姉の怒り ③
「簡単に言えば、あのモドキの状態は経年劣化だ。 人の身には過ぎた年月を生きたせいで魂がすり減ってやがる」
「そうなるともうダメっすよ、現物と同じっす。 一度風化しちまったものは元に戻らないっす」
「うぅ……だ、だとしても師匠を助ける手段は……」
「……だが、何か方法があるのだろう……ラグナ……」
「何度も言うが可能性だけだ、あまりぬか喜びするなよ」
正座していたラグナちゃんがアイコンタクトで許しを請い、ノアちゃんの許しを得てから正座していた足を崩す。
しびれた足をほぐす彼女がハンマーを振り回すと、のその残像をなぞるようにパチパチと静電気がはじけるのが見えた。
もしかしてこうやって話している間にも、魔法を扱う力が戻ってきているのだろうか?
「ふん、しばらくはノアと同じか……なんだその目、別に時間稼いでだまし討ちなんてダセェ真似はしないから安心しろ」
「そうっすよポコピン、不躾な目線を姐御に向けるんじゃねえっす。 そもそも姐御がそんな頭いい作戦取れるとでもギャッフン!!!」
哀れ口を滑らせたペストちゃんの頭部に妹制裁拳がさく裂&悶絶、とても痛そうだ。
だけどハンマーで殴らなかっただけまだラグナちゃんにも優しさが……
「……あれ? ラグナちゃん、そのハンマーって壊れたんじゃ」
ラグナちゃんのハンマーは、私とペストちゃんの友情コンボで面の部分を融かして拳を突っ込んだはずだ。
それなのに今、彼女が肩に担いでいるハンマーには傷一つない。 あれだけ苦労したのにピッカピカだ。
「ああ? バカ言え、我が父より授かった神器がそう簡単に壊れるかよ。 オレが生きている限り自動で治る」
「よ、よかったぁ……そんな大事なものが壊れてなくて」
「………………チッ!!!」
「なんで舌打ち!?」
「うっせえ! ようはこのハンマーと同じだ、魂が劣化するなら修繕すりゃいいんだ!」
「なるほどぉ! ……でもどうやって?」
ラグナちゃんが言いたい理屈は分かる、だけどそれは割れてしまったコップを元通りにしようという話だ。
ガラスのコップならもう一度高温で溶かして固めてしまえば元通りなるかもしれないけど、それは割れる前のコップとは言えない。 魂だってきっと同じはずだ。
「オタンコ……ラグナのハンマーだが、これはかなり古い……何年ものの品かわかるか……?」
「えっ? うーん、すっごいピカピカでよく手入れされてますけど……50年とか?」
「100や200はとうに過ぎてるよ、だがこいつの性能は劣化してねえ。 長い年月に耐えられるようにできているからだ」
「つ、つまり劣化しちまったモドキの魂も劣化しない素材に置換するってことっすね……」
「で、でもそんなことってできるんですか?」
「いるだろ、目の前に実例が」
ラグナちゃんは呆れた顔をしながら、私に人差し指を向ける。
後ろを振り返っても誰もいない、私たちが転がってきた大穴がぽっかり空いているだけだ。
「……えっ、私!?」
「竜玉飲みこんだ大バカなんざお前しか知らねえよ」
「正直ドン引きっすポコピン」
「許してやれ……オタンコはオタンコなんだ……」
「3人がかりの罵倒!!」
「妥当だろ、だがおかげで光明が見えたと思え。 竜は人間の何倍も生きるバケモノだ、その力を取り込めば魂の強度も当然引っ張られる」
「私の身体でそんなことが!」
知らなかった、たしかに炎を吐いたりドラゴンっぽいことができるようになったけどそんなことになっていたなんて。
……でもそうなると私は何千年も長生きしてしまうんだろうか? それはちょっと寂しい。
「まあ魂だけ頑丈でも肉体の方が先に限界迎えるけどな、モドキみてえな特殊なケースじゃなけりゃ」
「よかったぁ……じゃあ師匠にもドラゴンを食べてもらえばいいんですね!」
「だからお前はポコピンなんすよポコピン」
「そう簡単に竜玉なんか取れるものかよ」
「お前のような……理性がぶっ飛んだ人間と一緒にするな……」
「ひどい言われよう!! ではどうするんですか!?」
「竜は過剰だ、ほかの方法で魂を補強すりゃいい。 ……まあ、そもそもあいつが耐えられるかが問題だけどな」
――――――――…………
――――……
――…
「――――おう、生きてっかちっこいの」
「死にそうだ……全身が痛い……甘味をくれ……」
「冗談言える余裕があるなら平気か。 よく生きてた、あとは俺たちが治す」
全身が引きちぎれそうな激痛で目覚めると、ちょうど僕の顔を覗き込んでいたノグチと目が合った。
周囲が騒がしい、複数人の忙しない足音も聞こえる。 なんとか動けるスタッフをかき集めて救助にやって来たのか。
「こんなところで……油を売っていいのか……死斑病は、どうなった?」
「そっちは竹田たちに任せてあらぁ、絶賛疫病蔓延中だろうが災害を放っておくわけにゃいかねえだろ。 なにがあった?」
「説明するには長くなりそうだ、あとにさせてくれ……」
「そうか、まあいい。 お前さんがまた無茶したってことは分かる、今度はどんなデタラメをやらかした?」
「…………」
自分でも笑ってしまうほどの無茶をしたものだ、あの災厄どもが振るう権能の一端に触れるなど。
たった一度この身で覚えただけの見様見真似、とても稚拙で不細工な模倣の代償はあまりにも大きい。
素手で大陸を割るような規格外の反動は、この身と魂に取り返しのつかない亀裂を刻んでしまった。
「喋れねえなら無理しなくてもいいけどよ、二度と同じ真似はするなよ。 俺は専門外だが……魂レベルでガタが来てやがる」
「……ああ、わかってるさ」
半年はもう持たない、今この瞬間命を繋いでいることすら奇跡に等しい。
自分の命がすり減っているのが分かる。 この魂は完全に砕けてしまうまで、もはや数日の猶予もないだろう。




