姉の怒り ②
「全員正座」
「「「はい……」」」
「オタンコ……お前はついでにこの瓦礫を抱け」
「な゛ん゛で゛私゛だ゛け゛!?」
「妹たちは……可哀そうだろ……」
「うーん、姉妹仲が大変よろしい!!」
仕方なく石を抱いた私の両隣にラグナちゃんとペストちゃんが座る。
どうやら姉妹内のヒエラルキーはノアちゃんが一番高いらしい、ペストちゃんはともかくとしてラグナちゃんまで渋々従っているのだから相当だ。
「クソッ、なんで死人がこんなところにい……ぎゃんっ!?」
「お前は相変わらずだな……ラグナ……」
「で、出たっす……我々姉妹の間に伝わる妹制裁拳……!」
「なんでそんな物騒なもの伝えちゃったんですか」
「ちなみに自分は一番下なので食らった覚えしかねえっす」
「悲しい」
あれほど強かったラグナちゃんがゲンコツ一発で悶えているところからして、その威力は計り知れない。
ペストちゃんと揃って思わず自分の頭をかばってしまう、あとそろそろ足がしびれてきた。
「の、ノアちゃん! そもそもどうやって私たちの場所が分かったんですか?」
「だからお前はオタンコなんだ……このオタンコ……」
「ひどい!」
「まああれだけドンパチやらかせばイヤでも場所は分かるだろ」
「姐御の電気もバッチバチで遠目でも目立つっすからね」
「おっして駆け付けてみれば……妹がオタンコ越しに妹を殺そうとしていた私の気持ちが分かるか……?」
「し、心中お察しいたします……」
私たちと同じように、ノアちゃんもラグナちゃんがやってきたときの雷鳴は聞いたはずだ。
姉妹ならその正体にもすぐに気が付く、ペストちゃんのこともかなり心配していたノアちゃんなら気が気じゃない。
そして急いで駆けつけてみればこの始末、私なら心臓が止まっていたかもしれない。
「だからラグナにはまずゲンコツ……ペストも大人しく家で待っていなかったので正座……オタンコにはさらに石を抱かす……」
「どうして……どうして……」
「チッ、ちょっと見ねえ間にずいぶん変わっちまったな。 お前はどっちの味方なんだよノア……ぎゃふんっ!?」
「ふん……見ての通り、だ……今の私は権能の多くを失っているからな……そこのオタンコにも勝てない……」
「ポコピン、お前勝てる相手の言うこと聞いて石抱いてるんすか」
「石抱いちゃってます」
勝てるかどうかと実際に勝てるかは関係ない、今のノアちゃんには逆らえない凄みがある。
ラグナちゃんですら悶絶するあのゲンコツは脅威だ、師匠の説教よりも恐ろしい……
「……って、そうだ師匠! ノアちゃん、師匠がラグナちゃんの雷をワーってしたから口から血がバーッてなって大変なんです!!」
「語彙力がカスっすね」
「安心しろ……ラグナが派手に暴れたせいで、すでに医師が何人も動いてる……どうせすぐに救助されるだろ……」
「そしてわかるんすねノア姉ちゃん」
「不本意だが……付き合いが長くなればわかってしまうものだ……」
懸念だった師匠の無事が確保されて、ほっと胸を撫でおろす。
幸いにもラサルハは医療設備が充実した場所だ、どうにか助かった……と思いたい。
「それで、お前は何のためにここに来た……ラグナ……」
「決まってんだろ、禁忌に近づいた人間の撲滅だ。 ペストの野郎がチンタラしてたんでな」
「うぐぅ、面目ねえっす……」
「それで、お前も失敗したんだな……あのバベルモドキの手によって……」
「――――だとしたらなんだってんだ?」
ノアちゃんとラグナちゃんの間に流れる空気がピリっと張りつめる。
いけない、姉妹ゲンカが始まる。 すでに察したペストちゃんに至ってはもう私の後ろに隠れていた。
「別にオレはまだ負けてねえよ、ただ仕留め損ねただけだ。 あのバベルもどきはこの手で縊り殺さないと気が済まねえ」
「お前は必殺の一撃を放ち……防がれた……制約を違えた反動で魔法も使えぬお前に、勝ち目はあったと言えるのか……?」
「生きてる限りオレは戦える、首だけになろうが齧りつく。 お前にゃできねえだろうよノア、そんなちっぽけな力しか残ってないお前がご高説垂れんじゃねえよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください2人とも! こんなところでケンカはダメであだだだ足がしびれしびれしびびび!!」
「ポコピン! お前もうちょっと役に立つっすよポコピン!!」
「邪魔すんじゃねえよバカピンク! ノア、テメェもだ! 何もできねえくせに口だけ出すつもりならまずはテメェから片付け……」
「……えいっ」
「うわっひゃひゃはひひゃはひゃわはぁ!!?」
今にも爆発しそうな雰囲気を放つラグナちゃんだったが、ノアちゃんおもむろに彼女の両脇をくすぐるとその闘志もあっという間に霧散してしまう。
たっぷり10秒は過ぎただろうか、思う存分くすぐられたラグナちゃんはその場にくにゃりとへたり込んでしまった。
「覚えておけ……ラグナは、脇が弱点だ……すこしコツはいるがな……」
「さ、さすがノアちゃん……恐ろしい子」
「ふん、ラグナが直情的すぎるだけだ……昔と全く変わらない、危なっかしいやつだよ……」
「ち、ちくしょぉ……オレはまだ、負けてねえ……」
骨抜きにされてもなおラグナちゃんは戦意を失っていない。
だけどその頭上に三発目のゲンコツが振り下ろされると、頑なに離さなかったハンマーも手放して完全に戦意を放棄してしまった。
「……ラグナの負けだ、妹に変わって私が認める……なにがあったのかも、大体予想がつくからな……」
「そ、それじゃラグナちゃん! 教えてください、師匠の身体を治す方法を!」
「チッ、わかったよ。 ……だがオレはまだあいつを許したわけじゃねえからな」
一度負けを認めてしまえばラグナちゃんの態度はあっさりとしたものだった。
空を覆っていた雷雲もいつの間にかどこかに消え、雲の切れ目から差し込む光がぽつりぽつりと私たちを照らす。
「……言っておくが、確実な方法じゃねえ。 あまり期待はするなよ」




