頂は難しいかと」
「そういえばそのレイホーってどれぐらいの高さなんですか? 1000mくらい?」
「1万」
「……はい?」
「およそ1万m。 この世界で最も高く険しい山、それが白山霊峰だ。 覚えて帰れよバカピンク」




